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33.野良幻獣の乱

短め。


「ずっと触ってるね〜。」

「うん、もはや癖になってる。」

「擦り切れないように気を付けなきゃだね…」


先輩から貰った御守りを指でなでる。この調子で撫でていると、カタリナの言う通り、そのうち擦り切れてしまいそうな気もする。

が、先輩の魔法がこの中に籠もってると思うと触らずにはいられない。


後からわかったのだが、昨日先輩が図書室で調べ物をしていたのは、この御守りの付与魔法の最終調整をするためだったらしい。

昼休みを返上してまでこれの作成に時間を費してくれてたと思うと、余計に愛着が湧いてくる。


「それで、ヘタレ、あ、ごめん、エンデ先輩から告白された?」

「え?告白?なんで?オーレリアさんの件で私が彼女の魔法を防げなかったのを心配して、これをくれただけだよ。」

「そうなの?それだけ?」

「うん、それだけ。」

「…」


カタリナが残念なモノを見る目をこちらに向ける。

先輩からしたら防御がヘッポコな後輩を心配しただけなんだろう。彼の面倒見の良さが伺える。


「本当に君らは進展しないね〜…」

「そんなこと言われても…。」


こういうのはお互いに気持ちが向かい合わないと進展のしようがないと個人的には思うのだが。


「そんな君たちに、良いモノがあるのよ〜」


珍しくフフフと不適に笑うカタリナ。怪し過ぎる…一体何を企んでるんだ。


「悪徳商人みたいな言い方だね…良いモノのって何?」

「実はねー、今日の授業で、とある薬を生成したんだけど、少しだけコッソリと持ち帰ってきたの。」


そう言って机の上にコトリと小さな小瓶を置く。不透明の瓶のため、中身は全く分からない。


「自分で言うのも何だけど、良い出来だと思うの。お試しあれ〜」

「待って、コッソリと持ち帰ってきたっていうのもアレだけど、何の薬か説明が皆無だったんだけど。」

「ありゃ、ごめん。これはね、ほんの少しだけ感情が素直になる薬。私たち第一学年の授業で作るものだからお遊び程度の効能しかないんだけど、ちゃんと本物だよ〜私も授業中に試したんだけど、効果出たから。」


腕を組んで、エヘン、と自信満々に自作の薬を勧めてくるカタリナ。感情が素直になるかぁ。


「魔法薬科でそんなものも作るんだ。幻術科の精神魔法の薬版みたいだね。」

「まあそんな感じかな?最近になってようやく調合とか精製の実技の授業が増えてきて、楽しくて仕方ないの〜とにかく、これあげるから、今度エンデ先輩と会う時に使ってみて。」

「ううん…割と私、自分の感情に素直な方だと思うんだけど…」


と言いつつ、泣いたり喜んだりはよくするけど、人前で怒ったりっていうのはあんまり無いかもなぁ。


「いや、足りないよ〜もっと彼に対して素直になりやがれー」

「素直になりやがれってねぇ…ストレートに攻めてるつもりなんだけどな。でも、ありがとう、機会があれば使うね。」


カタリナの好意だ、有り難く受け取っておく。

明日から怒涛の課外実習だから、直近使う機会は無さそうな気もするけど、いざというときのために大切に鞄にしまっておこう。





あ、これはやばい。



「ネモ、大丈夫!?」

「フィリアス、しっかりしろ!」



今日は水属性制御魔法の課外実習のため、学園の敷地に面している湖に来ていた。先週座学で制御の基礎を学び演習室でも軽く練習した内容を、大量の水がある湖で実践する。お題は制御魔法を使って、教師が湖の底に置いてきたオブジェを取ってくるというもの。


生徒一人が戻って来たら、次の人の番。ほとんどの生徒はオブジェを持ち帰り、何人かは途中で制御魔法の均衡が崩れて水中から助け出されていた。私の順番は一番最後。

この実習は試験も兼ねていたので、私も失敗はできないと気を張っていたのだが、まさか私の番になって異変が起きるとは。


制御魔法を展開し、自分が歩くスペースを確保できる位に両端に水を押しやる。慎重に慎重に…少しずつ水の壁と階段を作りながら、なんとか湖の底まで辿り着くことができた。

後はオブジェを取って元来た道を帰るだけだったのだが、オブジェを手に取ったときに、視界の端になんともカラフルな魚が見えた。


なんだか色彩が先輩の魔法に似てるなー、なんて思っていたら、なんとその魚が結構な勢いでこちらに向かって来るではないか。

近付いてくるとわかったのだが、この魚、私の身体よりも大きい。この湖に肉食魚が生息しているなんて聞いたことはないが、パクリと開いた口からは大きな牙が覗いていた。口の奥からは魔法を繰り出そうとしてるのか、怪しい光が漏れだしていた。


