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27.優しいお兄さんたちの学科紹介



この日はダリオ先輩がいつもの粗野な雰囲気を一切封印していた。


そして人の良い笑顔を浮かべながら、見学に来た学生に教室の説明をする。今となっては荒々しい態度のほうが彼のデフォルトとなってるので、このお兄さんモードのダリオ先輩は違和感しかない。



「ここは座学教室です。魔法学科といっても、もちろん基礎魔法学なんかの座学も学ばないといけない。少し踏み込んだ理論なんかだと魔術学科で学ぶことができるよ。」


学生たちは、「へ~」「うわ、難しそう」と、興味深そうに展示された教科書をパラパラとめくる。


さて、時間がない。次の場所へ移動しなくては。

パンっと手を鳴らして、みんなの注目を集める。


「は~い、皆さん、次はお待ちかねの演習室です。一列に並んで、エンデさんについていってくださーい。」


笑顔を振りまきながら、普段より数段大きめの声で次の場所の案内をする。気分は旅行ガイドのお姉さん。

私の案内に、ぞろぞろと20人近くの学生が列をつくって教室を出ていく。



(ここまではまずまずの反応だったけど、演習室で実際に魔法を見たら、魔法学科を希望する子も出てくるかな?)



教室の中に忘れ物が無いか再度確認し、私もみんなの後についていった。





「え、学校紹介ですか?魔法学科の?」

「ああ。一昨年やって好評だったから、今年またやれってさ。」


ここローズシティナ魔法学園では、外部からの高等部の受験生向けに、初夏の季節になると毎年恒例で学校紹介を行っている。内部生は自由に学校見学ができるが、外部生向けにはこうして特定の時期に、学校側から案内役を付け、各学科をアピールをするのだ。その案内役は各学科の第三学年以上の生徒たちの中から、先生方が選ぶこととなっている。


一昨年は、実力も申し分なく、年下相手には最強に外面がいいダリオ先輩が満場一致で魔法学科の案内役として選ばれたらしい。

昨年は残念ながら、ダリオ先輩は長期遠征にいっていたため、彼が選ばれることは無かった。昨年は先輩とは別の人が魔法学科の案内担当をしたらしいけど、一昨年ほどの盛り上がりは見られず、今年、再度彼にお鉢が回ってきたんだとか。最終学年の一番忙しい人に仕事を振るとは、先生方も生徒獲得のために本気である。


「なんでも、今年は魔法学科は定員割れを起こしそうなくらい、人気が下がってるらしい。たぶん長期遠征で死者が出たことも関係してるんだろうな…魔法騎士科も同じ状態らしいぞ。」

