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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第三章 キミを守りたい
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マラソン大会の結果

 母に貯金箱を盗られてしまった私のために、水都は焼肉を奢ってくれようとしている。

 父は「高校生にお金を出させるのは申し訳ない」と困惑しながらも、「断ったら、親切心を踏みにじるよな。えぇっと、なにを頼んだらいいんだ?」と、焼肉屋に行くのがまだ決定していないのに頭を悩ませている。

 妹のひよりは、「やっきにくにくにっく❤︎おいしいにくにっく❤︎にくにっくじゅうはち〜❤︎」と、不思議なオリジナル焼き肉ソングを口ずさんでいる。

 弟のくるりは、「肉を見ながら、ご飯食べよう」と、ホットプレートに乗った肉の絵を書いた。焼肉屋に行ったら、肉を網で焼くことに驚くことだろう。

 魅音は、私を勝たせるための作戦を立てた。


「ゆらりが負ける可能性がなくはない。たとえば、転んだとか。それでみなっちが勝ったらシャレにならん! ゆらりの順位を確認して、みなっちに合図を送ろう!」


 魅音は腹痛を理由にしてマラソン大会を休んでいるが、ゴール地点でスタンバイしているはずだ。


 山の中腹を折り返して、一気に坂を下る。ここまで来ると人がばらけているので、抜くのが楽だ。

 全力で走っているせいか、脇腹が痛みだす。心臓も悲鳴をあげている。

 けれど、負けるわけにはいかない。私の肩にはみんなの想いが乗っている。がっかりさせたくない。水都の優しさに報いたい。

 だんだん、余計なことを考えられなくなる。頭が空っぽになる。ドクドクと忙しなく脈打つ心臓、耳に響く呼吸。止まることなく前に出る足。前後に振り続ける腕。

 あぁ、私は生きているんだ。このときを精一杯に駆け抜けているんだって、生の輝きで満たされる。心が晴れて澄み渡る。

 だから苦しくても、私は走るのが好きなのだ。


 校庭に入り、力を振り絞って最後の直線を走る。目の前にある背中は、三人。この三人を絶対に抜かすんだ! という強い気概で疾走する。

 気力が残っていないフラフラとした走り方の三人を抜かし、ゴールテープを切った。

 担当の先生が発した「三十三」という数字が、私の順位。

 四クラス六十二名の女子が走っての、三十三番目。遅くはないが、早くもない。


 ゴール地点で待ち構えていた魅音が、焦った顔で駆け寄ってきた。


「ゆらりにしては遅くない⁉︎ どうした⁉︎」

「三キロじゃ足りなかった。五キロあれば、もっと抜かせたのにー!」

「五キロって⁉︎ 抜かす前に、死ぬ!!」


 額の汗を拭っていると、五キロを走ってきた男子が続々とゴールしてきた。

 水都を探していると、三組の女子が魅音に声をかけてきた。彼女は合唱部で、魅音と仲がいい。


「魅音、何番だった?」

「走っていない。お腹が痛くて」

「えーっ、大丈夫?」

「うーん、まだちょっとねぇ」


 魅音は友達と話しだした。


(水都が勝ったらシャレにならないから、合図を送るんじゃなかったっけ?)


 友達との会話が止まらない魅音と、ゴールを目指して力走する男子たち。

 交互に見ていると、水都が校庭に入ってきた。

 順位を告げる先生の声に耳を傾けると、「三十一」と聞こえた。


(えっ⁉︎ 水都がこのままゴールしたら、三十二位になっちゃう!)


 私は三十三位。このままじゃ水都の勝ちで、高級焼肉店に行けなくなってしまう。

 負けた人が、勝った人に焼肉を奢るという賭けをしている。つまり、私が負けても焼肉は食べられるのだけれど、その場合。家にあるホットプレートで、豚ロースを食べることになる。


 魅音は友達とのおしゃべりに夢中になっていて、水都が来たことに気づいていない。

 私はぴょんぴょんと跳ねながら、腕で大きくバツ印を作った。


(水都、気づいて!! ゴールしちゃダメ!!)


 必死に跳ねていると、水都のスピードが落ちた。歩幅が狭くなり、力尽きた人のような緩い走り方になった。後方から走ってきた男子が、水都を追い抜く。


 水都は三十三番目でゴールした。

 走り終えた水都は、真っ先に私のところに来た。


「三十三位だった。ゆらりちゃんは?」

「私も三十三位」

「えっ? 遅くない?」


 私は苦笑いすると、汗ばんでいるおでこを擦る。水都はおでこを擦っている手を見て、目を見開いた。


「その手どうしたの? 転んだ?」

「あ……忘れていた」


 走るのに夢中になっていたせいで、痛みも、手のひらを擦りむいたことも忘れていた。


「転びそうになっただけ。大丈夫。水道で洗ってくる」

「僕、保健委員だから。保健室に強制連行します」

「大丈夫だよ。痛くないし」

「ダメー」

「じゃあ、一人で保健室に行く」

「それもダメー。僕が連れて行きます」


 水都は、私の前ではワガママ。そのワガママが私を甘やかしてくれるものだから、困ってしまう。

 私は折れて、


「では、保健委員さん。お願いします」


 と、保健室への同行をお願いしたのだった。


 保健室で傷口の消毒をしてもらった、その帰り。教室に向かいながら、相談する。


「順位が同じだった場合を考えてなかったね。どうする?」

「うーん……。僕としては、ゆらりちゃんに焼肉を奢りたい」

「私も、なにか奢る?」


 水都はしばらく考えたのちに、ふっと笑った。


「じゃあ、こうしよう。僕とクリスマスを一緒に過ごしてよ」

「クリスマスを?」

「うん。平日だけど、終業式で学校終わるの早いから。クリスマスデートしよう」

「いいけど……」


 焼肉を奢ってもらえて、クリスマスデートもできて、これってご褒美すぎない?



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