35.恐れてたことが起きる②
「この間はハンカチを拾ってくれて、どうもありがとうね。あ、私も第一学年までは魔法学科だったんだ?だから、今やってた制御魔法も前にやったなー、懐かしいー。四属性の制御魔法なんて今は全く使ってないかも。」
オーレリアさんは自分の喋りたいことを矢継ぎ早に言葉にし、フフと笑う。
私に催眠魔法をかけたことへの謝罪じゃなく、ハンカチのお礼が先なんだ。
…この少しズレた感じが得体のしれない不安を煽ってきて、なんだか怖い。
一瞬、クロを喚ぶことも考えたが、まだ何かされたわけではないので一旦様子をみることにする。
「あの、何か御用ですか?」
「ん?ただ、校舎に遊びに来てみただけ。まさかこんなところであなたに会えるとは思ってもみなかったけど。」
せっかくの試験休みに一人で校舎に遊びにくるなんて、一体どれだけ暇なんだ…。
「だったら、どうぞ他に行って下さい。私たち、いま試験対策をしてるところなんで出て行ってもらえますか?」
キアラが私をかばうように前に出て、強めの声でオーレリアさんに話しかける。
「んー、せっかくだからここで見学させてもらおうかな。魔法科の試験って再来週って聞いたんだけど、そんな調子で大丈夫?今の時点で基礎も出来て無いなんて、ヤバくない?これ外部受験で進学してきた子たちのための項目でしょ?内部生だと中等部の最後に習うやつだよね?」
私は内部生なので中等部で習ったことがあるのだけど、中等部では習得が必須というわけでは無かったため、出来なくても特に問題は無かった。結果、今苦労しているのだが。
というか、オーレリアさんの言ったことは、ほぼ初対面の私に対して言うセリフでは無い気がする。
「できないから、練習しに来てるんです。それに、今のところ炎属性の制御魔法以外はうまくいってるので。」
正直、最後の言葉は悔しさからでた言い訳だ。でも、今言ったように、水と土は合格済みだし、風の制御魔法もなんなくこなせる。あとは炎属性のみ練習すればいいだけなので、再来週には充分間に合うはずだ。
「…エンデ先輩に色々教えて貰ってるんでしょ?それなのに、なんで炎属性が苦手なの。」
さっきの嘲るような声から一変して、地を這うような低い声でこちらに向かって疑問を投げかける。
ダリオ先輩にはたまに課題をみてもらうことはあるけれど、得意な人に教えて貰ったからといって、自分も上手になるとは限らないのではないだろうか。というか、私がそれに当てはまる。
「属性との相性が悪いだけ、と私は思ってます。」
「それは言い訳。私、幻術科に転科しちゃったけど、今も炎属性の魔法は一番得意なの。教えてあげるから、さっきのもう一回やって。」
ええ、これってそういう流れなの?
教えてくれるのはいいけど、なにか裏があったりするのかな…
「いや、キアラ…この子に教えてもらうんで「いいから、早くやって。」
私の言葉に被せて、有無を言わせないようにするオーレリアさん。本当、一体どういうつもりなんだろう。
「…わかりました。」
反抗して下手に刺激するのも怖いので、ここは彼女の言葉に素直に従うことにする。
一度大きく息を吐いて集中する。先程と同じように最初に基礎魔法を展開して、すぐさま制御魔法をかける。
「ストップ!魔法は展開したままね。」
オーレリアさんはつかつかとこちらまで来て、後ろから私の腕と手を掴み、ゆっくりと動かす。今の私は操り人形みたいな状態になっている。
「ほら、これくらいの速度で動かして。じゃないと、さっきみたいに揺れるから。それから、怖いから早く終わらせたい、とか余計なこと考えないで。じっくりと集中してやったら、威力の調整も自然とできるよ。」
