表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第二章 八年の溝を埋めていこう
35/56

尊いね

「猫、大好きだよ。でも、水都。猫アレルギーなんだから、無理しなくていいのに……」

「あーっ! ゆらりさん、猫大好きなんだー!! 俺もっ!!」


 岩橋くんが、窓から顔を覗かせた。

 岩橋くんは声が大きい。しかも、よく通る。教室を出ようとしていた女子が猫という単語に反応したのか、振り返った。


(岩橋くんってば、声が大きい!)


 水都も同じことを思ったらしく、不機嫌な顔をした。


「うるさいんですけど」

「俺んちさ、猫三匹飼っているんだ! 見る?」


 岩橋くんは私の返事を待つことなく、スマホの画面を見せてきた。

 そこに映っているのは、大きな猫一匹と、子猫二匹。身を寄せ合って眠っている。同じ縞模様なので、親子だろう。


「わあーーっ! すっごい可愛い!!」

「でしょでしょ! アメショーなんだ。俺に懐いていてさ。チョー可愛いんだ。あっ、今夜、見に来る?」

「え? でも……」

「俺んちさ、徒歩五分以内で来れるから。終わったらおいでよ!」

「でも……」

「猫って、すぐに大きくなっちゃんだ。子猫のふわふわ毛を触れるのは今だけだよ!」

「そう言われると……。迷惑じゃない?」

「全然! っていうか……」


 岩橋くんは窓から大きく身を乗り出すと、ベランダにいる私の耳に顔を近づけた。


「ゆらりさんなら大歓迎!!」


 岩橋くんの声が、キーンと脳内に響く。

 水都が、隠そうともしない怒りを岩橋くんにぶつける。


「声がデカすぎ。内緒話する意味ないから。ゆらりちゃんの耳が腐るから、話しかけるの、やめてくれない?」

「腐るってなんだよ⁉︎ 俺のミラクルボイスに痺れる女子が、全国に百万人はいるっていうのに!!」


 水都は他人の感情に敏感だから、相手が気分を悪くすることをストレートに言うことはない。

 その水都が「耳が腐るから……」なんて、文句を言ったことに驚く。それに対して岩橋くんが、ヘラヘラと笑って全然気にした様子がないことにも。


(遠慮のいらない間柄なんだね。良かった!)


 中学時代はどうだったのか知らないけれど、私の思い出の中の水都には友達がいなかった。

 岩橋くんの物事を気にしないおおらかさが、水都にピタリとハマったのだろう。

 拗ねる岩橋くんに、水都は追及する。


「ミラクルボイスに痺れる女子が全国に百万人って言ったけれど、どうやって統計をとったの?」

「えっ⁉︎ そこ、ツッコんでくる⁉︎ 流してよ!!」

「じゃあ、別なところをツッコむけど、ミラクルボイスって自称?」

「自称でいいじゃん!」

「自称じゃ、信頼性ゼロ」

「ゆらりさーん! 水都がいじめるよぉー!」


 泣き真似をする岩橋くん。二人の仲の良さが微笑ましくて、私はクスクスと笑った。


「二人の関係って、尊いね」


 一瞬の沈黙の後。水都が、


「いや、尊いのはゆらりちゃ……」

「ゆらりさんの笑顔のほうが尊いからーっ!! 笑い声、めっちゃ可愛い!

やっぱり、顔を出そう。前髪で目が隠れているのが残念すぎる。俺、店に行くから!!」


 水都の声に被るようにして、岩橋くんがキラキラとした顔で叫ぶ。

 水都が不機嫌な低い声で聞いてきた。


「今夜、なにがあるの?」

 

 ──お客様に入っていない美容師のカット練習で、今夜、岩橋くんのお父さんが経営する美容室に行くんだ。


 そう説明しようとしたら、岩橋くんが、キザっぽい仕草で短い前髪をかき上げた。


「ふふん。教えられないなぁ。俺とゆらりさん、二人だけの秘密だから」


 ジトっとした目の水都。私は慌てて、カットモデルに行くのだと説明した。




(岩橋くんっていい人だけど、困る……)


 昇降口でため息をつきながら靴を履き替えていると、近くの廊下を魅音が通りかかった。急いで呼び止める。


「魅音!」

「うちの名を呼ぶ声がしたような? 空耳?」


 魅音の制服の袖を引っ張って、歩くのを止めさせる。


「なに? 空耳が起こる原因について、蘊蓄うんちくを聞きたいとか?」

「そうじゃなくて、【ん】さんのコメントにあった、猫を貸すって話。魅音の猫って、全然おとなしくないから! 私、十回ぐらいひっかかれたよ!!」

「うちの前では、おとなしい猫なんですけどねぇ」


 魅音の猫は触られるのが嫌い。うっかり手を伸ばそうものなら、毛を触る前に鋭い爪で引っかかれる。

 とぼけ顔の魅音に、疑問をぶつける。


「なんであんなコメントをしたの?」

「だって、早く付き合ってほしいんだもん。待てない。退屈。つまらない」

「もぉ! 猫は無理だよ。水都、猫アレルギーだもん」

「そうなの? それなのに借りようとしたの? 健気な男だな! じゃあ、どうやって、ゆらりをみなっちの家に行かせたらいいんだろう? キスするシチュを作ってあげたいのに」

「なっ⁉︎」

「みなっち、告白するタイミングを図っていると思うんだよね。で、告白の後は、キスでしょ」

「そんな軽い人じゃない!」

「いやいや、みなっちだって男だ。キスする気満々だ」

「そんなことない!!」

「あっ……。うち、部活行くね。もうすぐで合唱コンクールだから、忙しくてぇ」


 魅音の視線が私の頭を飛び越えて、背後にあるなにかを見た。


 振り返ると──水都がいた。


 魅音はひらひらと手を振って、部活に行ってしまった。

 水都の顔がほんのりと赤い。キスの話、聞こえてしまったに違いない。

 気まずくて視線を外していると、水都がぽつりと言った。


「一緒に帰りたいと思って……追いかけてきました……」

「はい……」

「一緒に帰れる?」

「うん……」


 私たちは並んで、学校を出た。

 私のアパートの近くで別れたのだけれど、会話は学校の勉強に関することだけで、魅音の話も猫の話もしなかった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