水都目線
朝から喉が痛かった。乾燥のせいで喉が痛いのかと思っていたら、次第に体がだるくなり、寒気までしてきた。
「やばい、風邪かも……」
「大丈夫?」
心配するゆらりちゃんに、僕は「一晩寝れば大丈夫だから」と笑ってみせた。
午前中で早退して、家に帰る。
僕は風邪を引くことにも体調を崩すことにも慣れているので、友達と出かけている母に、「一人で病院に行くから大丈夫。急いで戻ってこなくていいから」と、電話で伝えた。
午後の診療が始まるまで家で休み、時間になったら一人で家を出て、近所にある病院に向かう。
待合室にはすでに十人ほどの患者が待っていて、僕は悪寒に震えながら順番を待つ。
「情けない……」
クリスマスは四日後。ゆらりちゃんに告白すると決めている。
学校終わりに制服のまま、近場にあるイルミネーションの綺麗な公園に行って、プレゼントを渡して、告白をする。
告白のセリフも、もう決めてある。
「今までもこれからもずっと好きです。僕の彼女になってください」
公園の下見に行ったし、シミュレーションもバッチリなのに、肝心の体調は最悪。
だけど、まだ時間はある。早く治して、ゆらりちゃんに告白しなくては!!
しかし、検査した結果。インフルエンザであることが判明。
「岩橋めっ!!」
インフルエンザで休んでいる岩橋。彼から移った可能性が高い。
岩橋への八つ当たりと、感染症に罹りやすい自分に対する情けなさと、クリスマス前に体調を崩した絶望。
体を引きずるようにふらふらと歩いていると、家の前に佐々木萌華が立っていた。
僕を見た瞬間、彼女はパッと華やかな笑顔を見せた。けれど、それどころじゃない。体がだるい。休みたい。
「水都くん! 会いたくなって来ちゃった。デートしよう」
「無理」
「私のこと、好きなんでしょう? 遠慮しなくていいんだよ。人気モデルだけど、心は普通の女の子だもん!」
「遠慮していない。川瀬さんのは嘘だから」
川瀬さんは、佐々木萌華をゆらりちゃんのライバルにするために、嘘を吹き込んだ。僕は本当は佐々木さんを好きだけれど、モデルの仕事を邪魔してはいけないと思って遠慮している。そのような嘘をついた。そしてそれを、佐々木さんは信じた。
川瀬さんのことは落ち着いたのに、佐々木さんがこうやって会いにくるから困る。彼女はしつこい。
「クリスマス、今ならフリーだよ。私のこと、独占していいんだよ」
「結構です」
「もぉ! 意地悪なことばかり言うなら、私、他の人と遊んじゃうよ!」
佐々木さんはウルウルとした瞳で、僕を見上げた。
きっとこの人は、可愛いのだと思う。他の男子ならグラっとくるだろう、吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳。
だけど僕は、早く帰ってくれないかな、とうんざりする。
「ねぇ、水都くん。これが最後のチャンスだよ。良い返事をくれないなら、他の人と付き合っちゃうよ? 私モテるんだから。私を彼女にしたら、みんなに自慢できるよ」
「何度も言っているけれど、好きじゃない。無理」
佐々木さんは拗ねて、プクゥっと頬を膨らませた。
「水都くんって、女の子を見る目がない!」
「僕はダメ人間なんで。記憶から消してください」
「ダメだなんて、そんなことない!! 私、水都くんのことが本気で好きなの! 諦めきれない。だって、大好きな顔なんだもん。私と付き合えないっていうなら、整形して顔を変えてよ!!」
そんな無茶な……と思うけれど、佐々木さんは自分を中心に世界が回っていると思っている人。僕は佐々木さんと出会ったことで、世の中には自分の想像が及ばない考えの人がいる。というのを知った。
「そんなに僕と付き合いたいのなら、いいよ」
「え? 本当⁉︎」
「うん。その代わり、一秒後に別れてもいい?」
「最低ーーーっ!!」
バチンっ!!
左の頬に痛みが走り、燃えるようにカッと熱くなった。ビンタされたのだ。
「水都くんなんて嫌いっ! 最後のチャンスをあげたのに!! 後悔しても遅いんだから!!」
僕は最初から佐々木さんが嫌いだったし、チャンスが欲しいと思ったことはないし、後悔することも一生ない。
ぷんぷん怒りながら、佐々木さんは去った。最後までよくわからない人だった、という感想しかない。
「めまいがする……」
体調が悪化している。よろめくようにして家に入り、洗面所で手と顔を洗う。
僕は神経質だし、潔癖症なところがある。どんなに体調が悪くても、手を洗わない、外出着を脱がないという選択肢はない。
洗い立てのパジャマに着替え、ようやくベッドに入って落ち着くことができた。
体がひどくだるいし、熱い。体も痛みだした。なにもかもが最悪。
「ゆらりちゃんを吸いたい」
なにを言っているんだ、自分。でも、ゆらりちゃんを後ろから抱きしめて、首元に顔を埋めて、ゆらりちゃんの匂いを思いっきり吸いたい。そしたら、元気になれる気がする。
そんなことを考えながら、うつらうつらと眠りに就いた。