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38.選択外の世界線③



(終わった…疲れた…)



カタリナのフォローのおかげもあって、なんとか無事に全ての授業を終えることができた。が、終始気を張っていたので、疲労感が半端ない。


放課後になり寮に帰ろうとカタリナに言われたのだけど、なんとなく部屋に戻る気になれず、今は一人、あてもなく外を歩いている。


バースィマとの相部屋は、私の部屋だというのに見覚えのないもので溢れていた。

謎の材料や見たことない教科書たち。机の上はそれらで埋まっており、まるで他人の場所にお邪魔しているようで落ち着くことができなかった。


は〜…カタリナと同室の、元の部屋に帰りたい。


「…」


そうだ、森に向かおう!

あそこだけは向こうの世界とも景色が変わらないはず。

…きっと、そこに先輩はいないのだろうけど。





いつもの場所まで辿りつくと、予想した通り誰もいない。

最近では開けた場所の木の根元で、先輩が本を読んで私のことを待っていてくれたのにな。


クロ、と呼びかけるも、こちらの私はクロと契約を結んでないらしく、召喚に応じてくれない。



…ダメだ。


いよいよ本格的に寂しくなってきたかも。

目の奥がチカチカしてきた。


「ふぇっ、」


ああ、やっぱり。我慢出来ず涙が溢れ出てきた。


これはしばらく泣き続けることになるに違いない。一度泣くと、止まらなくなるのが私の悪い癖だ。



「ダリオ先輩…クロ…」



元の世界がたまらなく恋しい。


声に出したところで、何も変わらないだろうに、でも名前を呼ばずにはいられなかった。



「あ?なんだ?」


「え」


声が聞こえたのは自分の真上から。


急いで上を見上げると、高い位置の枝に座った先輩がこちらを見下ろしていた。



「き、木登り?この年で、木登りとかしちゃうの?先輩がわんぱく過ぎる。」

「うるせぇな、てか何なんだよ。」


彼はそのまま枝からジャンプし、風魔法を展開してふわりと地面に着地する。


「あ、えと、私、魔法薬科の第一学年の、ネモです。」


おずおずと涙を拭いながら、初対面であろうこっちの世界のダリオ先輩に自己紹介する。

すると、


「何泣きながら自己紹介してんだ。最初に会ったときの再現でもしたいのか?」


「え、…え?」


な、なんだ?もしかして、こっちの世界のネモもダリオ先輩と知り合い?


