30.そして彼女は自分の気持ちを自覚する(ダリオ視点)
こちらも長め。
「今週末、ネモと出掛けたりするの?」
「うん?」
やべ、変に反応したから、これはシャノンにバレた。
「ふふ、あー、やっぱりそうか。俺が卒研の手伝いをしてやろうってのに、断るんだもんな。よっぽどの予定があるんだろうと思ったよ。ふふっ、デートといったところか。」
「お、やっとあの後輩ちゃんと?」
「お気に入りだもんな。早よ告ればいいのに。そしていっぺん振られろ。」
「今週末って明日か?見に行ってもいい?!」
他の連中も便乗して食い付いてくる。否定するのも面倒だから、ここは開き直ることにする。
「ああ、そうだよ、デートだ。いいだろ?こっちだって必死なんだ。だから邪魔すんなよ。」
「ダリオが必死なのって本当に面白い。」
「なぁ!いつも何でも器用にこなすくせに。振られろ。」
「どこに行くの?あ、もしかして前に舞台チケットについて聞いてたから、それを観にいくのか?」
しまった、ここははぐらかすべきだった。余計に面倒なことになってる。てか振られろってなんだよ。
「そうだ、舞台を観に行く。前にやった学校紹介のお礼だ。」
「おお、いいねえ!初デートは観劇か!悪くない!」
「声がデケェよ…」
昼の混雑した食堂でみんなガヤガヤしてるからいいが、大声でイジられ倒してるのは普通に恥ずかしい。
「ダリオ、頑張れよ。」
「何がだよ。俺はいつもあいつに対して全力で頑張ってるっつーの。」
「その頑張りのベクトルが違うんだよな…」
「なぁ?足繁く後輩ちゃんの元に通ってるのに、全く意識されてないってことは、まあ、そういうことだ。」
「…」
シャノンを始め、俺の周りはすぐに俺のアイツに対する気持ちに簡単に気付いた。
が、当の本人はこれっぽっちもこちらの好意に気付く気配がない。自分としては、これまで分かりやすい態度を取っていたつもりだったが、周りに言わせればそんなこともなかったようだ。
「おまえはネモに対してはヘッポコになるんだから、対応間違えんなよ?」
「わかってるよ。」
そんなことシャノンに言われなくても分かってる。自分としてはあのセカンドコンタクトのやらかしからはかなり進歩したつもりだ。
既に二回も泣かせてしまっているが。
「で?待ち合わせ場所どこ?こっそり見に行く。」
「俺も見に行きたい。」
「誰が教えるか!」
「たぶん公演が12の時刻のやつだろ、だから待ち合わせは10の時刻くらいかな。ちょっと時間があるから、開演まで街で買い物だな。それで二人とも寮だから共用棟のロビーに待ち合わせで間違いない。」
「おまえエスパーかよ…」
シャノンの推察力が恐ろしい。
「まあ、うまくやれよ。俺らは邪魔しないが、思いもよらないところから横やりが入ることもあるんだから。」
「おい、なんか意味深だな。」
「だってこの難攻不落のモテ男が特定の女子とデートだぞ?嫉妬に狂った誰かに刺されてもおかしくない。」
「確かに。」
「強烈過ぎるわ…そんなやついねぇよ…」
この時はそう思っていた。まさか本当に嫉妬に狂った奴が邪魔しに来るなんて、思ってもみなかった。
◇
「エンデ先輩!」
寮に帰る途中、後ろから誰かに呼びかけられた。振り向いた先に、茶色の長い髪を緩く結んだ見知った顔の女子生徒が手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「オーレリアか。どうした?」
オーレリアは俺が第三学年だったときに魔法科に入学してきた二つ下の後輩だ。といっても今は幻術科の所属で、第二学年に上がるときに転科したらしい。ちょうど長期遠征に行ってたときに転科してたから、戻ってきたときは少しびっくりした。
「先輩、明日って予定ありますか?基礎魔法学で分からないことがあるから、教えて貰おうと思って。」
