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転生建築士-ロニキスの特殊工法

前月の短編「 異世界建築-建築士ガイア匠の技術」のアレンジ版です。

 城下町は活気に満ちている。

 商店街を歩けば商人が声を上げながら客引きを行っているし、飲食街に行けば多くの人の話し声がする。

 また、宿屋併設の飲み屋などでは、冒険者が今日も仲間を集めたりパーティを組んだりするために盛り上がっている。

 この世は多くの音で成り立っていると言ってもいい。


 しかし、唯一昔自分のいた場所と異なっていることがある。

 空が広い、ということだ。

 ここには巨大ショッピングモールも、タワマンもない。


 一般的な建物の高さは三階が限度。

 街中の一角、街の喧騒からは少し離れた場所にひっそりと立つ一つの建物、そこが今の自分の仕事場だが、それも二階建てで石造りだ。


 そこの二階のバルコニーから、遠く見える街角の建物の精密な高さを測る。

 それが昔の世界から、変わらずにずっとやっていることだった。

 自分は、建築士なのだから。


 建物に変わったところはないか、目をこらしてずっと見る。そうやって建築士としての目を養い続けている。


「おーい、ロニキスー」


 下から女性の声がした。

 自分は、今ロニキスという名前になっている。


 いわゆる、異世界転生というやつらしい。

 二十一世紀のあのタワマンだらけの日本の中で、建造を終えた竣工式の時に倒れてそのまま死んだのだと、あの世で教えてもらった。

 その後当時の記憶を引き継いだまま、この世界に飛ばされて、もう何年になるだろう。

 そこでも自分は、建築士として生きている。


「おう、ライラ。ようこそ、ロニキス建築事務所へ」


 ロニキスはライラに言った後、そのまま下の階へと降りていった。




 ライラはロニキスを、何度不思議に思ったか、わかったものではなかった。


 国王から優秀な建築士であると証明してもらった勲章まである建築事務所。

 一時期は国王のお抱えになるのではと言われていたのに、自由気ままがいいと辞退して、こんなひっそりとした場所に二階建てのありふれた事務所兼自宅を建てて、ただ一人で作業をこなす。


 もっとも、仕事は結構頻繁に入るらしく、これでようやくロニキスに会うことができた。

 三日連続で通い続けただけのことはあったと思っている。


 事務所の中は整然としている。棚には多くの建築に関する書物や契約書などが、しっかりと、そしてきっちりと並んでいた。


「おう、ライラ、どうした。なんか暗い顔をしているな?」


 ロニキスが二階から降りてきて、カウンターの自分の席に座ってから言ってきた。


「あんたよく顧客の顔見てるわねー」

「だからこの狭いスペースでやってるんだ。お前の表情は今晴天の空模様とは反対に曇天みたいに暗いぞ」

「あんたナンパのつもり?」

「まさか。これも一種の情報収集だ。顧客の顔を見れば、ある程度の情報とこれから来るであろう依頼が分かる。そういう顧客の情報をすぐさま見られて、なおかつ一人で黙々とできるから小さな場所でやるのが気に入ってんだ。王宮なんて他人の顔を伺う連中のオンパレードだからな。そんなところにいたら、満足に仕事も出来ん」

