敗戦
「ここまで・・・か」
遠くで焼け落ちる村を背に、若武者は声を漏らす。
アルガ―ノ大陸の南部に位置する小国、アズマ公国。
昔ながらの文化を重んじる風土であり、東方にタカナ山岳がある。
平和的な国であったが領土拡張を目指す外国の侵略により、首都をはじめとする大半の都市が一週間で陥落。
故郷を護るべく勇士たちは剣を取るも、侵略軍の操る無数の銃砲の前に倒れていった。
「この国は…もうおしまいなのか…」
負傷した腹部を手で押さえながら、足を引きずって撤退する。
「済まない、クリカラ。こんな戦いに参加させてしまって...」
「喋らないで、トキヒサ。傷に響く」
瀕死のトキヒサに肩を貸しながら、クリカラと呼ばれた竜人の女性は歩く。
行くあてのない自分を受け入れてくれた友、トキヒサ。
彼の故郷を守ろうと剣を取ったクリカラではあるが、火砲の力には勝てず、激戦の末に彼女の頭に生えた角は折れ、青い尻尾はズタズタに傷ついている。
生き残りを狩る銃声が遠くから響く中、トキヒサは力尽きとうとう膝から崩れ落ちてしまう。
「トキヒサ!」
道祖神を祀る祠に背をもたれるトキヒサ。
既に歩く力はなく、指先ひとつさえ動かせそうにない。
「クリカラ、この先の神殿に村の生き残りが逃げているはずだ。この戦いの結果を伝えてより遠くへ逃がすんだ。早く!」
「しかし...」
「俺はもう助からない、急げ」
「...済まない。トキヒサ」
断腸の思いで彼を残し、神殿へと向かう。
「どうか、無事で...」
共に暮らした村人たちの顔を思い浮かべながら、神殿への道をひた走る。
そんな彼女の視界に映ったのは、侵略者に包囲され、燃え盛る神殿だった。
焼け落ちた神殿の奥。
村人たちの遺体の埋葬を終えたクリカラは、翼の折れた神像を背に静かに座り込んでいた。
「・・・・・・」
公国が滅びてすでに七日。
トキヒサを失ったあの日からなにも食わず、何も飲まないまま、彼女はただただ静かに最期の時が来るのを待っていた。
「まだ生きているのか?」
唐突に聞こえた声に顔を上げる。
そこには鎧を身にまとった白髪の老将。
顔は汚れ、体のあちこちに戦傷が付いている。
「ひどく痩せているな。これを食え」
携帯食料を差し出す老将。
しかし彼女は手に取らず、再びうつむく。
「このまま、死なせてくれませんか?」
幽鬼の様に、静かに呟く。
「戦に敗れた私には、帰るべき場所も守るべき友も、もういません。そんな私が生きる理由なんて…」
「理由なくとも、がむしゃらに生きればその生涯は煌めくものだ。いたずらに若い命を散らすべきではない」
「…」
返された言葉に沈黙する。
「それに…」
老将の視線が彼女の手元に移る。
そこには一振りの刀剣が置かれている。
「死を願うのならば、なぜそれを使わない?
なぜ飢え死にを選ぶ必要がある?」
「それは…」
矛盾を指摘され、言葉が詰まる。
「食え」
「はい…」
受け取った水と食料を口に入れる。
「立てるか?」
差し伸べられた手を取り、何とか立ち上がる。
一瞬足元がふらつくも、老将が肩を貸して支える。
「あの、あなたは?」
「ソウテキだ。正規軍の騎兵隊を指揮していた。
君は?」
「クリカラです。イナサキ村で暮らしておりました」
簡潔に自己紹介を終える。
陰鬱な雰囲気の神殿を出れば、そこには雷をまとった白い獣の姿。
馬のような姿で額からは一本の角が生えている。
「俺のパートナー、タケミカヅチだ。乗れ」
ソウテキの介助で後ろに乗る。
「あの、これからどこへ?」
「タカナ山岳だ。あそこなら侵略者共も追いかけることは出来ん。しっかりつかまれ」
ソウテキの合図に、タケミカヅチは飛ぶが如き速度で疾駆する