オーレリアとは異学年交流で知り合って以来、たまに勉強を見てやっていた。彼女からは過去に告白されたこともあったりする。ただ、俺自身を好きというより、偶像化された何かを好きという感じがして、それっぽい理由をつけてお断りした。普通振られた相手には気まずくなるもんだと思っていたけど、未だなおこうやって接触を図ってくるので、やはり俺のことが好きな訳では無かったんだろう。
「あーごめん。明日は予定があるんだ。」
「…そう、ですか…。午前中だけとか、午後の少しの間だけでもダメですか?」
「明日は一日厳しい。今からでもいいなら、見てやろうか?」
明日は俺にとって一日中忙しい日になる予定だ。少しの時間もネモ以外に使う気はない。
「いえ、今日は私も予定があるので、大丈夫です!また今度お願いします。」
「悪いな、じゃあまたな。」
そう言って踵を返す。後ろからオーレリアの視線を感じたが、気付かない振りをして寮へと戻っていった。
◇
…落ち着かない。そして暇過ぎる。
ネモとの待ち合わせ時間まで、あと一時間。
今日は気合いを入れ過ぎてクッソみたいに早起きして、さっさと準備を済ませた結果、めっちゃくちゃ時間が余ってしまった。
書きかけの論文に手をつけようかとも思ったが、今の状態でやっても後から書き直しになるのが目に見えている。
…シャノンが寮の実習室で卒研の実験をやってるのでも見に行くか。
暇なときはシャノンのところで時間を潰すことに限る。
◇
実習室に行くと、思った通り、魔法を展開しつつ机に向かってガリガリ書いてるシャノンがいた。
「よお。」
「は?ダリオ?何だよ、そろそろ時間じゃないのか?」
「まだ後一時間もある。暇だから冷やかしにきた。」
「冷やかしいらねー…どうせだったら手伝えよ。」
「ん」
元よりそのつもりできた。何だかんだ俺は魔法が好きだ。それにシャノンの考える魔法は自分では考えもつかない理論で構成されてるから見ていて飽きない。
「今はこの誰かが落としてったノートに付着した魔法痕を全部洗い出してるとこ。複数人のものが付いてるから、絡まってるのを適当に整えて。」
「了解。」
複雑な魔法痕を分解して追跡するのがシャノンが卒業研究として選んだテーマだ。魔法を使った後に残る魔法痕には個人の特徴が出るため、そこをとっかかりとして魔法を行使した個人を特定する。さらに、時間経過とともに痕が薄れていくことから逆算して、行使された時刻まで辿ることができる。理論上は簡単に見えるが、その実はかなり複雑だ。分解に一手間、さらに特徴把握にもとんでもないデータを必要とする。そのため、これまで誰も手を出さなかったテーマだけど、こいつはそれに挑戦している。もはや変態の領域と言っていい。
ただ、一つ言えるのは、俺の馬鹿みたいに攻撃特化の炎属性の魔法と違って、実用性を見据えた研究であり、これが確立されたら間違いなく世の中の役に立つということだ。
魔法痕の分解には複数属性の扱いが必要になる。痕に残った各属性を捉えた上で、それらが混ざらないように慎重に魔法を展開していくと、赤い光が自分の周りを霧散した。
魔法を行使すると、術者の瞳の色が光となって現れる。魔法痕も似たような感じで、俺にはそれが色付いて見える。この感覚には個人差があるらしく、シャノンには無色で幾何学的な模様に見えるんだとか。
色付いたそれを、一つ、一つと分解していく。赤、青、黄…色とりどりの痕が現れては、それを一纏まりとして整列させる。
単純作業だが、ひたすら楽しい。そう感じる俺も大概変態なのかもしれない。
そうこうしてるうちに、結構な時間が経っていた。
「ごめん、そろそろ行くわ。」
「ああ、手伝ってくれてありがとう。楽しめよ。」
シャノンに手を振り実習室を後にする。すると、部屋を出たところで、見慣れた黒いモフモフが現れた。
〈ダリオ!今すぐ主の元へ来てくれ!主が見知らぬ女に魔法を掛けられた!〉
「…なんだって?」
ネモに魔法って、何が起きたんだ?
「どこにいる?ネモは無事なのか?!」
〈ロビーだ、案内する。主の意識がない。この姿では主を運ぶこともできない…私は…命令されなければ何もできないから。〉
意識がないだと?