「ほら、どうした?調合が上手くいかなかったのか?いるか?」


そう言って棒付きの飴を差し出してくる。


「あ、いえ、うん、いただきます、、、」


優しい。やはりこっちの世界の先輩も不器用ながら優しい。飴で慰めようとするのはこちらでも健在だ。

私のしつこい涙も思わず引っ込むくらい、いつもの先輩だ。引っ込んだついでに、いつもの調子で軽口を叩いてみる。


「先輩、…今日食堂で私と目、合いましたよね?なんで逸らすんですか?」

「なんでって、ずっと見つめ合うほうがおかしいだろ。」

「えー…」


なんだなんだ、寂しくなってしまった気持ちを返して貰いたい。


「え、そんなことで泣いたのか?」

「涙の理由はまた別です。先輩、今から言う話、信じてもらえますか?」



「信じられない。一番信じられないのが、おまえが魔法学科の生徒だってところ。だって魔法薬生成が好き過ぎるおまえが、なんでまた魔法学科なんかに。」


「ええっ、私魔法薬生成が好きなんですか?私魔法は大好きですが、薬の調合なんて興味無いし、一切したことないです。」


「うっわ、こっちのおまえだと絶対に言わない台詞だわ、それ。」


「そうなんですか?」


私としては、薬の調合してることが信じられないのだが。


「で、おまえの魔法が見てみたい。こっちのネモは魔法なんて全然使わないからな。」


あ、こっちでもネモって呼んでくれてるんだ。やるじゃん私。ちゃんと仲良くなってる。


「言っとくけど、下手くそですよ。先輩に憧れたものの、炎属性は苦手だし。」


「一年なんてそんなもんだろ。ほら、早く展開しろ。」


促されるまま、両手を合わせ魔法を展開する。

以前先輩と出し合った今の気分を表現した魔法でできた花をポンポンと出していく。


出したのは大量の黒い薔薇たち。


「黒…」

「今の気分です。」

「なんか縁起わりぃな…」

「今の気分ですから。」


先輩は黒い薔薇を隅によせ、ふむ、と考える様子を見せる。


「今のでちゃんと確信した。やっぱりおまえは別の世界から来たんだな。」

「だから言ってるじゃないですか。」

「さっきまで半信半疑だったけど、いつもは僅かな魔力の色が、かなりはっきりと見える。魔法学科で鍛えられたせいかもな。そうだ、クロを呼びだしてもいいか?」


呼び出す?先輩が?


「え、こっちの私はクロと契約してないんですか!?」

「は?クロは俺がアンドリューから引き継いだ契約獣だろ。もしかして、向こうの世界ではクロとおまえが契約してるのか?マジで?」

「向こうでは先輩が契約の儀をしてるところで、私が名前を呼んで横取りみたいな形になっちゃったんです。だから私が契約主。」


「向こうの俺、何横取りなんかされてんだよ…」


こっちでは私に邪魔されることなく、先輩はクロと契約できたのか。どうりで喚び出しにも応えてくれないはずだ。


でも考えてみればそうか。中等部で出会って無かったら、私は第五学年が遠征から帰ってきたところで先輩の存在を知らなかっただろうし、そもそも魔法学科の演習室に忘れ物を取りに行くことも無かったはず。


「私、こっちのクロにも会ってみたいです。」

「ん、わかった。」


返事とともに、すぐに先輩の側から真っ黒のモフモフの子犬が現れる。


クロ!!!会いたかった!!!!


「クロ〜先輩のものなんかになっちゃって!それでもやっぱり可愛いけど!」


瞬時に抱き締めてモフモフする。ああ、こっちのクロも最高の触り心地だ…


〈主よ、いつものネモと魔力の様子が違う。これは誰だ?〉



クロが先輩を主と呼んで、私をネモと呼ぶ。なんだかとても新鮮だ。クロは少し警戒して私の抱擁から逃げようとする。


「なんか違う世界線のネモらしい。」

〈違う世界線?〉


クロが不思議そうにこてんと顔を傾ける。


「うん、私、たぶんだけど別の世界からこっちの世界の私と入れ替わってるっぽい。召喚科の友達がレディラムって幻獣を見せてくれたんだけど、うっかりその子の嫌がるところを触っちゃって。光に包まれたと思ったら、こっちの世界に来てたの。」


「そっちだとクロの契約主はコイツなんだとよ。」

〈それは興味深い〉


「私としては契約主が私でないほうが変な感じです。」


そういえば、クロと先輩の従属契約を邪魔しなかったとしたら、こっちの私と先輩ってどうやって出会ったんだろ?


クロをモフモフしながら先輩に問いかけてみる。


「先輩、つかぬことをお聞きしても宜しいでしょうか?」

「なんだよ改まって。」

「こっちの私と先輩って、どうやって出会ったんですか?」

「どうやってって、逆におまえは向こうでどうやって知り合ったんだ?」


質問に質問で返されてしまった。


「さっきも言ったように、向こうでは私が先輩の契約の儀を邪魔してクロと契約してしまい、そこから交流が始まりました。」

「よくそこで交流が始まったな…俺ならブチ切れる。」

「もちろん、怒り狂った先輩に、私は泣かされました。」

「…なんかごめん。」


泣かせた本人じゃないのに、なぜか謝ってくれた。


「過去の話です、寧ろ私も横取りしてすいません。で、こっちではどんな出会いだったんですか?」

「あー、こっちじゃおまえがこの木の上にあるカズラ鳥の卵を摂ろうとして、木に登ったはいいが降りれなくなって泣いてた。それを俺がたまたま見つけて、クロを使って助けてやった。」