そう言うと一歩下がって、こちらの様子を伺う。続きをやれという意図だと理解し、教えて貰ったとおり、ゆっくりと自分の周りに炎を上から下へと動かしていく。
「…できた。」
さっきと違って身体にあたることなく、なんなく炎を制御できてしまった。
「すごい!ネモ、今のめちゃくちゃ安定感があったよ。」
自分が思っていた倍は遅いスピードで丁寧に制御すると、こんなに安定するんだ。
オーレリアさんの方を振り返ると、彼女は腕を組んで満足そうにしている。
「炎属性は怖がらないことが一番大事。ガツンと、私が制御してやるっ!て位の勢いで扱うのがポイントだよ。もちろん丁寧にね。」
「ガツンと…」
どこかの先輩から同じセリフを聞いたような…
「で、他の試験課題は残ってないの?そっちも見てあげる。まだ演習室使ってていいんでしょ?」
なんだかよくわからないけど、他も面倒を見てくれるらしい。
「あの、風属性の試験課題なんですけど、それは私があまりうまくいってなくて。」
キアラも先程私が受けたアドバイスでオーレリアさんに警戒心を解いたのか、自ら進んで助言を受けに行く。
「わかった、そっちも見てあげるからやってみて。」
◇
「「ありがとうございました。」」
予約終了時間となったため、幻術科棟の屋外のテーブル席に場所を移動し、オーレリアさん、その向かいにキアラと私で座る。そして開口一番、二人して彼女にお礼を述べた。
「お礼なんかいいよ。ネモちゃん、キアラちゃんの練習の邪魔をしてこっちが勝手にやっただけだし。」
結局、キアラが苦戦していた風属性の制御魔法課題も、オーレリアさんの適格なアドバイスの通りにすると、一発でうまくいってしまった。試験の練習で一時間枠をとっていたのに、かなりの時間が余ったため、今習っている魔法で自信のないものについても、彼女に教えて貰った。
マイラ先輩が悪い子じゃないんだけど、と言ってた意味が今ならわかる。まだ何を考えてるかわからないところはあるけれど、きっとこの人は根は悪い人ではない。
「でも、人に教えれるくらい属性魔法の実力があるのに、なんで魔法科から転科してしまったんですか?やっぱり魔法科はカリキュラムがキツイから?」
キアラが率直な疑問をぶつける。マイラ先輩からは魔法科についていけなくて転科したと聞いていたけど、実際どうなんだろ?
「魔法科で一年やってみて、属性魔法は独学でいけるかな、って思ったからだよ。幻術科はトリッキーな魔法が学べるでしょ?幻術科の人の魔法を見てたら面白そうだなって思ってねー。まあ、噂では魔法科を脱落して幻術科に逃げたって言われてるみたいだけどね。言わせたい人には言わせといて、私は早いとこ方向転換して良かったと思ってる。二人も、もし魔法科で習うこと以外に興味出てきたら、早めの進路転換をお勧めするよ。後になればなるほど、転科は厳しくなるから。」
オーレリアさんは噂のような脱落組ではなかったらしい。さっきの教え方といい、寧ろ優秀な部類なのではないだろうか。
それにしても、転科かぁ…今のところ、授業は厳しいけれど楽しくやってるので、その予定はないな。
「私は今のところ魔法科の授業が楽しいので、現状維持の予定です。」
「私も。」
「そっか、合ってるんなら良かったね。」
オーレリアさんは頬杖をついて柔らかく笑う。
そんな和やかな雰囲気となっている矢先、急に彼女がぶっ込みだした。
「で、ネモちゃんはエンデ先輩と付き合ってるの?」
「うわ、ここでこう来たか」「ええっ?」
キアラと同時に驚きの声が出た。
尋ねてきたオーレリアさんは首をかしげる。
「私が思いっ切り邪魔してやったのに結局デートしたんでしょ?告白された?」
「されてません!というか、やっぱりあのとき…」
「うん、もちろん、明確な悪意を持ってやったよ?」
私の言葉にしれっと肯定するオーレリアさん。