「わかった、急ぐぞ。」
クロとともに猛スピードで共用ロビーへと向かう。お願いだ、無事でいてくれ。
ロビーに行くと、ソファの手前で倒れているネモがいた。休日の午前中だというのに運悪く人が出払っており、誰にも救護されずに倒れたままになっているようだった。
「ネモっ!!!」
慌てて駆け寄るが、倒れた際に頭を打っているかもしれない、身体を揺すらず大声で呼び掛ける。が、何の反応もない。口元に耳をあてると、呼吸音が聴こえた。念の為脈も測るが、問題はないようだ。
「クロ、安心しろ、一先ずご主人は無事だ。」
〈ありがとう、ダリオ。〉
とはいえ、魔法が行使されたということだから、見えない部分でダメージを負ってる可能性はある。医務室に行って今すぐ診て貰わなければ。
ネモの身体の下に手を入れ抱き上げるが、これが飛んでもなく軽い。課題に追われて食いっぱぐれる日もあるとよく聞いてたので、これはこれで心配になる。
共用棟の医務室に行くと、ちょうど保健医がいたため、すぐにネモの状態を診て貰うことができた。
「催眠魔法にかかってるね。たぶん魔法が切れない限り、目が覚めないと思うよ。」
「魔法が切れない限りって、どれくらいですか?」
「術者の根気次第ってとこかな。見たところ、これは持続性の魔法じゃなくて、掛け続けないと維持できないタイプの催眠魔法だ。幻術科の中学年で習う遠隔施行が可能なものだね。命にかかわるものじゃないから安心して。」
命にかかわるものじゃないという言葉に安心したが、今もどこかで、悪意を持ってネモに催眠魔法を掛け続けているということか。一体誰が?
コイツ、どんな恨みを買ったんだよ。
「目が覚めるまで、ここにいてもいいですか。」
「もちろん。ついててやりなさい。付き添いがいるほうが、その子も安心するでしょ。」
保健医が立ち去った後に、早速ネモに魔法を仕掛けた犯人を捜す行動に出る。
「クロ、ちょっと頼まれてくれないか。俺の魔力をくれてやる。」
〈いいだろう、主のためになることであれば喜んで力を貸そう〉
「シャノンにネモのリボンを届けてくれ。それから、魔法痕を辿って誰が魔法を行使したか特定して欲しいと伝えてくれないか。犯人はたぶん学園の生徒だから、蓄積してるデータにも合致すると思う。」
ネモの髪からリボンを解き、クロに差し出す。
〈あやつにお願いするのは本意では無いが、仕方がない。すぐに行ってくる。〉
「ありがとう、頼んだ。」
シャノンならきっとすぐにでも犯人を特定してくれるだろう。
自分で頼みに行けばよかったのだが、できればコイツの側についててやりたかった。目が覚めたときに、安心できるように。
◇
ネモが倒れてから二時間が経った。術者が学生であれば魔力量なんてたかがしれている。そろそろ魔力切れを起こしてもいいはずだ。
〈ダリオ、犯人がわかったぞ。〉
考え事をしてるところで、黒いモフモフのクロがリボンを咥えて帰ってきた。
「誰だ?」
〈第三学年幻術科のオーレリア・グリーダ。〉
「オーレリアが!?」
これは…自惚れじゃなけりゃ、ネモが直接恨みを買ったのではなく、俺のとばっちりということか…?
〈主に掛けられた魔法は精神魔法と幻術魔法の合成魔法だ。眠らせてる間に魔法にかかった者の思い入れのある場所や人を五感を使って再現するものだという。本来であればセラピー目的で使われたり、もしくは占いで使われたりするような代物らしい。〉
「…」
害が無いものだと分かって少しは安心したが、解せない。なんでそんな魔法をコイツにかけたんだ?
〈ダリオ、言い忘れてたのだが、主に魔法を行使した女が立ち去る際、主に向かって「いい気味。デートが台無しになって残念ね。」と言っていた。〉
「それを先に言え。」
オーレリアの目的はネモと俺の予定を妨害するためだったということか。ネモはただ催眠魔法で眠ってるだけで実害もないし、今回みたいにクロという契約獣の目撃者がいなければ、疲労で眠っしまっただけに見えたかもしれない。うまいこと考えたもんだ。
正直、オーレリアが俺にそこまで執着してるとは思わなかった。これは完全に俺の落ち度だ。
「クロはよくオーレリアに噛みついたりしなかったな?」
〈私は主の意識が無ければ他者を害することはできない。唸るのが精一杯だった。〉
「そうか…それは悔しかっただろうに。」
自分に湧き上がってきた怒りを鎮めるためにも、くうんと項垂れてるクロの毛を優しく撫でてやる。
オーレリアのやったことは度が過ぎている。先ずは正攻法で証拠を叩きつけて、休日の学校外の精神魔法行使のルールを破ったことについて抗議するか…。
一度席を立って保健医の元へ向かい、ネモに掛けられた魔法が特定の生徒によるものだということについて説明する。保健医は生徒から生徒への悪意ある魔法の行使ということで事態を重く受け止めたようで、すぐに学園へ連絡すると言ってくれた。
さて、これから…どうしてやろう。
ふと、ドアの近くに目をやると、本棚に書籍がいくつか並んでいた。真っ先に目に入ったのは「拷問学」。なんで医務室なんかに置いてあるのかは分からないが、今のタイミングにはうってつけだ。コイツの目が覚めるまで、読み込んでみることにする。
本を手に取り、パラパラとページをめくる。ざっと斜め読みで内容を読み進めていると、ベッドから「ここどこ?」という声がした。
「…ああ、やっと目が覚めたか。体調はどうだ?大丈夫か?」
良かった。どうやらやっとオーレリアの魔力が切れたらしい。顔色も悪くないように見えるし、本当にただ良い夢を見て眠っていたようだ。
が、言葉を交わすうちに、ネモが取り乱し始めた。
もう14の時刻だからな…コイツ公演をめちゃくちゃ楽しみにしてたのに、それを逃してしまったのは相当ショックだったに違いない。俺としては、公演を逃したことよりも、コイツが悲しんでることのほうが遥かにショックなんだが。
背中をトントンして落ち着かせるが、泣き止む気配はない。おい、服の前を掴むな。これは抱き締めてくれという意図でいいのか?