「こっちの私って馬鹿なんですか!?」


何を思って上まで登ったんだ。魔法を使え、魔法を。


「まあ、否定はしないけど、おまえ自分で自分の首絞めてないか?」

「確かに。」


自分を乏したところで、それは私だ。ううん、複雑。


「そっから回復薬をお礼にあげるからクロを触らせろって言われて、今に至る感じだな。」

「へ〜向こうと逆ですね。向こうだと、私が先輩にクロに会わせろって言われて会うのを繰り返してた感じです。」

「色々違ってて面白いな。」

「いや、本当に。でも、早く戻りたいんです。私、今日は本当は試験休み初日で、明日の午後は先輩と予定があるんです。それだけは絶対にすっぽかしたくない。」


言ってて気付いた。私、明日予定あるじゃん。明後日はカタリナとも約束してるし。一刻も早く元の場所に帰りたい。


「俺との予定…え、俺とおまえって向こうでどんな関係なの?」


ええ、それ聞く?


「たぶん、こっちと同じですよ。」


無難な回答で明言を避ける。ただの先輩と後輩だけど、ちょっとした意地悪で含みを持たせてみた。


「ふーん。」


あ、なんか機嫌損ねた?


「仲良しです。」

「まあそうだろうな。でも、こっちじゃ俺とおまえは、」


先輩が言いかけた途中で「ネモ〜!!!!」と私に呼びかける大きな声が聞こえる。


声のする方に目をやると、森の奥の道から、バースィマが息を切らして駆けてきた。


「良かったー、ここにいた。先生が全然頼りにならないから、アージュン先輩に話聞いてきたよ!」


「アージュン先輩に?」


先生より頼りになるのか、あの人は。


「そうそう、あ、エンデ先輩、クロちゃんこんにちは。ネモから事情聞いてます?」

「ああ、ざっくりとだけど。なんか入れ替わってるみたいな。」

「そうなんですよ!それでネモ、アージュン先輩から聞いたんだけど、ネモがこの世界に来たのは、やっぱりレディラムのせいみたい。」

「レディラムって状態異常を治すのがメインだって言って無かったっけ?他の世界に飛ばす能力って種類もスケールも全然違うような…」


アニマルセラピーにも使われる幻獣が、なんでそんな能力を?


「正確には、今のネモは精神異常を引き起こされてる状態。『もしあの時この選択をしてたら?』っていうもしもの世界を見せることで、不安を煽るんだって。」

「やっぱりあの時、私は精神異常にかかる攻撃をされてたんだ。」


不安を煽る、か。確かに元の世界が恋しくて泣いてしまった。


「ただ、攻撃といっても、元は治療に使う能力の一部だからね。もしもの世界…並行世界で微々たる変化はあっても、結局その人の取り巻く環境の根本は何も変わらないらしいよ。例えば、1という選択を取って、2という選択をしなかった場合でも、1、2、両方とも3の結末に辿り着く、そういう風にうまいことできてるみたい。だから、不安定にさせつつ、最終的に不安を取り除いてくれるらしいよ。」


なんて優しい力なんだ。攻撃しつつもアフターケアをしてくれるなんて。


「じゃあ、私は精神攻撃を受けつつ、今は治療されたってことなのかな。」


私が抱えていた不安はというと、直近では、先輩に自分の気持ちを伝えようとしてたことだ。


もし私とクロが契約してなかったら、先輩は私と仲良くなんかしてくれなかった?

もし告白してダメだった場合、今の関係が無くなってしまうのかな?


