37.選択外の世界線②
混乱する頭をどうにか働かせ、バースィマと話をしながら、相違点を確認していく。
話しをしてわかったことはというと、どうやら私は似ているけど違う世界に紛れこんでしまったらしい。
いつだったか忘れてしまったが、幼い頃に何かの本で読んだことがある。こういうのを並行世界やパラレルワールド、そして別の世界線などと呼んでいたはず。
最初は半信半疑だったバースィマも、私の話がやけに現実味を帯びてることから、私の頭がおかしくなった訳ではなく、別の世界の私だと理解を示してくれた。
こっちの世界では、私は魔法学科ではなく、魔法薬科の生徒として学園に通っている。
ルームメイトはカタリナではなくバースィマ。
バースィマは変わらず召喚科で、向こうの世界と同じく、私にレディラムを見せたくて練習室に来ていたらしい。そしてこっちの私もうっかり角に触ってしまい、それを契機にレディラムが光を放ったのだという。
「ううん、別の世界線のネモがこっちに来たのって、レディラムの能力なのかな…ちょっと私にもわからないから、今日学校で先生に聞いてみるね!」
「ありがとう、もう何がなんだか…。あ、そうだ、今日って魔法薬科は試験日じゃなかった?!」
朝にカタリナが登校した様子を思い出し、まさか試験をすっぽかしていたのではないかと顔面蒼白になる。
「?違うよ?」
バースィマによると、魔法薬科はすでに試験休みも終わって、今日の午後から通常授業が始まるとのこと。元の世界とは各学科の試験日程も随分と異なっていた。
…試験が終わった後で本当に助かった。魔法薬科の試験なんて、どの科目であっても何一つできる気がしない。
「とりあえず、入れ替わったことは余り他の人に言わないようにね。先生にはもちろん相談するけど。頭がおかしくなったって、最悪病院送りだよ。」
「うん、わかった。カタリナにも言わないほうがいいかな?」
私の中でカタリナには絶大な信頼がある。
「もちろん、ネモがいいなら話ちゃっていいんじゃない?こっちの世界でもネモとカタリナはめちゃくちゃ仲いいよ。きっと話も信じてくれるだろうし、色々フォローしてくれると思う。」
◇
バースィマは二限から授業で先に登校してしまったため、一人でカタリナの部屋まで事情を説明しに向かう。
カタリナは元の世界の私との相部屋と同じ部屋で、こちらの世界のカタリナのルームメイトはちょうど授業に行った後だった。
「えー?ネモってばめちゃくちゃファンタジーってるじゃん。それにネモが魔法学科の生徒って、すごい違和感だ〜。とっても面白い!」
カタリナに私が別世界から来たと話すと、疑うことなく素直に驚きを現してくれた。
「信じてくれる?」
「信じるけど、ちょっと試させて~。通常の魔力回復薬に使うのはギュラム草ともう一つは?」
「わかるわけないじゃん。魔法薬の作り方なんて全く知らないよ。」
魔法薬なんて中等部時代にも作ったことが無いし、自分で調べたこともないから作り方なんてさっぱりわからない。
「う、うわーこっちのネモが言わなそうなセリフ!」
「じゃあ、ネモが得意な魔法は?」
「地属性と時魔法。」
「へー!そうなんだ!何か魔法見せて欲しい!」
こっちのカタリナに信じてもらうためにも、ここは何か簡単なものを見せるか・・・
両手を合わせ、呪文を詠唱し魔法を展開する。
カタリナの周りに風が吹き、机に置いてあった紙が宙に舞う。
そよ風程度の威力だけど、部屋の中だしちょうどいいはず。
「すごい!これ夏にいいねぇ、涼しい~」
「使い方によっては攻撃魔法になる初級の魔法だよ。」
「へ~向こうのネモは本当に魔法学科の生徒なんだね。」
あ、ちゃんと信じてくれたっぽい。
「今日、私はこっちの世界のネモのフリをして過ごそうと思ってる。迷惑かけて申し訳ないんだけど、授業とか、色々と助けて欲しいの。」
「迷惑じゃないよ〜!もちろんサポートしてあげる!任せて~。」
◇
今日の魔法薬科は午後からの半日授業。カタリナの提案で、昼前に寮を出てランチを学食で食べてから授業に出ようということになった。食堂についてから二人で席を探していると、カタリナが向こう側の集団に目を向けて言った。
「ネモ、あそこ魔法学科の第五学年の人たちがいるよ〜。彼ら本当に目立つよねー。」
「そうだね。」
こっちの世界でも元遠征組は目立つ存在らしい。
その集団の中に、黒い短髪を見つける。ダリオ先輩だ。こっちでも彼は魔法学科に所属しているようだ。
「あ」
自意識過剰じゃなければ、こちらを見た気がしたので、見つめ返す。が、ふいと視線を逸らされる。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。」
私が魔法薬科を選んだということは、ダリオ先輩と私は中等部時代に出会わなかったのだろう。元々、ダリオ先輩の魔法を見て、私は魔法学科に進路変更したのだから。きっと、高等部に入ってからもお互いに面識がないんだろうな。
…あんなに仲良くなれたのに。
食堂を見渡すと、キアラが魔法学科の男子生徒とランチを食べているのが見えた。キアラは通いの生徒だから、寮で会うこともないし、この世界では私と知り合いにもなってないんだろうな…