「そうなんですね。もともと人気が無い学科なのに、定員割れか…」

「最悪、学科統合か廃止だからな。俺はあと一年で卒業だから、例え学科が無くなろうが困んねぇけど、おまえは関係あるだろ?」

「う~ん・・・」


さすがに在学生がいる間は、学科を廃止・改変することはないだろう。

ただ、後輩が入ってこなくなるのは寂しい。それに私も高学年になったら異学年交流授業で先輩風を吹かせたい。


「そんなわけで、手伝え。」

「いや、なんで。私みたいな入学したばっかりの第一年学年に魔法学科の魅力なんて、まだまだ未来の後輩たちに正しく伝えられませんよ。」


まだ入学希望の子らと年齢も実力もさほど変わらない私が、学科紹介なんてとてもじゃないができない。


「そんなことおまえに期待してない。案内は俺だ。学生たちが迷子にならないようにきちんと誘導したり、トイレの場所を案内したり、要は雑用として手伝って欲しい。」

「なんだ、そんなことか。いいですよ。」

アシスタントとしてのお手伝い要員だったようだ。それなら喜んでお手伝いしたい。お手伝いをしたいというより、ダリオ先輩の紹介を私が見たいだけだけど。


「ちなみにお礼は??」

「…考えといてやるよ。」



そんなこんなで、雑用ポジションで先輩のお手伝いをすることとなったのだった。





演習室に着き、学生たちを、部屋の壁際に並べられた椅子に着席するように促す。


「はい、みんな、適当に椅子に座ってね~。」


学生たちは教室に入るなり、ざわざわとお喋りをしている。

「ひろーい。」「わ、ここ焦げてる。」「魔法陣を消した跡があるぞ。」


やはり座学教室と違って、実技の様子がわかる部屋は反応がいい。


学生たちが全員着席したあと、ダリオ先輩が部屋の中央に立ち、はきはきとした様子で説明する。



「ここは演習室と言って、魔法学科で一番生徒が利用することが多い部屋です。第一教室から第十教室まであって、ここが一番広くて防御も鉄壁の部屋になります。例えば、」



ダリオ先輩が両手を合わせ、学生たちの前に一瞬で結界を張った後、思い切り右腕を振り上げる。



同時に、赤い閃光が突如として弾け、大きな振動音とともに天井と床が爆風で思いっきり破壊される。

突然の行動にあっけにとられる学生たち。


しかしそんな様子を気にすることも無く、

「こんな風に思いっきり破壊してしまっても大丈夫。」

と、腕を組んで静かに部屋を見渡す。

それから数秒もしない内に、破壊された部分の瓦礫たちが緩やかに浮かび上がり、自動で部屋の修復を始める。


私を含め、みんなでその様子をポカンと眺めている間に、最初に教室に入ってきた時と同じ、元の演習室の状態にあっという間に復元された。


「こんな感じで元通りになります。君たちも、魔法学科に入ったら、ここでいくらでも魔法の練習をしたり、暴れてもらっていいからね。」


私からしたらうさんくさい笑顔でドヤを決めるダリオ先輩。


途端、シンとしてた学生たちが、一気に興奮し始める。


「今のなんですか!?」

「バキバキの攻撃魔法かっけー!」

「いや、一瞬で張られた結界のほうがすごいって!」

「というか、この部屋どうなってるの?!」


思い思いに感想を述べていく学生たち。

いや、気持ちわかるよ。私も今一緒になってめちゃくちゃ興奮してるから。ダリオ先輩の魔法は相変わらず素敵だったけど、それよりも、演習室にそんな機能があったなんて知らなかった。


そして、まるで魔法学科に入ったらダリオ先輩のような魔法が使えるようになると勘違いしそうだけど、甘い。

入っただけでは、私のように毎日必死になったところで、あれほど豪快な魔法なんて使えない。無詠唱呪文なんて夢のまた夢だ。


ざわついていた教室で、一人の男子生徒が挙手をする。

「あの~、質問があるんですが。」


「ん?何かな。」


優しいお兄さんモードの先輩が返事をする。


「この前の戦争で前線で戦っていた生徒がいたと噂で聞いたのですが、それってエンデさんのことですか?」


どこから長期遠征の話を聞きつけたのか不明だが、今の魔法を見せつけられて、噂の先輩が目の前の人だと確信したようだ。


「…ああ、そうだよ、でも、僕以外の生徒もいたからね。」

先輩は言葉少なに肯定するが、それ以上の話は広げたがらない。


「一応誤解が無いように言っておくと、魔法学科は長期遠征というものがあるけど、そのときの国の情勢によって内容は変わるし、あまり厳しそうとか大変そうな印象を持たないでいてくれると嬉しいな。」


苦笑交じりでなんとか印象を良くしようとする先輩。攻撃特化の魔法が得意な生徒には魅力的に映ったかもしれないが、そうでない生徒は他の学科に希望を出そうと考えてしまったかもしれない。


「魔法学科は攻撃魔法に限らず、様々な属性魔法を学べるのが最大の魅力だよ。ほら…そこのお姉さんはまだ第一学年なんだけど、楽しい魔法が得意なんだ。ちょっと、…見せてもらおうか?」


先輩が空気を変えるため、悪い笑顔で急にぶっ込み出した。なんだこの巻き込まれ事故。

笑顔がひきつりつつ、魔法学科志望者を増やすため、抗議したい気持ちをぐっとこらえて無茶ぶりに答えることとする。


「ええと、では僭越ながら私も魔法を一つ披露しようと思います。攻撃系の魔法はそこまで得意では無いのですが、土属性や時属性と相性がいいです。ダ、エンデ先輩みたいに無詠唱はまだできないけれど、とっておきをお見せしますね。」