この『もしも』が私を不安にさせていた。


でも、中等部時代に会ってない、そしてクロとも契約してないもしもの世界に来て、その状態でもやっぱり先輩とは仲良くなっていた。

実はこのことにとても安堵していたりする。


「で、どうやって元の世界に戻るんだ?」


先輩がバースィマに質問を投げかける。確かに、こっからどうやって向こうに帰ることが出来るんだろう?


「アージュン先輩は『時間が解決するよ』って言ってたけど。」

「時間!」


時間が解決って、自分じゃどうにも出来ないから待つしかないではないか。


もどかしさに頭を悩ませてると、「ネモ」とダリオ先輩から名前を呼ばれた。


「はい、何でしょう。」

「不安は無くなったか?」

「…はい。」


不安の大元はあなただったりします、と言いたいところだが、伝えるのは止めておく。


「じゃあ、そろそろ帰れるんじゃね?不安を煽られて、それが解消してるんなら。」

「確かにそうですね。ネモ、良かったね。向こうに戻っても元気で。」

〈達者でな。〉


「ありがとう。今日一日、貴重な体験ができたよ。」



感謝の気持ちをみんなに伝えると、目の前がレディラムの角を触ったときのように眩しい光に包まれた。


光で前が見えなくなる直前、「向こうでも仲良くな。」という声が聞こえた気がした。





(これは…毛。)



目を開けると、モフモフの黒い毛並みが目の前に広がっていた。


「ネモ、ごめんね、角はダメなの。大丈夫だった?めちゃくちゃ眩しかったね。」


チカチカする目をこらしながら辺りを見渡すと、そこは朝にいた寮の練習室だった。


「…戻ってる?時間も。え、バースィマ、ここに、違う世界から来た魔法薬科の私が来なかった?」

「??何言ってんの。この一瞬で白昼夢でも見た?」


てっきり向こうの世界と私が入れ替わって過ごしたのだと思ってたけど、そうじゃないんだ。

もしもの世界をただ体験しただけで、時間も光った瞬間から全く経過してないんだ。


「ごめん、何でもない。今の光で、頭がくらっとしたみたい。」

「大丈夫?もしどこか状態異常になってるなら言ってね。」


バースィマが心配そうに声をかける。


「ううん、大丈夫。眩しかっただけだから。」


先ほど体験した内容はバースィマには黙っておく。余計な心配はかけたくない。

それに、結果的に不安を解消してもらったおかげか、どこかスッキリしていた。


別の選択をした世界を体験し、分かったことは、どんな選択をしても、結局人はどこかで繋がっていくのだということ。

中等部時代に出会わなくても、クロと契約してなくても、先輩と私はいずれどこかで繋がることになるんだ。


「ありがとう、レディラム。」


彼の毛並みを梳かしながら、心の奥に巣くってたものを取り除いてくれたことに感謝を述べた。





「ジョシュア・ヒルデン君?うん、顔見知りだよ。」

「へ、そうなの!?」


試験を終えて帰ってきたカタリナに、ジョシュのことを何となく聞いてみた。


向こうの世界では普通に面識があったから、もしかしてこっちでも繋がってるのかなと思ったら、予想通り顔見知りになっていたらしい。


「いつの間に。」

「魔法騎士科って怪我が多いからさ、魔法薬科の試薬品を度々譲ってるんだ〜だからよく魔法騎士科の生徒が魔法薬科に来るの。それで、私がネモのルームメイトで仲良しってこともあって、向こうから話しかけられたんだよね。結構最近の話だよ。」

「そうなんだ…」


面白い。


やっぱりどの選択をしても、今の状況とそう変わりなく関係を築いて行くんだ。


「試験勉強を邪魔して悪いんだけど、今日午前中にあったことを聞いてくれる?」

「ん?なに?」


私が魔法薬科の生徒だった場合のこと。

ルームメイトがカタリナじゃなくても、私はあなたと仲良しだったよ。その話を聞いて、カタリナは「当たり前です〜どんなネモでも私たちは親友なんだから。」と言って笑った。


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