告白の返事
水都の彼女になりたいって、ずっと思っていた。待ち望んでいた告白に、涙がポロポロとこぼれる。
「私も、水都が好き。彼女になりたいです……」
告白の返事をできた安堵感と嬉しさから、涙が止まらない。
「あっ、あ、うわ、グスッ」と変な言葉ばかりが口から出てきて、情けない。
それなのに水都は、
「可愛い」
と、抱きしめてくれた。
クリスマスイルミネーションの星が瞬き、プレゼントの袋を背負ったサンタさんが梯子を登り、雪だるまたちが見守る中。
私は水都の背中に手を回し、彼の胸に頭を預けた。
「ゆらりちゃんの匂いって安心する。ずっと肺に入れておきたい」
「えっ⁉︎ ダ、ダメだよ!! 昨日、シャンプーが切れちゃって。シャワーで洗い流しただけだから、臭いでしょ!」
「全然。むしろ、シャンプーのにおいに邪魔されなくて最高。ゆらりちゃん本来のにおいを吸っておこう」
「吸っちゃダメーっ!!」
私は匂いフェチではないので、水都のこの感覚がわからない。そういうわけで、私も水都の胸に鼻を押しつけて、試しに吸ってみた。
(あれ? 特に匂いがしない? でもなんだろう。すごく落ち着く。幸せかも)
嗅覚は原始的だと聞いたことがある。
赤ちゃんはお母さんの匂いが大好きだし、においによって食物の腐敗や毒を知るという役割があるし、子孫繁栄に関わる遺伝子が体臭の好き嫌いに関係しているらしい。
相手の匂いが好きで落ち着くというのは、長く一緒にいるための、遺伝子の作戦なのかもしれない。
(水都はかっこいいから他の女の子に取られたらどうしよう、って心配する気持ちがあったけれど……。香りの強いものをつけないで、私本来の匂いでいればいいのかも?)
嗅覚の世界と、匂いフェチ。理性や理屈を超えた不思議な世界が、そこにはある。
そんなことを考えていると、頭上から、
「うわぁー……」
と、絶望したような声が降ってきた。
どうしたのかと顔を上げると、雪が降っていた。
水都の家の壁に映った光の中に、白い雪の結晶がはらはらと舞っている。
「素敵っ! これなに?」
「プロジェクターだよ。滅多に雪が降らないから、母親が買ったんだ」
「こういうのがあるなんて知らなかった! 素敵だね」
振り返ると、芝生の上にプロジェクターが置かれていて、丸い投影ランプから光が出ている。
家の壁を落ちていく、美しい雪の結晶。
しかし喜ぶ私とは違い、水都は怒っている。
「どうしたの?」
「母がつけたんだろうなって。離れた場所からでも、リモコンで操作できるんだ」
「うん」
「僕たちがぎゅーってしているのを見て、ムードを盛りあげようとしたんだろうけれど、そういうのいらないし」
「あ、なるほど」
「絶対に覗かないでって言ったのに!!」
カーテンは閉まっているけれど、気になって、隙間からこっそりと見ていたのだろう。
私は水都の母親は心配性であるのを知っているので、ハラハラしながら見守っていたのだと思うと、微笑ましい。
「私、やっぱり挨拶する」
「いいから!!」
「ううん。私もね、水都のこと、この先もずっと好きでいる自信がある。だから、その、長い付き合いになると思うノデ、水都の両親にちゃんと挨拶しておきたいデス」
緊張して、語尾がおかしな発音になってしまった。
水都は「あ、はい」と頷き、カクカクとした足取りで家の玄関に案内してくれた。
水都はインターフォンを押してから、玄関扉を開けた。けれど黙ったまま突っ立っているので、私が声を出すことにした。
「こんばんは。水都くんの友達の、鈴木ゆらりです。お庭にお邪魔して、すみませんでした」
ドダっとなにかがぶつかる音がして、奥の部屋の扉が勢いよく開いた。水都の両親が急足でスリッパを鳴らして、玄関に出てきた。
私は水都の母親と面識がある。けれど、父親とは初めて。水都は母親似だけれど、スラっとした高身長は父親に似たらしい。
「ゆらりちゃーん! 挨拶に来てくれたの? 嬉しい!」
「寒いだろう! 入りなさい」
「お父さんは初めてなんだから、挨拶!」
「あっ! はじめまして!! 水都の父親で、隆一郎といいます。息子がお世話になっているそうで、ありがとうございます」
「あ、いいえ、そんな、お世話になっているのは私のほうで……」
「顔が真っ赤。寒いわよね。どうぞ、あがって!」
「でも……」
水都の母親は表情を明るくさせて、パンっと手を叩いた。
「夕食、食べていかない? クリスマスだからって張り切って作ったのに、水都は病みあがりで食欲がないっていうし、この人はお酒ばかり飲んで進まないし。どうかしら?」
「でも、家族が待っているので……」
「そう……残念ね」
「ゆらりちゃん。ローストチキンとアクアパッツァとキッシュとパエリアとズコットケーキだよ」
「え?」
「ひよりちゃんとくるり君を呼んできたら?」
「え?」
ローストチキンとキッシュとパエリアはイメージがつくけれど、アクアパッツァとズコットケーキってなに?
急遽バイトになったのでカレーを作ってきたけれど、断然、水都の母親が作った料理のほうがいい。ひよりとくるりも絶対に喜ぶ。
そういうわけで、私は一旦家に戻って、ひよりとくるりを連れて来た。父は夜勤でいないのが残念だけれど、いたとしたも、遠慮して来なかっただろう。
ひよりとくるりは、水都の家のリビングに入った途端、固まった。ひよりは目を白黒させている。
「え? ここって、お店ですか?」
水都の母親の料理の腕前は、プロ級だった。料理の本から、そっくりそのまま出てきたよう。しかも、全部手作りだというので驚いてしまう。
私とひよりとくるりが「美味しい!」「今まで食べた中で一番!」と喜んで食べていると、母親は涙ぐんだ。
「水都は食の細い子供だったから、たくさん食べてほしくて、料理教室に通ったのよ。でも水都も夫も、美味しいって全然言ってくれなくて……。こんなに喜んで食べてもらえて、嬉しい!」
「ミナトお兄ちゃん! 美味しいって言葉に出さないと、伝わらないぞ!」
くるりに注意されて、水都と父親は、
「ごめんなさい。お母さん、いつも美味しいって思っています。ありがとうございます」
「僕も、世界一美味しいと思っています。いつもありがとうございます」
と、頭を下げた。水都の母親は涙ぐみながら笑った。
こうして、賑やかで楽しいクリスマスの夜を過ごしたのだった。