「ワーカーホリックねー、あんた。声かけるまでずっと外で測量してたし。私来てたの気づかなかったでしょ?」


 この仕事狂い人間はホントになんなんだと、ライラは時々思う。

 しかし、腕は本物、というより、化け物だ。


 だから今回の依頼も片付けてくれるだろうと、ライラは思っている。


「で、そんな俺を見ながら結局声をかけたということは、仕事の依頼だな?」


 ライラは一つ頷いた。


「そうなのよ、ロニキス、聞いてくれる?」


 ライラはロニキスより三個下だ。

 昔は冒険者だったが今は引退して冒険者を対象としたアパート賃貸の経営を行っている。

 そのアパートの設計はロニキスが手掛けたものだ。三階建てで一階あたり五部屋のアパートだが、冒険者に必要なもの――鎧置き場など――は一通り揃っている。

 なかなかに見事だったから、応募が殺到して今でも入居はキャンセル待ちだ。

 ライラも上手い具合に宣伝したのだが、意外にこのアパート経営が性に合ったのか、まさかこんなに入居待ちになるとは思わなかったほどだ。


「経営が上手いお前でもシャレにならん何か厄介なことがあった。そうだろ?」


 ライラは何度も大きく頷いた。

 ホントによく人を見ていると、感心せざるを得なかった。


「そうなのよー。実はね、今うちのアパートに入っている住民に関することでクレームが他の人から入っちゃってね……」

「流石に俺のところでそんな話しされても困るぞ。俺はクレーム対応屋じゃなくて建築士だからな」

「そりゃわかってるわよ。でも、これある意味ではそちらに関係してるかもしれない案件なのよ」

「俺に? どういう住民なんだ、それ?」


 ロニキスが、ずいと身体を出してきた。

 どうやら建築士としての沽券に関わる問題と見たのだろう。


「それがね、成り立ての吟遊詩人さんなのよ」




 その言葉を聞いた瞬間、う、とロニキスは思わず口に出てしまった。

 吟遊詩人は歌や楽器などを用いて持ち前の魔力を仲間に振り分けたり、能力を強化したりする後方支援特化のバッファージョブだ。

 そのバフ効果は非常に高く、実際一人いるだけで魔物討伐が非常にやりやすくなるなど、とにかく評判がいい。

 だが、なり手が少なく冒険者パーティには引っ張りだこだ。冒険者の中でもトップクラスに売り手市場と言ってもいい。

 これだけなり手が少ないのは理由がある。


「ひょっとして、吟遊詩人絡みの騒音公害か?」


 ライラは頷いた。

 そう、これが要因だ。


 吟遊詩人はどうしても能力上、歌や楽器などで大きな音を出す。

 そのために普通のアパートやマンションだと戦闘練習の際に音漏れによる騒音公害が発生してしまうため、入居を断られる事例が多い。

 稼いだ吟遊詩人ならばあまり住宅の密集していない地域の一軒家に住むが、成り立ての吟遊詩人にそんな一軒家を借りたり買ったりする金があるわけがない。


 となるとアパートやマンション住まいとなるが、入居したとしても、都市から離れた郊外すぎる僻地だったりするなど、吟遊詩人はジョブによる売り手市場と引き換えにあらゆる一般生活の不便さを背負ってしまう。

 だから担い手不足による絶対的な数不足にいつも悩まされるジョブなのだ。


「だが、お前のところ入居前にジョブの申請があるはずだろ? それで断ることできたんじゃないのか?」

「それが頭の痛いところでねぇ。最初はその子弓使いだったから入れたのよ。でも凄腕の吟遊詩人さんとパーティ偶然一緒になっちゃって、それで憧れて吟遊詩人にジョブチェンジしたのよ」

「凄腕の吟遊詩人?」

「聞いたことはあるでしょ、あの音律の貴公子よ」


 なるほど、これは憧れてジョブチェンジしても仕方がないとロニキスは思った。

 音律の貴公子の異名で活躍しているクラウスという吟遊詩人がおり、これは恐らく全世界でもトップクラスの実力を持つ吟遊詩人だ。

 後方支援のエキスパートとして非常に有名だし、あらゆる冒険者ギルドからスカウトが舞い込むほどだが、本人は吟遊詩人の担い手を増やしたいと流浪の旅をしているという。


 それほどの男と会ってしまったらそういう方向に目覚めるのも仕方がないだろう。


「そいつを追い出すのは?」

「そ、それはダメよ! あの子メチャクチャいい子だし毎日いろんな住民のゴミ出しとかも手伝ってくれるしみんなのご飯だって率先して作るし! 今のうちのアパートには欠かせないのよ!」