私は既に制御魔法を展開していたので、他の魔法を行使することはできない、というかレベルが足りない。だからといって制御魔法を解除すると他の魔法の展開前に水に呑まれて溺れてしまうだろう。


逃げなきゃ、と慌てて水の階段を駆け上ろうとしたその時、制御していたはずの魔法が端から崩れ、あっという間に水にのみこまれてしまった。


先生やクラスメートの声が聞こえた気もしたが、私の記憶はここで途切れた。





目を覚ますと、最近お世話になったばかりの天井が見えた。いま私は医務室にいるらしい。消毒の匂いのするベッドの上から身体を起こし、パーティションのカーテンを開ける。


「すいません、誰かいますか?」


医務室の中を見渡し、声をかける。


「あら、起きたの、体調はどう?」


保健医のお姉さんがこちらに気付いて駆け付けてくれた。


「はい、なんとも。」

確か水に飲み込まれたと思ったのだが、服は乾いているし、倦怠感もない。


「それは良かった。一月もしないうちにまたフィリアスさんとここで会うなんてね…待ってて、担当教諭を呼んでくるわね。」


そう言い残して保健医さんは部屋を出て行ってしまった。


…自分でも思った、一月もたたないうちにまたここへ運ばれてしまうとは。


数分もたたないうちに、パタパタという音とともに実習担当のサイラス教諭がやってきた。


「フィリアス、具合はどうだ?」

「はい、大丈夫です、なんともありません。」

「そうか、それで、授業のことはどこまで覚えている?」


サイラス教諭は私の体調に問題がないことを確認した後、ベッドの側に置いてある椅子に腰をかける。少し話が長くなることを想定したのかもしれない。


「ええと、オブジェを取った後に、大きなカラフルな魚が目に入りました。それが口を開けて近付いてきたところで、制御魔法が解除されてしまって…それから水に飲み込まれたところまで覚えています。」


「制御魔法が崩れていく様子は私たちも確認済みだ。大きな魚というのは、野良の幻獣のことだな。コイツがあの湖に生息してたことは学園側も関知しておらず、危険な目に合わせてしまった。完全にこちらの落ち度だ、申し訳ない。」

「いえ、なんとも無かったので大丈夫です、顔を上げて下さい。」


頭を下げるサイラス教諭に、慌てて問題ないことを伝える。野良の幻獣なんて全て把握できないだろうに、先生に落ち度なんて全くない。寧ろ魚の色彩に見惚れて逃げ遅れた私が鈍臭かっただけだ。


「それで、あのお魚幻獣はどうなったんですか?」

「ああ、そこは記憶が無いんだな…。フィリアスが水に飲み込まれた瞬間、水中で大爆発が起こったんだ。その爆発に巻き込まれたのか、おそらく幻獣界に強制送還されたよ。」


幻獣というのは死という概念がない。現世で死んだら、幻獣界に還るだけ。そしてまた現世に現れることもある。なんとも不思議な生き物である。


「大爆発って、誰かが攻撃魔法でも使ったんですか?」

「いや、あのとき私を含め誰も魔法を行使していた様子はなかった。恐らくだが、フィリアスがつけていた防具の防護魔法が展開されたというのが我々の結論だ。」

「え」


慌てて袖を捲って右腕を見るが、先輩から貰ったブレスレットが無くなっている。う、嘘でしょ。


「実技授業では反応しないって言ってたのに…」

「恐らくだが、耐人間戦の実技授業では反応しないように条件が付与されてたのではないか?幻獣相手だから防護魔法が展開されたんだろう。おかげで君は無事だった。水に溺れることもなく、服には水滴一つ付いてなかったよ。そんな強力な防具、どこで手に入れたんだ?」

「人からの貰い物です…」


まさかたった一日で効果を発揮して消えてしまうとは。先輩からのせっかくのプレゼントが。


泣きたい。思いっ切り声に出して泣いてしまいたい。


「とにかく、無事で良かった。試験は途中で終わってしまったが、オブジェは手に持っていたことだし、合格にしておく。少し休んだら、今日はもう帰るように。」

「…承知しました、ありがとうございます。」


サイラス教諭は保健医とも少し会話を交わしたあと、医務室から出て行った。


私は保健医さんに「もう少し休ませて下さい」とお願いし、ベッドで一人、暫くの間しくしくと泣いた。


えーん、なんで効果を発動したら消える仕様なんだよー!





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