15.キレイな魔法ふたたび
あのとき見た光景と同じくらいキレイな魔法が自分の周りに広がる。
私はこの人みたいに魔法を扱えるようになりたい。
改めてそう思った。
◇
「エンデ先輩、クロ以外の幻獣と契約したらどうですか?」
「は?なんで?」
「いや、だって…」
いま、私はエンデ先輩と仲良く校舎はずれの森にいる。
ここのところ毎日のように私の所に来ては、クロを撫でくりまわすために呼び出しをくらっている。
毎回先輩が空いてる時にフラッと来るので、時間は毎度まちまちだが、放課後であることが多い。
『暇を見つけては会いに来てくれるなんて、素敵〜!』とカタリナは言うけど、暇を見つけては〈クロに〉会いに来ているのだ、私に、ではない。
今日は私も先輩もこの後授業が無いため、いつもより長い時間クロと戯れている。
「契約獣なら、こうやって私を呼び出さなくても、好きなときに好きなだけモフモフできますよ。先輩、動物好きなんでしょ?」
「なんでわざわざ自分の魔力持ってかれる面倒な幻獣と契約しなきゃなんないんだよ。」
予想外の反応がきた。
「ええ、でも、先輩最初はブラックさんからクロを引き継ぐ気でいましたよね?」
「コイツはアンドリューの忘れ形見みたいなもんだからな。そうでなけりゃ好き好んで契約獣なんて燃費の悪いもん自分で契約しようなんて思わねーよ。」
「で、でも、あの時私に横取りされてめっちゃ嫌がってたじゃないですか。」
「おまえは、友達から貰ったばかりのものを突然しかも目の前で他人に盗られても嫌がらないのか?」
「…」
「こうやって会いに来るくらいがちょうどいい。」
いや、先輩がいいなら良いんだけど。
私としては悪くないが、良くもない。
会う頻度が多いから、周りから二人は付き合い出したのでは、と噂されてるらしい。直接私が聞かれたときは、否定するようにしてるが。
先輩を見ると、地面にごろんと寝転がり、お腹の上にクロを乗せてモフモフしている。
きっとこの人は噂とかも気にしなそうだな…
はぁ、とため息をつき、カバンから本日の課題が書かれた紙を取り出す。
「私、今日の課題やるので、先輩は気にせずそこでモフってて下さい。」
そう言いながら、内容を確認する。
うげ、今日は炎の属性の単独魔法だ。
前にエンデ先輩に炎属性の魔法を使う時は怖がらないこととアドバイスを貰い、苦手を克服したように思えたが、相性が悪いのはどうしようも無かった。
「うわ、すんげー苦い顔。どんな課題だった?」
「…炎属性の課題でした。炎の魔法9、他属性の魔法1で合成魔法を作り、明日の授業で発表するというものです。」
魔法科の課題はこういったプレゼン形式のものも多い。しかも前日にお題が発表されるため、みんな必死だ。そこまでのクオリティを求められないのが唯一の救いである。
「ああ…俺もそれ第一学年のときやったかも。」
「エンデ先輩のときもあったんですね。ちなみにそのときはどんなものを発表したんですか?」
とても気になる。エンデ先輩の第一学年だったときの発表内容。
「たしか、炎属性に炎属性を重ねたやつを発表して、採点不可能で保留になった。」
さすが炎の申し子。お題を無視して炎一本で発表に臨むとは。先生も頭を抱えたに違いない。
「あれ、でも保留なんですね。不可にはならなかったんですか?」
「自分で言うのもなんだが、その魔法の出来が良すぎた。」
もうやだ、この天才。
一回でいいからそんなセリフを吐いてみたいわ。
でもそんな自分でも出来がいい魔法ってどんなのだろう?
「先輩、私その魔法見たい。」
「ん…」
クロを下ろして、先輩が立ち上がる。
「結構前のことだし、細かいところは違うと思うが」
そう言って、手をパンと叩き、結界を展開する。
その結界の中は、深夜の夜のように暗い。
前が見えない不安から、思わず手を伸ばしてクロを引き寄せる。
すると、短い詠唱と共に、小さな炎が空間内に現れる。すると、その小さな炎が揺れ始め、ゆっくりと、けれども次々に分裂していく。
自分を取り囲んでいくそれは、全く温度を感じさせない、ほんのりと暖かい不思議なものだった。
別の蒼い炎が静かに現れた。
その蒼い炎が分裂した小さな炎を撫でていき、炎が明るい光の粒に変わり、空へと弾ける。
全ての炎が星のような輝きを見せ、自分が星の中に吸い込まれたような錯覚を起こす。
そして、静かに結界が解かれ魔法が止んだ。
「こんなんだったかな。」
実際は数分にも満たない時間であったにも関わらず、まるで舞台のワンシーンを観ているような気分だ。
たったいま見た光景に手が震える。
「…」
「?おい、どうした?」
「先輩、私先輩みたいにキレイな魔法が使えるようになりたい。」
興奮と焦燥と、なんだか自分でもよくわからない感情が込み上がっている。
「うん、まあ、頑張れ。」
「失笑しないでくださいよ。」
「道のりは遠いな。」
「目標を持つのは大事なんですー」
魔法科に入ったものの、私はいつも課題一つに躓いていて、この人の足元にも及ばない。
けれど、いつだってこの人は私の目標なのだ。改めてそう思った。
「こういったある程度自由が利く課題のときは、自分が得意なもんで勝負すればいい。」
「なるほど、得意なものですか。考えてみます。」
次の日の授業で、炎属性と地属性の合成魔法を発表した。
見事に地属性が炎属性によって書き消され、不可の判定を貰ってしまったのは、先輩には黙っておいた。