 首を横に何度も振りながら、ライラは早口に言った。

 これは何かあるなと、ロニキスは少し感じた。


 少ししてから冷静になったのか、顔を赤らめながらライラは咳払いをする。


「だから問題になってる騒音だけ解決してくれればずっとうちにいてほしいくらいなの。そこどうにかならない?」


 少し、ロニキスは悩んだ。

 正直ロニキスもこの事態を設計『当初は』想定していなかった。


 詰めが甘いと言われればそれまでなのだが、まずあのアパートが建築された当初、吟遊詩人というジョブは存在していなかった。

 ある時偶然の発見から音に魔力を乗せれば冒険者にバフをかけられるということがわかり、それから吟遊詩人のジョブが正式に認められた。それもせいぜい三年前だ。

 実際吟遊詩人による騒音公害が指摘されたのはここ二年くらいの話であり、かなり直近の話である。


 公害となればなり手が減っていくのは当然のことであるが、吟遊詩人の効力は絶大。そう簡単に代替手段が見つかると思えない。

 そうなってくると今現在の問題を解決する以外に手段はない。


 そして何よりもこの世界にはもう一つの問題が存在した。

 騒音公害を経験したことが一度もないのである。


 車もない、飛行機もない、音も出てせいぜい音の小さな楽器程度という世界だ。騒音という概念そのものがなかった。

 つまり、防音の基礎が存在しない。


 だが、防音の基礎は、自分の頭の中にある。


「わかった、引き受けよう。ただしライラ、条件がある。他の音に関する苦情をアンケートにしてその結果をまとめたものと、例の吟遊詩人を明日までに持ってきてくれ。それでどう直すかを決める」


 ライラは頭に疑問符が浮かんだ状態のようだったが、今日のところは引き下がった。


 翌日、ライラは例の吟遊詩人とアンケートの紙束を持って事務所にやってきた。

 例の吟遊詩人は、少し不安そうな顔をしている。


「あの、やはり僕、出ていったほうが皆さんの迷惑にならないのではないでしょうか……? 吟遊詩人は騒音公害の元って言われて久しいですし……」

「何言ってるのよぉ。この人だったらなんとかしてくれるわよ、きっと。だから心配しないで大丈夫よぉ」


 ライラは吟遊詩人相手にやたら甘い。

 吟遊詩人自体、色白の肌で顔は端正だし、如何にも真面目を絵に書いたようなそんな男だ。


 なんとなく、ライラが追い出さない理由を、ロニキスは察した。

 多分ライラはこの吟遊詩人に惚れたのだ。

 なんだかんだいい歳で独身なのでそろそろ相手が欲しいのだろう。それで手放したくないのだ。


 もっとも、流石にロニキスもそれを本人の前で言う程野暮ではない。

 ロニキスはアンケート結果をつぶさにチェックする。


「お前さん、住んでるのは何階だ?」

「あ、はい。三階です。三階の一番奥の部屋です」

「三階か。一階からも音に対するクレームがあるが……」


 かなり遠くの方まで音が響いている。

 陥れるために仕組んだとも考えられるが、ライラの冒険者を見極める目は確かで、悪質な冒険者は入ってきた例がない。

 となると吟遊詩人の奏でる音が本当に聞こえていると見て間違いないだろう。


 各部屋のアンケート結果を見たが、どうやら音に対するクレームは全体に及んでいるようだ。

 やはり防音の効果は何も発揮されていない。


 今までは考えなくてよかったからこれでも良かったが、今後はそうも言っていられないだろう。

 となれば、やるしかないのだ。


 手法は思いつく。

 防音の基礎原理は簡単だ。壁の前に遮音材を作り、それで音を反射させつつ、吸音材で音を吸収して分散させる。


 問題は吸音材と遮音材の材質だ。

 遮音材は質量が高くて重いほど効果がある。かつて自分のいた日本ならコンクリや鉄板を使っていた。

 しかし、コンクリも鉄板もこの世界ではコストが掛かりすぎるし、純度も微妙だ。


 と、なればゴムを使いたい。

 だが、ゴムはこの世界に存在しない。となれば、そのかわりになるものがあればいいだけだ。


 吸音材も同様だ。吸音材は音波の振動を熱エネルギーに変換させて音を減衰させる。

 グラスウール、或いはウレタンスポンジの代替となるものがあればいい。


 似たようなものを、少し書物で漁ると、あった。


「ライラ、お前のアパートの冒険者に、俺から依頼だ。こいつらを、必要な数集めてくれ」




 不思議な依頼だと思った。

 ライラを通じて冒険者に依頼されたのはスライムの外郭を一五〇個とゴーレムの残骸一五個、それと風脈のクリスタルを部屋の数分、そして板を部屋の数の倍の数分集めてくることだった。

