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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第三章 キミを守りたい
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マラソンの予行練習

 一組二組の合同体育の時間。男女共に、マラソン大会のコースを走ることになった。

 生徒たちからブーイングが起こる。魅音は立ちくらみがしたようで、足をよろめかせた。


「本番一発勝負でいいじゃん……予行練習とかいらんし……」

「でも、コースを知るって大切なことだよ。頑張ろう!」

「ゆらりの無駄な前向きさが憎たらしい。転べ!」


 魅音は両手を私に向けると、低い声で言い放った。


「あなたは転びます。転びます転びます」

「なにしているの?」

「呪いを放ったのじゃ」

「ふふっ。魅音って、おもしろいね」


 魅音は私にダメージを与えられなかったことを知ると、今度は横腹を押さえ、体育の先生に不調を訴えた。

 けれど、「つらくなったら歩いてもいいんだから、頑張りなさい」と励まされてしまい、げっそりとした顔でスタート地点に立った。


 風は強いものの、空は快晴。

 男子がスタートした後で、女子も走り出す。

 学校の裏にある山は、公園や展望台の他にお墓がある。狐が姿を変えたという石や、大蛇と戦った英雄の伝説を書いた立て看板もある。

 そんな雑多な山の中腹まで登り、折り返して校庭に戻ってくる。往復三キロ。

 行きは上り坂が続くためきついが、帰りはその坂を下ってくるので楽だ。圧迫されるつま先が痛いけれど。

 私は五位をキープしたまま、ゴールした。一位と二位は陸上部、三位はバスケット部、四位はバレーボール部の女子。

 私は部活に入っていないのに五位。大健闘だろう。


 水飲み場に向かう人が多い中、私はゴール地点で魅音を待った。男子もゴールしてくる。

 その中に水都もいた。順位は十五番目ぐらい。

 水都は普段、涼やかな表情をしている。だがさすがに五キロ走った後では、顔が真っ赤だし、呼吸が荒い。余裕はなさそうだ。


 私と水都の焼肉勝負は、順位で競うことになっている。


(やっぱり、私が勝ちそう)


 高級焼肉が頭にチラつく。


(ひよりとくるりに焼肉の話をしたら、すっごく喜んでいた。ひよりは焼肉のオリジナルソングを作るし、くるりは焼肉の絵を描くし……。二人の期待に応えたいけれど、でも、勝ってもいいのかな……)


 水都にどこの焼肉店を考えているのか聞いたら、知り合いの店とのこと。

 叙々苑だったら申し訳なさすぎると心配だったので、ホッとした。けれど、教えてもらった知り合いの店の名前をネット検索して、目玉が飛び出るかと思った。

 凡人が足を踏み入れてはいけない、超一流焼肉店だった。


(絶対にお会計がとんでもないことになる! どうしよう。ブランド牛を食べてみたいけれど、申し訳ないよ。そもそも、なんで焼肉勝負なのかな? 水都って、焼肉が好きなの? お金が貯まったら、焼肉食べ放題に行くのが夢ではあったけれど……)


 そこまで考えて、はたと気がつく。

 十万円が貯まる貯金箱に、私はお金を貯めていた。これがいっぱいになったら、家族で焼肉食べ放題に行くんだって張り切っていた。

 でも、貯金箱を母に盗られてしまった。

 私はその嘆きを【つぶラン】に投稿した。すぐに削除したけれど、もしかして、水都はその嘆きを読んだの? 私に気を遣わせないために、負けたほうが奢るという勝負をしてくれているの?

 足が早い私と、走るのが得意ではない水都。

 勝負をする前から、結果は目に見えている。


「なんで、そこまでしてくれるの? 私はなにもできていないのに……」


 水都の優しさを前にして、自分の至らなさが歯痒くなる。嬉しさと悔しさが入り混じったものが胸に渦巻き、目の奥が熱くなる。

 私は目の縁を指先で拭った。


「魅音ちゃん、遅いなぁ」


 のんびりとした岩橋くんの声が、私を現実に戻してくれた。

 スポーツタオルを肩にかけている岩橋くんの背中に、訊ねる。


「あの、岩橋くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「ん? なに?」


 振り返った岩橋くんには人のいい笑顔が浮かんでいて、それが、言葉を押し出す勇気をくれた。


「水都がいろんなことをしてくれるんだけど、私全然お返しできていなくて……。なにをしたら、喜んでくれると思う?」

「ゆらりちゃん」


 岩橋くんから笑顔が消え、真剣な表情になった。私の肩に岩橋くんの手が、ポンッと置かれる。


「男心がわかっていない。男っていうのは、好きな子に尽くしたい生き物。とびっきりの笑顔を見られるだけで、最高に嬉しいんだ。みなっちもそうだと思う。ゆらりちゃんの笑顔が見たくて、いろんなことをしている。……っていうか、いろんなことってなに?」

「あ、魅音が来た!!」


 水都から、焼肉に魅音がついてくるのはいいけれど、岩橋くんは絶対にダメ。勝負のことを言わないで、と釘を刺されている。

 そういうわけで、魅音の姿が見えたのを幸いに、強引に話を変える。


 魅音は疲労困憊といった感じで、のっそりと歩いている。その歩みは、もどかしくなるぐらいにゆっくりだけれど、それでも一歩一歩、ゴールに近づいている。

 私は胸が熱くなり、ゴール地点へと走った。

 よたよたとした足取りでゴールした魅音に、抱きつく。


「魅音っ! ありがとう、感動したっ!!」

「ゆらりに抱きつかれても嬉しくない。イケメン成分を補給したい。みなっちを呼んでおくれ」


 魅音は息が絶え絶えなのに、魅音節は健在。

 私のテンションはさらに高まり、感動して大泣きしてしまった。

 そんな私に魅音は、


「なんで泣いているのか、わけわからん」


 と、冷静すぎるツッコミを入れてきた。

 座り込んだ魅音に、岩橋くんが濡れたタオルを差しだす。


「お疲れさま!」

「気が効くじゃん。……ん? 生温かい……」

「俺の顔を拭いた後だからさ、ごめん」

「げげーっ!! 岩橋の汗つきかよ!」


 岩橋くんにタオルを投げつけた魅音。

 二人のやりとりがおもしろくて声をあげて笑っていると、私の前に濡れたタオルが差し出された。

 水都だった。


「洗ってきたから大丈夫。使って」

「ありがとう……」


 涙でひりついた肌に、冷たいタオルが気持ちがいい。


 岩橋くんはとびっきりの笑顔でいいと言ったけれど、それだけじゃ足りない。

 私は水都のために、なにができるだろう?


 

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