自分で言っておきながら、とっておきってなんだよ、と自分自身にツッコむ。

私は入学して数か月だし、優秀な中等部の生徒に劣ることもあるかもしれないが、高等部からしか習得することができない魔法でアピールをすることにした。


座っていた生徒で、目の合った女生徒に尋ねる。

「そこの髪を結んでるあなた、好きな色は何ですか?」


突然私に質問され、あわあわし出す。ごめんね急にあてちゃって。

「き、きいろが好きです。」

「黄色ですね、了解です。」


頭に黄色のイメージを思う浮かべながら、呪文を詠唱する。緑の光がキラキラと弾け、彼女の目の前に黄色の花が出現する。そこに時魔法を重ね掛けして…うん、成功。ミモザのドライフラワーの出来上がり。

女子生徒はそれを手に取り、貰っていいの?という表情を私に向けてくる。


「良かったら、今日の記念に持って帰ってね。」

「ありがとうございます!!」


それなりにうけたようで良かった。こういうイベントとかで貰えるものって、どれだけしょうもないものだとしても嬉しいよね。


なんとなくだけど、さっきのダリオ先輩の攻撃魔法で若干引いてた女子たちの顔も和らいだ気がする。




「俺も一つ欲しい。」




生徒たちが一斉に声のした方を振り向く。

入口ではなく、生徒たちが座っている椅子の並びに視線が集まる。


「青い花を希望するよ。あ、後でいいからね。」


そこには、しれっと生徒たちに交じって椅子に座り、学生たちへの興味を隠しきれない表情のシャノン先輩がいた。


まだ15歳かそこらの生徒の中に、一人大人が紛れ込んでいるので、どうみても浮いている。


え、なんでいるの?そう思いながら、ダリオ先輩の方を見やると、学生たちの手前怒ることも出来ず、目だけで『てめぇ何しに来たんだ』と語っていた。


突如として現れたシャノン先輩に、学生たちがコソコソとざわつき出す。

「入り口から入ってくるの見てた?」「見てない、あの人いつ現れたの?」「この人知ってる?」「魔法科の人?」


「突然ごめんね。俺は今回案内役となってる、ダリオ・エンデと同じ魔法科第五学年のシャノン・ラースと言います。魔法科の先生から、今学生たちに学科案内してるから、模擬戦でも見せてこいって言われちゃってね。急遽来ました。」


誰だ、そんなややこしいことを提案してきた先生は。案内終了まで残り時間は少ないっていうのに。

顔には出してないが、明らかにダリオ先輩がイラついているのがわかる…久しぶりに怖すぎる。目がギラついている。


とんでもなく気が重いが、ここは、アシスタント役の私が場を整えるしかない。


「ラース先輩、突然来ていただいてありがとうございます。皆さん、彼は空間転移でこちらに来たみたいです。すごいですね~。じゃあ、せっかくなので、残り時間は予定を変更して、最終学年であり、在学生で一二を争う実力の持ち主であるお二人のショータイムに移りたいと思います。」


私、こんなに柔軟性があるんだってくらい、アドリブを頑張った気がする。アシスタントなのに、司会進行役みたいになってしまったが、不可抗力だ。致し方ないだろう。


「…終了時間まであと三分しかないから、二人で基礎の属性魔法をぶつけあって、どんな結果になるかを見て楽しいんで貰うようにしようか…?」


ダリオ先輩が怒鳴りたい気持ちを我慢して、押し殺したように提案する。

先輩、大人です。年下の学生たちに少しでも怖いところを見せようとしないのはさすがです。


「いいね、そうしよう。」


シャノン先輩が立ち上がって、ダリオ先輩のいる部屋の中心まで移動する。


「ネモ、初級の全属性の結界を生徒たちに。」


ダリオ先輩に頼まれ、自分を含め生徒たちに結界を張る。私が扱える結界は初級レベルなのだが、これで大丈夫なのだろうか。彼らのとばっちりで生徒たちに危険が及ばないか、少し不安になる。しかしダリオ先輩から指定されたのであれば、二人とも最大級の魔法をお見舞いしようとは思ってないのだろう。



二人はお互いに向かい合って立ち、呼吸が落ち着いたタイミングで、同時に詠唱を始める。



二人から発せられる呪文は、どちらとも私が聞いたこともないもので、結界を張っているにも関わらず空気がピンと張り詰める。あれ、基礎の属性魔法っていってなかったっけ?

