表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第二章 八年の溝を埋めていこう
34/56

許す許さない

 翌日の朝。トイレに行った帰りに、杏樹と出くわした。私と杏樹は笑顔で挨拶を交わす。

 教室に入ろうとすると、魅音が呆然とした顔で突っ立っていた。


「あ、おはよう。具合はどう? 風邪治った?」

「あ、ああ、な、なに今の?」

「うん?」

「こっち来い! 尋問だ!!」


 魅音に制服の袖を引っ張られて、階段の踊り場へと連れて行かれる。


「川瀬杏樹と話していたよね⁉︎ 脅されている⁉︎」

「あのね、昨日の電話では言わなかったんだけど……」


 杏樹が謝ってきたことを話した。

 魅音は壁に背中を預け、腕組みをしながら黙って聞いていたのだけれど、話が終わると開口一番に、「卑怯な女!」と吐き捨てた。


「卑怯?」

「だって、いじめた側が許してほしいって言うのは無神経じゃない? 許してほしいと頼まれたら、いじめられた側は困るでしょう? 許したくなくても、許さないといけないと思ってしまう。許せない自分は心が狭いって、罪悪感を持つかもしれない。それって、精神的苦痛じゃない? うちはさ、許す許さないは、いじめられた側が決めることだと思う。いじめた側は求めちゃいけない。だって許しを求めるのって、自分のためじゃん。相手の気持ちよりも、自分の心の安定のためでしょう? そういうのって、うち、嫌い。杏樹は、ゆらりのために謝罪したんじゃない。自分が許されたいっていう、身勝手な行動にしか思えない」


 魅音の言葉がストンと心に落ちた。

 杏樹を許せない自分を、心が狭い人間だと責めていた。小学生二年生の私が、(私、まだ許したくないよ。だって、教科書を破られたり、ノートにバカとかブスとか死ねとか書かれたこと、すごく傷ついた)と訴えている。


 私はポケットからハンカチを取りだすと、濡れている頬を拭いた。

 鼻を啜った私に、魅音は慰めの言葉をくれる。


「自然と許せるようになったらそれでいいし、もし許せなかったら、それはそれでいいと思うよ。うちなんか、許せない人が軽く百万人はいる! まず、動物虐待するヤツは絶対に許さん!」

「ふふっ、百万人って多すぎ」


 笑いがこぼれて、心が軽くなる。

 魅音は、こういうところが上手だ。私を悲しみに浸らせない。ずっとは泣かせてくれない。笑いに持っていって、明るい気分にさせてくれる。

 友達とは、一緒にいて心地良い関係のことを言うのだと思う。

 押しつけられた友達関係は、本当の友達じゃない。心の傷を見ないフリして杏樹と仲良くするのは、苦しい。


 魅音は壁から背中を引き離すと、不機嫌になった。


「いじめた女と友達になるなんて、嫌がらせか? ゆらりの心の傷を抉っているようにしか思えない。うちは、杏樹を敵だと認定する。よって、魅音警部補の出番だ!!」

「どういうこと⁉︎ なんで魅音警部補?」


 魅音は唇の端をニヤリと上げた。


「敵を追い詰めるには、情報を集めないとね。情報屋に接触するから、しばし待て」


 魅音は変わっている。けれど頼もしくて、大好きな友達だ。


 

 三日後。魅音は本当に情報を仕入れてきた。


「三組の子に聞いたところ、川瀬杏樹はみなっちの他に、野球部の谷先輩が好きらしい。これは使える!」

「なに? どういうこと?」

「岩橋って、谷先輩と同じ少年野球チームに入っていたんだって。知り合いってわけだ。その岩橋情報によると、谷先輩は野球はうまいが、クズ男。モテるからって調子に乗って、次々に彼女を変えているらしい。で、今狙っているのは、高梨ひな。だが三組の友達によると、ひなは、谷先輩にも野球にも興味なし。見事に全員の気持ちがすれ違っている。これを利用して、仕返しをする!!」


 魅音の目がランランと輝いている。私のために仕返しを考えてくれたのだろうけれど、不安しかない。


「ねぇ、なにをするの?」

「クズ女には、クズ男をぶつけるんだよ!!」

「えぇっ⁉︎ あ、あの、私は大丈夫だから。川瀬さんと距離を置くことにするし。だからね、なにもしなくていいよ。魅音が巻き込まれたら嫌だよ」

「うちを心配するよりも……」


 魅音の拳が、わたしの頬をぐりぐりと押してきた。


「いたたっ!」

「スペノサウルスが泣いているぞ。どうにかしなさい!」

「スペノサウルスって……」


 話し終えた魅音は、合唱部の練習に行くべく帰り支度を始めた。私はベランダに出ると、制服のポケットからスマホを出した。

 杏樹のことで頭がいっぱいになっていて、【つぶラン】を見ていなかった。


【ん@supenosaurusu・10月22日

 ゆのつく人と一緒に帰りたい( ; ; ) 】


「あ、本当だ。スペノサウルスが泣いている」


 水都から帰ろうと誘われても、杏樹や他の生徒の目が気になって断っていた。

 けれどもう、人の目を気にするよりも、水都との関係を大切にしたい。それに、人の目を気にするのに疲れた。


 コメントを入れようとして、指が止まる。【ん】さんのつぶやきに、コメントがついている。


【ん@supenosaurusu・10月22日

 ゆのつく人と一緒に帰りたい( ; ; ) 】

 ↓

【わおーん@songlove12・10月22日

 いいことを教えてあげよう。あの子は猫が好きだ。家に猫がいるからおいでって誘ってごらんなさい】

 ↓

【ん@supenosaurusu・10月22日

 家に!?】

 ↓

【わおーん@songlove12・10月22日

 あの子は奥手だ。このままでは進展しない。強引にいけ! 押し倒せ!!】

 ↓

【ん@supenosaurusu・10月22日

 押し倒したら嫌われる⤵︎ でも家には誘いたい。だけど猫いない;_;】

 ↓

【わおーん@songlove12・10月22日

 うちの猫を貸す。おとなしいから大丈夫】

 ↓

【ん@supenosaurusu・10月22日

 ありがとうございます!!】


 なにこのやり取り⁉︎ 猫を貸すって、おかしくない⁉︎

 魅音の猫は凶暴だし、水都は猫アレルギー。


「無理だよ。絶対にダメだから」


 二人のやり取りに呆れていると、上から声が降ってきた。


「ゆらりちゃん、ここにいたんだ。あのさ……猫って、好き?」


 水都が緊張している声で、質問をしてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