ああ、マイラ先輩が言ってた悪い子じゃないけど、ヤバい子って言ってた意味もわかった気がする…。
が、そのあっけらかんとした表情から一変、少し嘲るような気色を乗せて言葉をこぼしていく。
「ごめんね、…悔しくって。私さ、ネモちゃんが入学するまで、自分がエンデ先輩の一番仲の良い後輩だと思ってたわけ。中等部のときに彼の存在を知って、彼への憧れで魔法科に入学して。異学年交流の授業でエンデ先輩とペアになったときは運命だと思った。言葉は荒いけど、いつでも優しくて…まあ、一回振られちゃってるんだけど、それでも変わらない態度で勉強を教えてくれたりもして。」
私もオーレリアさんも、二人ともダリオ先輩の後輩であり、しかも中等部時代からの憧れで、そしてなんやかんやで課題を見て貰ったりして。
…なんだか、オーレリアさんと私は少しばかり先輩に対する境遇が似てる気がする。
「私の場合、私から会いに行かなければ先輩から誘われることなんてただの一度も無かったんだけど、ネモちゃんは、エンデ先輩のほうから声を掛けてくるんでしょ?それも、なんでどうしてって思っちゃって…」
そこまで言って、声を詰まらせるオーレリアさん。私とキアラは静かに言葉の続きを待つ。
「でね、いっそエンデ先輩とのこれまでの関係性ごとぶち壊しちゃえって、あの時、催眠魔法を実行することを思いついたの。」
「ぶっ飛んでますね。」
キアラが思わずツッコミを入れる。
どうやらオーレリアさんは0か100の極端な思考の持ち主のようだ。
「途中で魔力切れになったのは誤算だったけどねー。でも催眠魔法の長時間維持、しかも遠隔操作!私の魔法、中々のもんでしょ?」
「あの、私、ネモからその時のことを聞いたんですが、ネモたちが待ち合わせ場所にしてた寮の共用棟には、ネモとオーレリアさんの他に誰もいなかったんですか?もし誰かいたら、オーレリアさんの計画は実行出来なかったと思うんですが。それに、エンデ先輩のほうがネモより先に来てたらどうしたんですか?」
「あ、それ、私も気になってました。」
キアラの言う通り、あのときたまたま共用棟に私とオーレリアさんしかいなかった。だからこそ彼女はなんの気兼ねもなく私に催眠魔法をかけることができたと思うんだけど、もしそうじゃなかったら、彼女はどうするつもりだったんだろう?
「エンデ先輩のほうが先に待ち合わせ場所にいたら、その時は諦めようと思ってたよ。先輩は魔法耐性高いから、私の催眠魔法なんて効かなかっただろうし。でも…ネモちゃんが先にあの場にいて、それで他に人がいたとしても、実行してたと思うなー。催眠魔法なんて周りの人にはただ居眠りしてるだけにしか見えないだろうから。もしもあそこで私の妨害を邪魔してくる人がいたら、その人に対しても催眠魔法かけてたかもね。フフ。」
「周りに誰もいなくてよかったネ・・・」
「ほんとに。」
キアラが乾いた笑いを見せる。被害が私一人で済んでよかった…
「それで、結局どうするの?ネモちゃんから告白しないの?好きなんでしょ?」
「いや、それは…先輩、いま卒業論文で忙しいだろうし…」
「そんなこと言ってる間に、私にとってのネモちゃんみたいな、どっかから降って湧いてきた女の子にとられちゃってもいいの?」
「う、うーん…、ちょっと待ってください、想像してみます。」
そう言って目を瞑り少しばかり想像してみる。
私が躊躇している間に、いつの間にか彼からの呼び出しが減っていく。おかしいな、と気づいたときには時すでに遅し。先輩の隣に見知らぬ女の子がいつもいることに私は気付いてしまう。そして私は彼に尋ねる。
『先輩、その子、誰ですか?』
『…誰って、俺の彼女だけど』
………
ううーん、ダメだ!これはキツイ!想像だけで食欲が無くなった!