学生たちも、固唾を飲んで今からどんなことが始まるのか見守っている。



二人の詠唱が同時に終わり、手を振りかざした瞬間、




ドゴォン………




凄まじい音と、赤と青の光とともに、教室の天井に空が広がった。彼らの上部に向けて衝撃が走ったので、学生たちに向かったのは細かい粉塵のみ。だから初級結界で事足りると先輩が判断したのを、ようやく理解した。


「引き分けか。」

「引き分けだね。」


全く何が起こったかはわからないが、二人の言葉から力が拮抗したらしい。

学生たちは、目を輝かせているものと、完全に引いてるものと両極端な様子を見せている。


「先輩方、部屋の復元機能が、馬鹿になってます。」


部屋は先ほどと違って、自動で修復を始める気配がない。


「やべ、修復の許容範囲を超えたか。」

「面倒だから先生方に直してもらおう。一応俺ら学生だし。」


こそこそと二人で話しているが、割と筒抜けである。


ぱっと瞬時に優しいお兄さんモードに切り替えたダリオ先輩が、

「魔法学科の最終学年になると、基礎魔法でも、今見てもらったような威力で扱えるようになると思うよ。」

と取ってつけたように言う。いや、私は最終学年になってもできる気がしないのだが。


「もし、少しでもかっこいいなー、自分もできるようになりたいなって思ってくれたなら、魔法学科はおススメだよ。今の基礎魔法なんかよりもっとカッコいい魔法を習得できるからね。」

シャノン先輩もきちんと勧誘する風な言葉を述べる。


そして、ダリオ先輩が私に目配せをした。

え、私がこの場を〆るのか。


屋内の教室が青空教室になった異様な光景の中、学科案内終了の言葉を告げる。


「皆さん、お疲れ様でした。魔法学科の学科紹介はこれで終わりです。いかがだったでしょうか?今日の紹介で、少しでも魔法学科に興味を持って頂けたら幸いです。」

パチパチと学生たちがお礼の拍手をする。そして、お節介かもしれないが、もう一つ、個人的な意見を付け加える。


「あと、最後に一つだけ。これは現役在学生の私から忠告ですが…エンデ先輩やラース先輩のように自由に魔法を扱うようになるには、相当の努力が必要です。でも、その高みを目指したいなら、是非魔法学科を希望してください。」




「お疲れ様でした。」

「お疲れ。」

「お疲れ様ー。」


学生たちを見送ったあと、ダリオ先輩、シャノン先輩、私の三人で駄弁る。


「ネモから見て、手応えはどう?誰か希望してくれそうな子はいた?」

シャノン先輩が尋ねる。途中参加で学生たちの反応を全部見れてないから、気になったのだろう。


「うーん、最初は他の学科志望の子が多いのかな?という印象だったのですが、演習室の後は、ここに入りたいって声がチラホラ聞こえたので、何人かは興味持ってくれたかと思います。」


あの締めの言葉の後、最後に全体オリエンテーションがあるため、学生たちを合同教室に連れていったのだが、そのときの彼らの会話は概ね好評だったようにと思う。


「ああ、俺も何人か魔法学科の受験内容について質問されたわ。前向きに考えてくれてそうな奴が何人かいたと思う。」

「良かった。定員割れの危機は免れたかもしれませんね。」




全学科の案内終了後、全体オリエンテーションにて参加した学生たちに向けたアンケートを取る。


アンケートの内容と集計結果は、先生たち及び私たち案内役となった生徒に後日開示された。



結論から言うと、魔法学科を希望する生徒は例年より増えた。



が、


「あなたが一番入りたいと思った学科はなんですか?第ニ希望まで答えてください。」の質問に、攻撃魔法に憧れたのであろう男子生徒が第一、第ニのいずれかに魔法学科を書いてくれたのに対し、女子生徒の希望はたった一人だったらしい。


他の学科がそれだけ魅力的だったのか、単純に魔法学科の紹介が女子をドン引かせてしまっただけなのか。


ちなみに、自由記入欄のコメントには、演習室の先輩たちの魔法が格好良かったという意見が大半。空間転移ができるようになりたい!なんて声もあった。頑張れ。

他は各先輩たちにありがとうとお礼を述べていたり、他学科の内容に意見してるものがあったりとまちまちだった。


その中で一人、「お花を貰って嬉しかったです。ありがとうございます。」という意見が書かれていた。


あの後、先輩からも「花の魔法、場が和んで良かった。」といって貰えたのだが、あの女の子も喜んでくれてたとわかって余計に嬉しくなった。手伝いを快く引き受けた甲斐があった。



「お礼は何かなー」


ダリオ先輩からのお礼は、後日しっかり受け取ることとなった。





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