 最初は居住している冒険者も渋々だったが、依頼金額として家賃二ヶ月間半額としたらあっさりと全員協力した。


 普通これだけの材料なら集めるのに二週間はかかるが、吟遊詩人の持つバフ能力が圧倒的で、モンスター討伐も桁違いに楽だったとのことで、信じがたいことに僅か三日ですべての資材が集まった。

 おかげで吟遊詩人に対する悪評はだいぶ消し飛んでいる。本人の性格的な徳も出ているのだろうが、なかなかにいい。


 それに何より、タイプだ。

 これなら追い出す理由も減るというもの。

 そしてゆくゆくはこのいい男と結婚するのだ!

 それがライラの野望なのだが、そんなものは誰も知らない、はずだ。


「さて、集まったか」


 ロニキスは素材をチェックしていた。


「お、結構高度な素材が多いな。なかなかにここの冒険者は腕がいいじゃないか」

「吟遊詩人くんのバフ能力があったから、だいぶモンスター討伐があっさり出来たのが効いたのかもね。でも、こんなの何に使うの?」


 正直素材については疑問符しか浮かばない。何しろこんなもの注目すらろくにされていないものだ。

 建築に何の関係があるのか見当もつかない。


「今からこの素材でちょっとアパートを改修するのさ。まぁ、見ていろ」


 そう言うと、ロニキスは素材の前で手をかざし、魔力を注入した。

 ゴーレムの残骸とスライムの外郭が板と融合されていく。しかし、見た目は全く普通の板だ。

 だが、素材は消えているのだから、確かに素材は板に入ったのだろう。


 その後板がどんどん切断されていき、均等な四角が出来上がる。

 その大きさは寸分の狂いもない完全な均一品だ。思わず、身震いが起きるほどだった。


 建築の化け物。まさしくロニキスはそれだ。

 こんな全く同じものを魔法だけで作れる人間、恐らく世界を探してもいない。


 板と風脈のクリスタルが浮かぶ。そしてそれらがアパートを覆い、すぅっと、何事もなかったかのようにアパートに吸収されていった。

 ロニキスはふぅ、と息をついて、魔力を止めた。


「よし、これで改修は完了だ」

「え? だって、全く外見変わってないじゃない?」


 てっきり何か外観が変わったりするのかと思えば、特段変わった様子は見えない。

 何を行ったのか、まるで見当がつかなかった。


「ま、実際の効果はやってみれば分かる。ライラ、吟遊詩人と部屋に入れ。他の住民はそれぞれ自分の部屋に戻れ。で、吟遊詩人は思う存分に練習しろ。五分もすれば結果が分かるぞ」


 ロニキスが言うと、全員がよくわからないという表情をしたまま部屋へ戻っていく。


 しかし、ライラの胸は少しドキドキしていた。

 この吟遊詩人とふたりきり。しかも演奏ということはつまり生の演奏を聞ける。

 こんな贅沢があるのだろうか。


 しかし、そんなライラの浮ついた感情と裏腹に、吟遊詩人の顔は真剣だった。

 部屋に入るが、内装すら変わっていない。

 何が変わったのか、まるでわからなかった。


「では、弾かせていただきます」


 そういうと、吟遊詩人の演奏が始まる。

 いつも、壁越しにしか聞こえていなかった曲だが、曲調は美しくも何か心が熱くなるような、そんな不思議な楽曲だ。

 これが吟遊詩人の力、というものなのだろう。


 しかし、確かにこの音はかなり響く。

 途中で吟遊詩人もノッてきたのか、どんどん音は大きくなる一方だ。確かにこのレベルの音は一階まで響いてもしょうがない。

 これではクレームが上がるのもやむを得ないだろう。


 そんなことを思っているうちに五分が経過し、全員で外に出た。

 先程のスペースに全員が集まると、全員一様に疑問符が余計に増していた。


「大家さんよ。ホントに吟遊詩人は練習してたのか?」


 冒険者の一人がいった瞬間、え、と思わず呟いてしまった。


 あれだけの音が聞こえていない? どういうことだ?