「あ、あっちにヒルデン君がいる!ネモ、いこ。」
「え、なんで!?」
「なんでって、見かけたらいつも一緒にランチ食べてるじゃんー。あ、そっちのネモは違うんだ。」
「う、うん。」
カタリナとジョシュはこっちでは顔見知りになってるのか。
カタリナに先導されて、ジョシュが魔法騎士科の友人たちと座っている席に移動する。
「やっほーヒルデン君。隣いいー?」
「ああ、もちろん。」
カタリナとジョシュが普通に会話してる。向こうでは互いに面識が無いはずだから、とても変な感じがする。
「二人とも、試験はどうだった?」
ジョシュが私たちに向かって尋ねてくる。
「今回三科目だけだったけど、全部いい感じ〜!私頑張ったよー!」
「私は…どうだろ?たぶん大丈夫だとは思うんだけど。」
魔法学科で受けた試験を思い出して答える。向こうでは中々の手応えを感じだから、こっちの自分もそれなりに頑張っていた…はず。たぶん。
「なんだか歯切れが悪いな。体調でも悪いのか?」
ジョシュがそう言って私の額に手をやろうとする。が、
「ピピーッ!だめー!おさわりは禁止です~!」
カタリナが立ち上がって、ジョシュの手をバタバタと振り払う。
「少しくらいいいだろう。」
「だめだめ、ネモが減っちゃうからダメなの。」
カタリナがイーっという顔をしてジョシュを威嚇する。どういう関係なんだ、この二人は。
「まあ例え試験の結果が悪くても落ち込むなよ。」
「うん、ありがと。そっちは次実技?」
「ああ、この後に演習だ。そろそろ移動しなければ。じゃあ、またな。」
ジョシュはそう言ってトレーを持ち、クラスメートと一緒に席を立つ。
「彼ら本当に食べるの早いよね。そっちの世界でもこんな感じなのー?」
「うーん、私のいる世界では、ほとんど彼等と一緒にランチしたことないからな…」
「ええっ!?そうなの?あらま、ヒルデン君どんまい。」
何がどんまいなのか分からないけど、カタリナは何だか嬉しそうだ。
「ほら、私たちも早く食べよ。次は講義だから聞くだけでいいけど、その次は魔法薬調合の演習授業だよ。予備知識ないとキツイと思うから、予習しないと。」
「ええ、演習もあるの?全然できる気がしない…」
「大丈夫、なるべくサポートするようにするからさー」
早くも午後の授業に不安しかない。
基本的に大雑把な私が、細かい単位で計量しながら調合なんてできるんだろうか。
まあ、一先ずは講義を集中して聞くようにしよう。元に戻ったときにこっちの私が困らないように、ノートも取っておかなければ。
◇
授業は薬草学の基礎だったのだけど、最初から最後まで何を言ってるのか、びっくりするくらいさっぱり分からなかった。
薬草名を知ってる前提で話が進むものだから、基礎が無い私には古代魔法の呪文並みに難解過ぎた。
魔法基礎学なら眠くなったりなんかしないのに、これはキツイ。一瞬意識が飛んで、隣に座っていたカタリナに小突かれてしまった。
そしていよいよ魔法薬調合の実技授業…
憂鬱過ぎる。何しろ、先ほど器材名を詰め込みで覚えたところ。名称はなんとか頭に叩き込んだけど、用途がわからないものもたくさんある。周りを見様見まねでやるしかない。
しかし幸運なことに、調合に使う材料が少ないということで、個人ではなく二人一組のグループになって授業は開始された。もちろんペアはカタリナに組んでもらうことにする。
「げげっ、ネモ、だめだめ!今のタイミングでそれお湯に入れちゃ効力無くなっちゃうよ。」
「え、うそっ!?間違っていれちゃった!」
材料名が書いてある紙を見て、細かい手順をすっ飛ばして鍋に入れて火にかけてたところ、カタリナから注意されてしまった。
「さっき先生がシンラ草の在庫がもう無いって言ってたから、この続きはできないかも…」
「ごめん…やらかした。」
やってしまった。
入れる順番があるんだなんて、全く頭に無かった。
鍋を見ると、私が入れてしまったシンラ草が茹でられて沈んでいる。今から取り出したところで、どうにもならないよな…
ん、待てよ?こういう時こそ魔法を使えばいいのでは?
「お湯に浸かったくらいなら、なんとかなるかも。」
「どういうこと?」
茹でられてしなしなになったシンラ草を鍋から取り出す。
カタリナが「?」と不思議そうに覗きこむが、説明はしない。見てもらったほうが早いだろう。
両手を合わせる。
展開する魔法は時魔法と土魔法の合成魔法。
さあ創造力を働かせる時間だ。
お湯に浸かってしまう前の状態を思い出して。色が抜ける前、葉や茎が撓る前、根っ子の髭根が元気だった頃に戻って。水に溶けて失われた部分は再生しよう。
緑の淡い光がシンラ草を包み込み、その光が失われた後、シンラ草は私が鍋に投入する前の状態に戻っていた。
「す、凄い〜!!!ネモがまともに魔法使ってる!」
「こっちの私が魔法薬学んでたのと同じで、向こうでは魔法を真剣に学んでたからね。」
カタリナに感心され、どうだ、という気持ちになる。
「でも、元に戻ったけど、次からはちゃんと手順を確認してから、手を動かすようにしてね。」
「はい、ごめんなさい。」




