12.またしても呼び出し
「よお、いま少し時間あるか?」
食堂でお昼を食べていると、エンデ先輩がやってきて先ほどのセリフを私に言ってきた。
「はい!あります!」
「もちろんです!」
「ほらネモ、残りは私が代わりに食べてあげるからさっさと行ってきな。」
友人たちが何故か私の代わりに返事をする。
昼休みは特に用事はなかったが、解せない。代わりに食べてあげるってなんだよ。
「悪ぃな、こいつしばらく借りるわ。」
「「「どーぞどーぞ!」」」
「えー…」
今のところ私は一切返事をしてないのに、彼に連行されてしまった。
ずんずんと連れられた先は、応接室。
「先輩、応接室に誰か来てるんですか?」
「ああ。」
短い返事とともに、ドアをノックして中に入る。
「失礼します。」
すると、そこには一人の女の人がソファに座って待っていた。
20代半ばくらいのその女性は私たちの方を見て、立ち上がって挨拶をする。
「連れてきてくれてありがとうダリオくん。初めまして、私はアンドリュー・ブラックの姉のシンシア・ブラックといいます。この学園の魔術学科の卒業生よ。」
なんと。この女性はクロの元契約主であるブラックさんのお姉さんなのか。
「初めまして、私は魔法科第一学年のネモ・フィリアスといいます。」
お辞儀とともに自己紹介をする。それに続いてエンデ先輩が口を開いて説明する。
「伝えていたとおり、今のクロノスの契約主は俺ではなく、この子になりました。悪いが、クロを見せてやってくれないか。」
どうやら、前の名前はクロノスだったらしい。じゃあクロって名前はニアピン賞だったのではないか?偶然にしてもスゴイぞ私。
「クロ、おいで。」
私が呼びかけると、クロが姿を現す。
「まあ!今は子狼の姿をしているのね。あの子のときと違って、なんて可愛らしい姿なのかしら。」
そう言ってシンシアさんはクロの真っ黒な毛並みを撫でる。
「以前は子犬、、、今みたいな子狼の姿では無かったんですか?」
「ええ、前は大型の狼のような姿をしていたわ。成体はもっと巨大だったけど。」
そうなんだ。子犬なのは私の魔力がへっぽこだから?
〈そうではない、主よ。成体で無い時の私は契約主の性質に合わせた形態を取る。〉
クロが私の頭に語りかけ弁解する。
契約主の性質を形作った結果が、子犬。
何も言うまい。可愛いから良しとする。
「急にお呼び出ししてごめんなさい。あの子の寮の部屋を整理に来たついでに、クロノスにも会えないかしらと思ってダリオくんに声をかけたの。今の契約主はダリオくんだと思ってたから…」
「俺なんかより、よほどコイツと相性が良かったみたいですよ。」
さらっと嫌味を言わないで欲しい。
そしてシンシアさんは、弟であるアンドリューさんの遺品整理のため学園に来たようだった。
「もう少し、撫でさせて貰ってもいいかしら?」
「もちろんです。いくらでも。」
過去を懐かしむような表情でクロを撫でるシンシアさん。
クロも同じで、元の主人を思い出しているような気がした。
すると、シンシアさんは撫でる手を止め、クロを見つめて静かに言った。
「ねえ、クロノス、もし答えることが出来るなら教えて欲しいの。アンドリューの最期は、あなたからみてどうだった?」
ああ、彼女はこれをクロに確かめたかったのか。
いつもは私の頭にしか届かない声が、空気中に静かに響いた。
〈アンドリューは最期まで勇敢だった。彼は最高の主だった。〉
「そう…ありがとう。」
シンシアさんは、泣きそうな顔で微笑んだ。
◇
「付き合ってくれてありがとうな。」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったです。」
あの後、彼女は少ない荷物を持って学園を去っていった。
私は、またクロに会いたくなったら、いつでも来てくださいと伝えてから別れた。伝えたけれど、彼女はさっきのクロの言葉で区切りをつけたように見えたので、もうここに来ることは無い気がする。
「エンデ先輩は、アンドリューさんと仲良しだったんですか?」
「ああ、アイツとは親友だった。俺とアンドリュー、シャノンとアージュンで中等部の頃からずっとツルんでたんだ。」
「仲良し四人組だったんですね。」
「そうだな。いなくなるなんて、思ってもみなかったよ。」
どこか遠くを見てそう言ったエンデ先輩はアンドリューさんの記憶を懐古しているように思えた。
「クロ、触っていきます?」
「ん…ありがと。」
そうして昼休みが終わるまでの間、エンデ先輩はクロを撫で回し続けていた。