「ロニキス、あんた、何したの?」

「さっき板がアパートに吸収されただろう。あれ、吸音材と遮音材と言ってな、それを部屋の隙間に敷き詰めたんだ」

「なにそれ?」


 聞いたことがない素材だ。

 しかし、たまにそういう言葉はロニキスから聞こえる。


「吟遊詩人だろうがなんだろうが、魔力が乗っても音は音。まずはその音を吸音材で各所に逃がすんだ。そこで使ったのがゴーレムの残骸だ。ゴーレムの残骸を板に混ぜたもの、これが吸音材の正体。でもこれだけだと完璧にはならん。そこでもう一つ使うのが遮音材。外部に音を漏らさないようにする跳ね返すものだ。これに用いたのがスライムの外郭ってわけだ。それを板と融合させて、全部の部屋の壁に組み込んだ。ただそれだけだと空気が悪くなる。だから風脈のクリスタルを入れて空気の循環を良くした、ってわけだ」

「つまり、音に悩まされることはもうねぇってことなのか?!」


 ロニキスが頷いた瞬間、冒険者から歓声が上がったと同時に、隣りにいた吟遊詩人が一歩、前に出た。


「皆さん、本当に僕のせいでご迷惑をおかけしました! だけど、これからは皆さんのお役に立てるように、もっと練習を積み重ねていきます! 傲慢かもしれませんが、あの音律の貴公子さんのように皆さんのお役に立てるような、立派な吟遊詩人になってみせます!」


 そういった瞬間、多くの冒険者が吟遊詩人を囲んでパーティ入会の依頼などをしていた。

 仲間はやはりいい。

 そういう青春もいいのだ。


 だが、最後にあの吟遊詩人を射止めるのはこの私だ。

 そう思っていた。


「本当にロニキスさんにはなんとお礼を言ったらいいか……。これで僕も、恋人と同居できます!」


 顔が凍った。


「え、え、こ、恋人……? ど、どういうことなのかな……?」


 たしかに今恋人と言った。


 え、恋人ってどういうこと?


「実を言うと、前にパーティを組んだ回復士のジョブの女性と付き合ってまして……。で、気づけば互いに思い合ってて……。それで、近い内に一緒に暮らそうってなってたんですけど、騒音対策が厄介でなかなか住むことができなくて……。でも、これでなんとかなりそうです! ありがとうございます!」


 冒険者からは歓声が上がるし、羨ましいなどと声が上がる。


 ああ、また、男が去っていく。

 ガラガラと、ライラの野望が崩れ去る音がした気がした。




 多分、こんな結末になるんじゃないかと、正直ロニキスはずっと思っていた。

 これほどできた男に惚れる女は多いだろうし、正直恋人くらいいても不思議じゃない。

 それくらいわからないものなのだろうかと、呆れて物も言えなかった。


 だがライラは本気だったようで、表面上笑っているが、顔はもう凍りついていた。

 本当に表情がコロコロ変わるなと、思わざるを得なかった。


「お、終わった……。私の恋、また終わった……」


 そう、またなのだ。正直いい男だと見定めては恋をするのだが、失敗が多すぎる。その度にライラのやけ酒に付き合わされ、もう何回目かロニキスは覚えてすらいない。

 持て囃される吟遊詩人をよそに、ライラの沈み込みは半端ではなかった。


「ま、次の相手を探すことだな」

「そんな~……。ロニキス~、いい男紹介してよ~……」

「俺に聞かれても困る」


 その夜、ライラのやけ酒にロニキスが付き合わされたのは言うまでもない。

 こいつとの腐れ縁はまだ続きそうだ。


 数日後、ロニキスはまた、バルコニーで目を凝らしながら、建物を見ていた。

 今日も今のところ狂いはない。


 だが、今回のことで思い知った。

 やはりこの世界の建物はまだレベルが足りない。


 ロニキスの最終目標はただ一つ。

 この世界に、タワマンを作る。


「すみません、ロニキスさんですよね? 建物について依頼したいのですが」


 下から別の顧客の声がする。

 さまざまな新たな素材に溢れたこの世界で、こうして建物そのものと自分をステップアップさせていくのだ。

 ロニキスの建築仕事は、今日も続いていく。


(了)


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