「ネモ、妄想でこの世の終わりみたいな顔するの止めて。」
「よっぽど嫌なこと思い付いたんだね。」
「悪夢でした。」
自惚れるわけではないけど、私の知る限り、今のところ先輩にとって私が一番仲の良い異性だという自覚がある。
それなのに私以上に仲の良い人が出来てしまったとしたら…正直しばらく立ち直れないかもしれない。
「魔法練習と告白はお早めに。」
「なんですかそれ」
「フフ。私の格言。」
格言って。
でもタイミングは大事だよね…
「これ、負け惜しみな訳ではないんだけど…私は先輩のことを、異性としてじゃなくて、人として好きって気持ちの方が大きいんだと思う。なんていうか、恋人になりたいというより、特別な後輩でいたかったんだ。」
「それでデートの邪魔をするくらい、ネモに嫉妬しちゃったんですか?」
「キアラ」
キアラの物言いに思わず口を挟む。
「まあ、そんな感じ。でも、よく考えて見れば、ネモちゃんは恋人枠で、私は特別な後輩のままいけるんじゃない?私、彼の在学中はまだまだ勉強教えて貰うつもりだし。」
「特別な後輩枠ってなんですか?」
「恋人でも友達でもない、血のつながりのない妹ポジション。」
「なんだろう、そう断言されるとそっちのほうが特別感があって羨ましく感じる…。」
彼の妹扱いは嫌だけど、特別な絆があるってなんかいい。
「ネモ、違うから。納得しないで。羨ましがらないで。」
「これからも二人でいるところ見るとイライラして何かしちゃうかもだけど、その時はどうぞよろしく。」
「お願いだから何もしないで下さい!」
思考が掴めない人だけど、それと同時にどこか憎めない人だ。私の彼女に対する印象が、得体の知れない何考えてるかわからない人から大きく変わった。今日彼女に会えて本当に良かった。
「さて、そろそろ行こうかな。」
そう言ってオーレリアさんが腰をあげる。
「これから家に帰るんですか?」
「ううん、これから魔法科の元同期の魔法練習に付き合うことになってるの。もういい時間かな。」
やっぱり一人校舎に遊びに来てたわけじゃなかったんだ。
「場所はさっきの幻術科の演習室ですか?」
「まさか。魔法科棟の演習室だよ。」
「え、じゃあなんでこっちの校舎まで来てたんですか?」
「さっき校舎に遊びに来たって言ってたでしょう?時間まで暇だったし、幻術科棟の教室を一つ一つ巡ってたの。教室巡り面白いよー試験休みで人がいないからじっくり見れるし。そしたら偶然演習室に二人がいてさ、これはこれでいい時間潰しになったよ、ありがとう。」
「ええー…」
撤回する。
暇な時間で教室巡りなんて、やっぱり彼女は変な人だ。
◇
「おかえりー。」
先に帰宅していたカタリナが、教科書を片手に出迎えの挨拶をくれる。
魔法薬科も試験前だもんね。
「ただいま。ちょっと聞いて、今日オーレリアさんに会ったんだ。」
「ええ!?ネモ、また何かされたりしなかった?」
カタリナが心配そうな顔でこちらの様子を伺う。
「うん、寧ろ友達と一緒に魔法を教えてもらったよ。変わった人ではあるけど、悪い人じゃ無かった。」
「衝突した後に仲良くなるタイプのライバルか…懲りずに絡んでくるよりはいいのかな…?」
ブツブツとカタリナが何か言ってる。こういう時は大概聞き返しても独り言だから、と流されるだけなので、スルーすることにしている。
「彼女曰く、恋愛じゃなくて、妹ポジションが奪われたことに嫉妬したみたい。」
「ええ、そうなの?そんなんで、ネモたちのデートを邪魔したの?なんていうか、苛烈な人なんだね。」
「うーん、苛烈というか、自分の感情に素直な人だなって感じたよ。あと、魔法に関しては優秀。」
自分の感情に素直だし、感情表現の仕方が独特過ぎて掴みどころがない人でもある。
「そうなんだ。でも、仲良くなれたならよかったね。これで警戒する必要なくなったじゃんー。」
「確かに、これからは幻術科棟も気兼ねなく行けるし、食堂でオーレリアさんに会うかもってびくびくすることもなくなるんだ。」
「うんうん、本当に良かったね。」
話が途切れ、カタリナは試験勉強に戻ってしまった。
私も座学の試験勉強をしなくちゃいけないのだけど
…少し疲れちゃった。
ベッドの上に横になり目の上に腕をやる。
次、ダリオ先輩に会えたなら、オーレリアさんと仲良くなったことを伝えなくては。それに…自分の気持ちも。
その前に、目の前に迫ってきている試験に集中しなくちゃだけど。まだ第一学年の初期の段階で、一科目も落としたくはない。炎属性の試験課題については今日教わったことを忘れないようにしよう。
と、炎属性で気付いた。彼女は炎属性が得意で、勉強はダリオ先輩に見てもらってると言ってたけど…
「妹ポジションじゃなくて、師匠と弟子の関係?」
なんだろう、妹ポジションよりも絆が深そうだ。
羨ましい、と思った瞬間、キアラの「違うから」というツッコミがどこかで聞こえた気がした。