ネモの背中に手を回し、そっと抱き寄せてみる。嫌だったらさすがに抵抗するか…
「せんぱい、服濡れちゃいます。」
この期に及んで服の心配か。
「ハンカチ代わりだと思えばいいよ。」
適当について出た言葉だったが、そうだ、今の俺はおまえの涙を拭うためのハンカチだ。
思う存分泣けばいい。
そのままの体勢で、オーレリアのしでかしたことについて伝える。ダメだ、話してるうちに腹が立ってきた。ネモをこんな風に傷付けて、あいつは満足なのか?
さっき読み込んだ拷問学に則り、オーレリアを燃やす案を提案してみるが、丁重にお断りされてしまった。まあネモの気が済むならそれでいい。
体調を確認したところ、問題ないようだったし、こっから仕切り直しだ。
「じゃあ、この後このまま出掛けるか。」
「え、いいんですか?」
「もちろん。別の演目なら夜の部の座席が余ってるかもしれない。もし売り切れてたとしても、街を適当にウロウロしよう。」
「……っはい!!!」
満面の笑みで答えてくれた。こちらとしても喜んでくれて嬉しい限りだ。
◇
その後、保健医の元にネモの体調に問題がないことを伝えに行き、そのまま二人で街へと向かった。最初に舞台の夜の部の席を確認しにいくと、キャンセルが出たのか、奇跡的に並びが空いていた。そのことに大喜びのネモ。その姿を見てるだけでこちらも嬉しくなる。
即チケットを購入し、開演まで時間があったので遅めのランチを食べることにした。
何気にコイツと二人でご飯を食べるのは初めてかもしれない。変に緊張してるネモが面白い。見ててマジで飽きない。緊張ついでに、服装について褒めてみる。今日の格好はいつもと雰囲気が違って大人っぽく仕上がってて、なんていうか、その背伸びしてる様子が可愛かった。雰囲気が違って良いという部分だけを掻い摘んで伝えると、顔を赤くしながら小さな声で「ありがとうございます…」と言われ、何故かこっちまで照れてしまった。
その後、観に行った夜の部の舞台は、人気の演目とは違うものだったが、ネモにはちゃんと刺さってくれたらしい。ネモは暫く舞台への興奮が冷めやらず、「先輩、やっぱり進路変更して舞台演出家になりませんか?私毎日公演を観に行く太客になりますよ。」と真剣な表情で言ってきたので、普通に困ってしまった。おいおい、俺の軍の入隊におめでとうと言ってくれたおまえは何処へいった。
それから彼女を女子寮まで送り、名残り惜しいが、また来週と別れを告げて互いに寮に戻って行った。
率直に言って、今日の午前中の苦い思い出も記憶から消え去るくらい、楽しい時間を過ごしたと思う。
ネモも俺と同じように思っていてくれてたらいいんだが…
本当は今日の別れ際に気持ちを伝えるつもりだった。
あいつが俺をただの憧れの先輩としか見てないことは知ってるが、早くこの中途半端な関係を終わらせたかった。
けれども、今日はオーレリアのことがあった手前、弱ったところに付け込んでる気がして、止めた。
卒業までにはなんとか精算したい。とりあえずは、オーレリアみたいな奴が、あいつにちょっかいを出さないように注意するようにしないと…