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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第三章 キミを守りたい
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由良くんと付き合ってよ

 今日はマラソン大会。

 天気予報では降水確率五十パーセントの予報だったけれど、雨が降る気配はない。むしろ空全体を覆う雲のおかげで日差しが遮られ、マラソンをするには絶好の天気。


「五十パーセントに期待していたのにーっ! 雨雲のヘタレー!」


 魅音は、空に文句を言っている。親に怒られてズル休みできなかったのだ。

 しかし、魅音は諦めない。担任の先生に、「お腹が痛くて走れない」と訴えて、マラソン大会を見学することに成功した。

 

 さて、晩秋の空の下。校庭に続々と一年生が集まってくる。

 まずは、男子のスタート。私は、水都と岩橋くんに手を振って声援を送った。

 男子が出発し、校庭にいるのは女子生徒のみになった。


「かったるー」

「テキトーにやればいいよね」


 あちこちからテンションの低い声が聞こえてくる中、私はスタート地点に向かう。

 第一グループは一組から四組、第二グループは五組から八組という、二グループに分かれてのスタート。


(二グループに分かれても、人数が多いな。場所取り、失敗しちゃった)


 スタート地点前方は、運動部の女子たちが固まっている。入る隙間がない。

 仕方がないので、後ろのほうに回る。肩を回し、深呼吸をして、そのときを待つ。

 先生がホイッスルを口に含み、勢いよく吹いた。ホイッスルの甲高い音とともに、一斉に女子生徒たちが走り出す。

 テキトーにやればいいよね、なんて言っていても、いざ始まるとどの顔も真剣で、テキトーに走っている人はいない。


(追い抜かそうにも、人数が多いから前に出にくい)

 

 校庭を飛び出して、舗装されている山道へと入る。

 人がばらけてきたので、ぶつからないように気をつけながら追い抜く。すると、突然右足に衝撃が走った。視界が傾く。

 

「あっ!」 


 叫んだときにはもう、遅かった。体勢が斜めに崩れる。咄嗟に地面についた手に、鋭い痛みが走る。


「いた……っ」


 転倒はしなかった。けれど地面に強くついた右の手のひらが、擦りむけてしまった。破れた皮膚から血が滲みだし、ジンジンと痛む。

 それでも、足を止めるわけにはいかない。焼肉を楽しみにしている家族のために、水都に勝たなくてはいけない。

 痛みを我慢して黙々と走っていると、場にふさわしくない笑い声が聞こえてきた。 


「あははーっ!! ざあまみろって感じー」

「ちょっと可愛いからって、調子に乗んな!」


 声のほうに顔を向けると、茶髪の女子二人組と目が合った。ニヤニヤと笑っている二人。


(まさか、この人たちが足を引っかけたの?)


 誰かの足にひっかかって転びそうになった。でも私は、人が多いから誤って接触したのだと思っていた。

 彼女たちの表情や笑い方に悪意が感じられて、喉がぎゅっと締め付けられたように苦しくなる。


(多分、四組の女子だと思うんだけれど、どうして? 一回も話したことがないし、名前も知らないのに……)

 

 無視していると、彼女たちは会話を始めた。


「気がついていない? 鈍感?」

「無視しているんじゃない?」

「ふんっ! あざとい女。由良くんに気に入られているからって、調子に乗っている!!」

「ねぇ、言っちゃう? わざと足を引っかけたって」

「言うことないって。あ、でも聞こえているかもね。あはは!」

 

 間近で話されたら、いやでも聞こえてしまう。

 水都と学校で話すようになったときから、女子の嫉妬を買うだろうことは覚悟していた。

 だから私は、唇を噛んで耐える。言い返すつもりはない。相手にしないのが一番だと思うから。

 私は彼女らを振り切るために、スピードを上げようとした。ちょうどそのとき。


「足を引っかけて転ばすって、低脳すぎる。自分はアホですアピール?」


 棘を含んだ嫌味な言い方には、聞き覚えがある。振り返ってみると、やっぱり、川瀬杏樹だった。

 杏樹の目は、茶髪女子二人に向けられている。


「嫉妬心から嫌がらせするなんて、超絶みじめ。くだらない。そんなんだから、ダサい男としか付き合えないんだよ」

「なっ!!」


 彼女たちの顔が引き攣る。相手が言い返すより早く、杏樹が言葉を続けた。


「みんな見てるよ。悪口を言っているあんたらと、足を引っかけられても我慢している鈴木さん。どっちが悪者か、みんなわかっていると思うけど?」

「そういうあんただって、うちらの悪口言ったよね! 悪者はあんたでしょ!」

「じゃあ、どうする? 戦う?」

「なっ⁉︎ 戦うって……」

「相手になってあげる。嫌がらせなら、負けない自信があるし」


 杏樹に反発して言い返した女子を、もう一人の女子が止めに入った。


「この人、やばくない? やめたほうがいいって」

「ふんっ!!」


 二人はスピードを上げて、私を抜いていった。

 彼女たちをすぐに追い抜くわけにはいかず、私は仕方なくゆるゆると走る。

 周囲にやった視線が、杏樹とぶつかる。


「ありがとう」

「嫉妬して嫌がらせする超絶みじめな女って、おまえだろって思ったでしょ?」

「そんなこと思ってないよ!」

「思っていいよ」

「思わない!」

「私の家、焼き鳥屋なんだよね」

 

 杏樹は突然話を変えてきた。杏樹の表情も話し方も淡々としている。


「ダサいって思っていた。焼き鳥屋に王子様が来るわけがない。お金持ちのオシャレな家に生まれたら、素敵な王子様と出会えたのにって、親に文句ばかり言っていた。自分のニオイが大嫌いで、母親の香水をこっそりとつけていた。でも、幼稚園のときに男子にクサイって言われて、怒ってやっつけてやった。気持ち良かった。あれが、私の性格の悪さの始まりだったんだろうな」

「そうだったんだ……」

「でも、由良くんはうちの焼き鳥が好きで、友達になってくれるように父が頼んでいたことも知って……。なんか、私が今までこだわっていたこと全部バカらしくなった」


 杏樹は私を見ると、苦いものを吐き出すように笑った。


「でもさ、そういうこと、もっと早く言ってほしかった。そしたら私の人生違ったかも、なんて、勝手な言い分だけど……。私、ダサいのがホント嫌いなんだ。オシャレに生きたい願望が強いから。だから──……謝る。今までのこと全部、ごめんなさい。でも、許してくれなくていいから。自分がしたことのひどさ、ちゃんとわかっている」

「あの……」

「町田さんから、鈴木さんと由良くんが焼肉勝負しているって聞かされた。邪魔すんなって威嚇付きでね。このままでいいの? 早く走ったら?」

「そ、そうだよね! 行かなくちゃ!!」


 杏樹は、気が強くて頑固。おまけに女王様気質。自分の考えを変えようとしない。

 そんな彼女が、考えを変えた。本気の謝罪をしてきた。杏樹は変わろうともがいている。

 そのことに、許せないと思っていた気持ちが緩む。


「助けてくれて、ありがとう」

「鈴木さん以外の人が由良くんと付き合ったら、嫉妬心が再燃して、いじめちゃうかも。だから、鈴木さんが由良くんと付き合ってよ」

「うん。ありがとう。……あっ! 行くね!!」


 山の中腹で折り返してきた女子たちの姿が、目に飛び込んできた。

 やばい! このままでは焼肉勝負に負けてしまう!!

 私は全速力で坂を駆け上がった。

 

 

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