クリスマスの光の中で
お見舞いに行くことを躊躇する私に、美月さんは缶バッチをくれた。
「クリスマス限定缶バッチだから! 今日中に渡さないとね。うふふー」
水都の家に行く口実を作ってくれたのだ。美月さんの優しい心遣いに感激してしまう。
「ありがとうございます! 私、美月さんみたいな素敵な大人になりたい」
「わー、嬉しい! ゆらりちゃんのほうこそ、素敵な女の子だよ!!」
ちょうど店内に客がいないからか、美月さんはテンション高く私を抱きしめた。客はいないが、店長は私たちのすぐ近くにおり、
「クリスマスにバイトに来てくれたから、許してあげるけども。おふざけ禁止だぞー」
と、緩いお叱りを受けたのだった。
バイトを終えて店の外に出た途端、吹きつけてきた北風に身が縮こまる。雪は降っていないけれど、空気が凍えている。
スマホを打つために、親指に息を吹きかける。
『メリークリスマス! バイト先のお姉さんから、クリスマス缶バッチをもらったんだ。郵便受けに入れておくね』
本当は水都に会いたい。顔が見たい。少しでもいいから、話したい。でも気温は低く、風はピューピューと吹いている。
熱が下がったばかりの水都を、外に出させるわけにはいかない。
私はスマホをカバンにしまうと、コートの右ポケットに手を入れた。透明なビニール袋に指が触れる。そのビニール越しに、缶バッチの平たい表面を撫でる。
コンビニから水都の家までは、普通に歩いて八分ほど。寒いので、足が自然と早くなる。
「うー、寒い。マフラー欲しいな」
マフラーが買えないわけではないのだけれど、妹弟に新しいコートやマフラーや手袋やあったかい靴下を買ってあげるほうが優先。自分は後回しになっている。
コートについているフードを被ったものの、前方から吹いてくる風が顔を直撃して、歯がガタガタと震える。
水都の家が見えてきた。カラフルな電飾がチカチカと瞬いている。塀や庭の木々に光っているのは、サンタやトナカイや雪だるまの電飾。
(さすがは金持ち。電気代がかかっても苦じゃないんだね)
我が家は電気代を抑えるために、家の中でも着込んでいる。
家を囲む塀に郵便受けがあった気がする、と考えていると、その郵便受けの前に水都が立っていた。
「どうして外にいるの⁉︎ 体調は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
水都はマスクをしているし、ニット帽をすっぽりと被っている。おまけに夜ということで、顔色がわからない。話し方はしっかりしているが、病み上がりの水都に無理させてはいけない。
「メールしたから、出てきてくれたんだよね? ごめんね。家に帰ってから、メールするんだった」
「そんなことしたら、怒るから」
「どうして?」
「メールがきて、すごく嬉しかった。ゆらりちゃんに会いたいって思っていたから」
会いたいと思っていたのは、私だけじゃなかった。感動して胸が震える。
「少し、時間ある? 話したいことがあるんだ」
「うん。少しなら大丈夫だよ」
ここで話すのかと思ったら、水都は門扉を開けた。庭に招かれる。
外からでも、庭の木々に電飾が光っているのは見えていた。けれど、中に入ると格別。薔薇のアーチに青い電飾が巻かれていて、光のトンネルになっている。
庭を飾るクリスマスイルミネーションの効果なのか、体温が上がって暖かくなったような気がする。
「わーっ! すっごい素敵!!」
「外でごめん。寒いから家の中がいいんだろうけれど、今日は両親が揃っているから……」
「えっ⁉︎ じゃ、挨拶したほうがいいよね!」
「いいから! ホント、今日はしなくていいから」
含みのある言い方が気になる。気になることはもう一つ。水都が片手に持っているラッピング袋。今日という日からして、クリスマスプレゼントだろう。
(どうしよう。会うつもりじゃなかったから、プレゼント持ってこなかった! 缶バッチ一個って……)
水都へのプレゼントは、マグカップ。正直どうなんだろうって、気持ちはある。けれど水都はなんでも持っていそうで、考えつかなかったのだ。
「あのね! 本当は今日、来るつもりじゃなかったんだ。水都の体調が良くなってからって思っていたから……。でもバイトのお姉さんが、お見舞いに行ったほうがいいって缶バッチをくれて。その缶バッチがサンタさんの絵だから、今日渡したいなって……。だからその、プレゼントを持ってきていないんだ。ごめんね。別な日に渡すね。だから水都も、今日じゃなくていいよ。同じ日にしよう」
水都はしばらく黙っていたが、考えがまとまったようで、マスクの奥から声を出した。
「僕は今日、プレゼントを渡す。ゆらりちゃんからも、今日もらう」
「えーっ! じゃあ、家に戻って取ってくる!!」
「ううん。大丈夫」
「じゃあ、これで……」
コートのポケットから缶バッチを取り出す。
この缶バッチは、某飲料メーカーのおまけでついてきたもの。水都に会う口実として美月さんが用意してくれただけなので、クリスマスプレゼントと言うにはおこがましい。
水都は缶バッチを受け取って眺めた後、持っていたラッピング袋を開けた。中に入っていたのは、ピンクのチェック柄のマフラーと、グレー色の手袋。
水都は私のコートフードを下げると、マフラーを首にかけてくれた。
「ありがとう! マフラー、欲しかったんだ!」
「良かった。ゆらりちゃんから、欲しいものがあるんだ」
「え? でももう……」
缶バッチはあげたし、マグカップを取りに家に戻らなくてもいいという。
なにが欲しいんだろう?
困惑する私を、水都はまっすぐに見つめてきた。
「ゆらりちゃんが好き。今までも好きだったし、これから先もずっと好きでいる自信がある。僕の彼女になってください。……告白の返事が欲しいです」