友情にヒビを入れたくない
お昼休み。私は魅音を中庭に誘った。水都と岩橋くんもついてくる。
先を歩く、魅音と岩橋くん。私は二人に聞こえないよう、隣を歩く水都にヒソヒソ話をする。
「大丈夫だよ。頑張って話すから。魅音なら、わかってくれると思う」
「いや、なんか心配。町田さんって我が強いから」
杏樹と対決した後。私と水都は公園のベンチに座って、これからのことを相談した。
自分の考えを変えない女王様気質の杏樹が、初めて涙を見せた。意地悪な心こそが、水都を遠ざける原因になったことに気がついたのだと思う。
「人って、そう簡単には変われない。でも、変われないわけでもない。川瀬さんを変に刺激せず、考える時間をあげたほうがいいと思う」
「そうだね。私もそう思う」
水都は杏樹を敵視しているわけではない。フラットな目線で話す。
そういうの、すごくいいと思う。
私がニコニコしているのを変に思ったらしく、水都の眉根が寄る。
「なに?」
「水都って、大人だよね。器が大きいなって尊敬する」
「えっ⁉︎ い、いや、そういうわけでは……あー、えっと、頑張ります」
水都の目元がうっすらと赤くなった。
そういうわけで、私は魅音を説得することにした。
気温は低いが、空は快晴で風は穏やか。気分転換にちょうどいい。
私たち四人は、中庭のベンチに座った。
「うち、ほうれん草好きじゃないんだよね。食べる?」
「ありがとう! ほうれん草好きだよ」
魅音はお弁当に入っているほうれん草の胡麻和えを、私にくれた。
「で、さっきの話なんだけど、川瀬杏樹が反省したって本当? 演技なんじゃないの?」
「演技には見えなかった。川瀬さんなりに反省したと思う。だからね、もう終わりにしよう」
杏樹とのことを魅音にどう伝えるか悩んだ末に、全部は話さないことにした。谷先輩とのダブルデートが魅音の仕業だとバレていたこと。杏樹が私に謝罪を求めたこと。これらは話さないことに決めた。
魅音の性格を考えると、ダブルデートの秘密をばらした人に文句を言いそうだし、正義感から杏樹と直接対決しようとするかもしれない。
それは、絶対に避けたい。
魅音は納得できない口振りで、以前、杏樹が嘘の謝罪をしたことを持ち出した。
「あの人、謝罪してきたことあったよね。謝ったから許してよ、友達になろうよって言って、ゆらりに近づいた。でもそれって、嫌がらせするのが目的の嘘の謝罪。ゆらり、忘れたわけじゃないよね?」
「そうだけど、でも、あのときとは違う。今回は本当に反省したと思う。泣いたし……」
「あの人ってしたたかじゃん。嘘泣きだよ、きっと。うちは、あの人のことを信じない」
魅音が疑う気持ちもわかる。けれど、引き下がるわけにはいかない。
魅音は、復讐劇の最後の仕上げをしたがっている。私はそれを止めなければいけない。
私と水都の恋の邪魔をするから、自分の恋もうまくいかない。意地悪をすると、意地悪が返ってくる。
そのことを杏樹にわからせるために、魅音はダブルデート計画を立てた。
そして最後の仕上げとして、魅音は杏樹に、
「他人を不幸にさせて笑っているから、谷先輩にもみなっちにも好かれないんだよ! 誰にも相手にされなくて残念だったね。ざまあみろ!」
と、嘲笑う気でいる。
私は、食べかけの炒り卵混ぜおむすびを膝の上に置いた。
「ダブルデートで、川瀬さん傷ついたみたいだよ。それで十分だよ。これ以上はやめよう」
「甘い! 川瀬みたいな性悪女が反省するわけない。次はどんな嫌がらせするか考えているって! 先手を打とう!!」
魅音の鼻の上に皺が寄っている。
不快に思うのはわかる。私のためにしていることなのに、その私が杏樹を庇う発言をしているのだから。
魅音との友情にヒビを入れたくない。だけど、言わないわけにはいかない。
「川瀬さんを責めたら、満足はすると思う。でも傷つけたり、泣かせたりするのは違う。人の不幸を喜ぶのって、好きじゃない……」
「ああ、そうですか。つまり、川瀬の不幸を喜んでいるうちは、性格がねじ曲がった女ってわけか」
「違うよ!」
「ふんっ! ゆらりは最初から、ダブルデート計画に乗り気じゃなかったもんね。うちと違って、優しい性格だもんね。余計なことをして、すみませんねぇ!!」
「余計なことなんて思っていない! そうじゃないよ。魅音が私のためにしてくれたこと全部、嬉しい。でも、これ以上はもういいっていうか……」
お願い、伝わって──。
けれど魅音は、プイッと顔を背けた。
「もういいよ。わかった」
話を切られた。魅音は投げやりな態度を取って、私と向き合うのをやめてしまった。
「魅音、あのね……!!」
「さっさと食べたら? お昼休み終わっちゃうよ」
不機嫌な魅音と、食欲が失せて、魅音からもらったほうれん草の胡麻和えも食べられずにいる私。
岩橋くんが、おそるおそる会話に入ってくる。
「あー……えっとさぁ……うん! 二人とも悪くない!! ゆらりちゃんは性格が良いし、魅音ちゃんは魅音ちゃんで……うん。あ、そうそうっ! 魅音ちゃんのダブルデート計画、大成功だよ! 谷先輩の女遊びを止めさせたんだから。谷先輩さ、高梨ひなちゃんを本気で好きになったらしい。真面目に付き合いたいって、告白したんだって。でもひなちゃんは、好きなタイプじゃないって断ったらしい。でも谷先輩、絶対に諦めないって言ったんだって。遊び人の谷先輩を本気にさせるなんて、ひなちゃんってすごいよな! そのひなちゃんから告白されて振ったみなっちは、さらにすごいけど!!」
水都の表情が曇った。岩橋くんの最後の一言が余計だったらしい。
「魅音ちゃんは、友情に熱いところが……」
「うるさい。岩橋の声聞くと頭が痛くなる」
「うわっ! 俺のミラクルボイスにいちゃもんつける人、魅音ちゃんが初めて!」
岩橋くんなりに気を使っておどけてくれるのだろうけれど、魅音はさらにイライラが募るようで、厳しい表情になっていく。
(岩橋くん、逆効果だから!! 黙ったほうがいいよ!!)
心の中で悲鳴をあげる。
魅音は大切な友達。その友達の好意を否定するのはつらい。でも大好きな友達だからこそ、嫌なことをしてほしくない。人の不幸を笑う人になってほしくない。
魅音との友情を壊したくないけれど、私の言いたいことは結局、魅音の考えを否定するものでしかない。
どうしよう……と泣きたい気分になっていると、水都が静かに口を開いた。
「町田さんはなんのために、川瀬さんに復讐をしようとしているの? ゆらりちゃんのためだって言うなら、ゆらりちゃんを泣かせるのはおかしくない? 町田さんの友情とか正義感って、どうなっているわけ?」