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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第四章 これからもずっと一緒に
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告白の返事

 水都の彼女になりたいって、ずっと思っていた。待ち望んでいた告白に、涙がポロポロとこぼれる。


「私も、水都が好き。彼女になりたいです……」


 告白の返事をできた安堵感と嬉しさから、涙が止まらない。

「あっ、あ、うわ、グスッ」と変な言葉ばかりが口から出てきて、情けない。

 それなのに水都は、


「可愛い」


 と、抱きしめてくれた。

 クリスマスイルミネーションの星が瞬き、プレゼントの袋を背負ったサンタさんが梯子を登り、雪だるまたちが見守る中。

 私は水都の背中に手を回し、彼の胸に頭を預けた。


「ゆらりちゃんの匂いって安心する。ずっと肺に入れておきたい」

「えっ⁉︎ ダ、ダメだよ!! 昨日、シャンプーが切れちゃって。シャワーで洗い流しただけだから、臭いでしょ!」

「全然。むしろ、シャンプーのにおいに邪魔されなくて最高。ゆらりちゃん本来のにおいを吸っておこう」

「吸っちゃダメーっ!!」


 私は匂いフェチではないので、水都のこの感覚がわからない。そういうわけで、私も水都の胸に鼻を押しつけて、試しに吸ってみた。


(あれ? 特に匂いがしない? でもなんだろう。すごく落ち着く。幸せかも)


 嗅覚は原始的だと聞いたことがある。

 赤ちゃんはお母さんの匂いが大好きだし、においによって食物の腐敗や毒を知るという役割があるし、子孫繁栄に関わる遺伝子が体臭の好き嫌いに関係しているらしい。

 相手の匂いが好きで落ち着くというのは、長く一緒にいるための、遺伝子の作戦なのかもしれない。

 

(水都はかっこいいから他の女の子に取られたらどうしよう、って心配する気持ちがあったけれど……。香りの強いものをつけないで、私本来の匂いでいればいいのかも?)


 嗅覚の世界と、匂いフェチ。理性や理屈を超えた不思議な世界が、そこにはある。

 そんなことを考えていると、頭上から、


「うわぁー……」


 と、絶望したような声が降ってきた。

 どうしたのかと顔を上げると、雪が降っていた。


 水都の家の壁に映った光の中に、白い雪の結晶がはらはらと舞っている。


「素敵っ! これなに?」

「プロジェクターだよ。滅多に雪が降らないから、母親が買ったんだ」

「こういうのがあるなんて知らなかった! 素敵だね」


 振り返ると、芝生の上にプロジェクターが置かれていて、丸い投影ランプから光が出ている。

 家の壁を落ちていく、美しい雪の結晶。

 しかし喜ぶ私とは違い、水都は怒っている。


「どうしたの?」

「母がつけたんだろうなって。離れた場所からでも、リモコンで操作できるんだ」

「うん」

「僕たちがぎゅーってしているのを見て、ムードを盛りあげようとしたんだろうけれど、そういうのいらないし」

「あ、なるほど」

「絶対に覗かないでって言ったのに!!」


 カーテンは閉まっているけれど、気になって、隙間からこっそりと見ていたのだろう。

 私は水都の母親は心配性であるのを知っているので、ハラハラしながら見守っていたのだと思うと、微笑ましい。


「私、やっぱり挨拶する」

「いいから!!」

「ううん。私もね、水都のこと、この先もずっと好きでいる自信がある。だから、その、長い付き合いになると思うノデ、水都の両親にちゃんと挨拶しておきたいデス」


 緊張して、語尾がおかしな発音になってしまった。

 水都は「あ、はい」と頷き、カクカクとした足取りで家の玄関に案内してくれた。

 水都はインターフォンを押してから、玄関扉を開けた。けれど黙ったまま突っ立っているので、私が声を出すことにした。


「こんばんは。水都くんの友達の、鈴木ゆらりです。お庭にお邪魔して、すみませんでした」


 ドダっとなにかがぶつかる音がして、奥の部屋の扉が勢いよく開いた。水都の両親が急足でスリッパを鳴らして、玄関に出てきた。

 私は水都の母親と面識がある。けれど、父親とは初めて。水都は母親似だけれど、スラっとした高身長は父親に似たらしい。


「ゆらりちゃーん! 挨拶に来てくれたの? 嬉しい!」

「寒いだろう! 入りなさい」

「お父さんは初めてなんだから、挨拶!」

「あっ! はじめまして!! 水都の父親で、隆一郎といいます。息子がお世話になっているそうで、ありがとうございます」

「あ、いいえ、そんな、お世話になっているのは私のほうで……」

「顔が真っ赤。寒いわよね。どうぞ、あがって!」

「でも……」


 水都の母親は表情を明るくさせて、パンっと手を叩いた。


「夕食、食べていかない? クリスマスだからって張り切って作ったのに、水都は病みあがりで食欲がないっていうし、この人はお酒ばかり飲んで進まないし。どうかしら?」

「でも、家族が待っているので……」

「そう……残念ね」

「ゆらりちゃん。ローストチキンとアクアパッツァとキッシュとパエリアとズコットケーキだよ」

「え?」

「ひよりちゃんとくるり君を呼んできたら?」

「え?」


 ローストチキンとキッシュとパエリアはイメージがつくけれど、アクアパッツァとズコットケーキってなに?

 急遽バイトになったのでカレーを作ってきたけれど、断然、水都の母親が作った料理のほうがいい。ひよりとくるりも絶対に喜ぶ。

 そういうわけで、私は一旦家に戻って、ひよりとくるりを連れて来た。父は夜勤でいないのが残念だけれど、いたとしたも、遠慮して来なかっただろう。


 ひよりとくるりは、水都の家のリビングに入った途端、固まった。ひよりは目を白黒させている。


「え? ここって、お店ですか?」


 水都の母親の料理の腕前は、プロ級だった。料理の本から、そっくりそのまま出てきたよう。しかも、全部手作りだというので驚いてしまう。

 私とひよりとくるりが「美味しい!」「今まで食べた中で一番!」と喜んで食べていると、母親は涙ぐんだ。


「水都は食の細い子供だったから、たくさん食べてほしくて、料理教室に通ったのよ。でも水都も夫も、美味しいって全然言ってくれなくて……。こんなに喜んで食べてもらえて、嬉しい!」

「ミナトお兄ちゃん! 美味しいって言葉に出さないと、伝わらないぞ!」


 くるりに注意されて、水都と父親は、


「ごめんなさい。お母さん、いつも美味しいって思っています。ありがとうございます」

「僕も、世界一美味しいと思っています。いつもありがとうございます」

 

 と、頭を下げた。水都の母親は涙ぐみながら笑った。

 こうして、賑やかで楽しいクリスマスの夜を過ごしたのだった。



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