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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第三章 キミを守りたい
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一人で抱え込まなくて大丈夫

 水都が連れて行ってくれた焼肉店で、私たちは遠慮して安いものを頼もうとしたのだが、メニュー表を支配している魅音が高いお肉を注文した。


(魅音にSOSを出したのは私だけど、いくらなんでも高いものを頼みすぎじゃない⁉︎)


 けれど水都は、


「遠慮せずにたくさん食べて」


 と、笑ってくれた。

 そういうわけで私たちは今まで食べたことのないカルビやタンの美味しさに感動し、お腹が膨れるまで食べた。幸せいっぱいの時間になった。



 その夜。私は満足げな顔で寝ているひよりとくるりの体に掛け布団をかけると、居間に戻った。父は座布団を枕にして、休んでいる。


「お父さん、大丈夫?」

「年を取ったってことなんだろうなぁ。ゆらり、覚えておけ。四十歳を過ぎたら、脂っこい食べ物を食べ過ぎるのは危険だ」

「ふふっ、わかった。覚えておく」


 家に帰ってきて間もなく、父は腹痛でトイレに閉じこもった。ようやく痛みが治まったらしいが、げっそりしている。


「お父さん。水、置いとくね」

「ありがとう」


 水の入ったコップをテーブルに置くと、父はのそりと起き上がった。水をごくごくと飲み干す。


「そうだ。話したいことがあるんだ」

「なに?」

「おばあちゃんの実家、あるだろう? 群馬の家」

「うん」

「買いたいという人が現れたんだ」

「えっ! 本当に⁉︎ すごい!!」


 祖母の実家に住んでいたおじさんが、二年前に亡くなった。それから無人だったのだが、ようやく買い手が見つかった。

 群馬の家は、山奥にある。築百年以上の古い家。


 父はあぐらをかくと、破顔した。


「東京に住んでいる人で、古民家に憧れているそうだ。子供が三人いて、自然の中で子育てをしながら、畑仕事をしたいって。交渉が成立したら、借金が全部返せる。ゆらり、今まで苦労をかけたな。ありがとう」

「わっ! なに言っているの⁉︎ お父さんだって、苦労してきたじゃない。お礼を言うのは私のほうだよ。今までありがとう。これで、楽になるね」


 父の目がきらりと光った。私も、目の奥がジーンと熱くなる。

 苦労が報われた。今まで頑張ってきて良かった。

 私と父は瞳を潤ませながら、水道水で乾杯をした。焼き肉を食べた後なので、水が美味しい。


 二杯目の水を飲み終えた父の表情が、曇った。


「そういえばお母さんのことなんだが……ここに来ないよう言っても、聞く耳がないんだ。早く、引っ越さないとな」

「お母さん、そんなにお金に困っているの?」

「買い物とギャンブルをやめられないみたいなんだ。何度も説得したんだが、依存から抜け出すのは難しいんだろうなぁ」

「今まで貸したお金、少しは返してもらえたの?」

「……いやぁ……」

「ギャンブルって……。お母さんはやらなかったよね? 誰がギャンブルをしているの?」

「……いや、別に、誰でもない……」

「…………」


 母はギャンブルには興味がなかった。母が好きなのは、買い物と美容。

 ギャンブルをやめられないというのは……母が再婚した相手、つまり、私の実父ではないのだろうか? だから私を気遣って、「誰でもない」だなんて下手な嘘をついたのでは?

 顔も名前も知らない。会ったこともない。それでも、血の繋がりがある人。

 ギャンブルをやめられない人が自分の父親なのかと思うと、悲しくなる。その人の血が自分の中にも流れているかと思うと、消えてしまいたいほどに惨めな気分。


 父は寝室に入り、私は父が使っていた座布団に頭を乗せて横になった。目をつぶると、涙が皮膚の上を滑り落ちていった。

 右手に持っているスマホの表面を、親指で撫でる。


 焼肉屋の帰り。父とひよりとくるりと魅音が先を歩いて、私と水都が後ろから歩く形になった。

 私は告白したくなった。今なら、好きだという想いがすんなりと言葉にできると思った。


「私ね、水都のことずっと、す……」

「えっ⁉︎ ちょっと待って!! 言わないで!! 僕から言うから!」

「え?」

「クリスマスまで、待って!」

「う、うん」


 水都にストップをかけられて、告白は取り止めになった。

 クリスマスまで、あと一ヶ月。告白の予約をされてそわそわする気持ちと、不安が混ざり合う。


(水都は、こんな私でいいのかな……)


 悩むこと、三十分。水都にメールを送る。

 まずは、今日のお礼。それから、両親のこと。


『私の産んだ両親は、いい人じゃない。お金のことで、もしかしたらこの先、水都に迷惑をかけるかもしれない。そういうの、嫌だ』


 嫌だったら、どうだというのだろう。その先をあえて言わずに、水都に決めさせようとしている。私は卑怯だ。

 メールを送り、まぶたの上に腕を乗せる。

 スマホの向こうで、水都が返信に悩んでいるのが容易に想像できる。

 送らなければよかったとの後悔でうじうじしていると、水都からメールがきた。


『僕たちだけで何かを決めずに、僕の両親とゆらりちゃんのお父さんに相談していこう。一人で抱え込まなくて大丈夫。この先何かあったら、一番に僕に教えて』


 涙がこぼれる。けれど、唇は幸せな微笑を浮かべている。

 水都は、私を突き離さないでいてくれる。

 水都に出会えてよかった。この人を好きになってよかった。仲直りできて、本当によかった。

 

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