モヤモヤ
授業中、杏樹のことを考えた。
杏樹は小六のときにいじめがバレて、先生と親から怒られたと話していた。
当時。私はその話を、友達だった佐藤乃亜から聞いた。
「杏樹ちゃんは先生に、自分はいじめていない。美晴ちゃんが勝手にやったって、話したんだって。そのことに、美晴ちゃんがキレちゃって。親に、杏樹ちゃんから命令されてやったって話したらしいよ。今校長室に、美晴ちゃんと杏樹ちゃんの親が来ているみたい」
私は六年一組で、杏樹は六年三組。クラスが離れていたので、それ以上の詳しいことを知らない。
けれど過去に自分がいじめられた経験上、杏樹が率先していじめて、それに美晴が従ったのだろうと思った。
友達のせいにして逃げる杏樹のことを、私はずるい人だと軽蔑した。
(先生と親から怒られて反省したって、本当?)
杏樹は「いじめるのはやめた」「反省した」と口にした。信じてもいいのか、悩む。
魅音に相談したいけれど、風邪のため欠席している。水都が頭によぎったけれど、杏樹のことは相談しにくい。
休み時間、廊下で杏樹と出くわした。
杏樹は「ゆらりちゃん!」と笑いかけ、私を手招きした。友達のような親しさで、ヒソヒソ話をしてきた。
「由良くんとゆらりちゃんって仲良いみたいだけど、もしかして付き合っている? って噂になっているよ。ゆらりちゃんを呼び出して、もし付き合っているなら懲らしめるって言っている子もいて……まずいんじゃない?」
「あ……」
水都と学校で話すようになってからずっと、周囲の目が気になっていた。水都に好意を持っている女子は多いけれど、水都は誰に対しても無愛想で、話しかけられてもニコリともしない。
けれど、私には笑顔で話しかけてくる。だから、嫉妬した女子に呼び出されたり、嫌がらせされるかも……と不安はあった。
「どうしよう……」
「悪いことをしているわけじゃないんだから、毅然とした態度を取ったらいいよ。なんて、私は思うけれど、優しいゆらりちゃんには無理だよね。だから、由良くんに言ってみたら? 少し距離を置こうって。学校では話さないほうがいいよ。高梨ひな、わかる? 前に、由良くんに振られた子。あの子、すごい可愛いじゃない。フラれたのが初めてだったみたいで、かなりショックだったらしい。ゆらりちゃんの噂がひなの耳に入ったら、私を振ったくせに、ダサ子と付き合うなんて許せないって、絶対に怒るって!」
ダサ子……。
少し傷つきながらも、私は「うん……」と、力なく頷いた。
せっかく水都と仲直りできたのに、噂が広がることで、またギクシャクした関係に戻るのは嫌だ。
「魅音も水都と仲良いから、今はそっちのほうが目立っているみたいだけれど、でも、そうだよね。学校では距離を置いたほうがいいよね」
「水都って、呼び捨てなんだ? くんを付けないの?」
「あ、ごめんなさい。昔からの癖で……。水都も、そのほうが嬉しいっていうから」
「ふーん……」
杏樹は気分を害したらしい。それまでニコニコとしていた笑顔が消え、冷めた目で私を見た。
「そういうところがダメなんだって。町田さんと由良くんが仲良くしてても、ミナトなんて呼び捨てにするのは、ゆらりちゃんだけじゃん。特別な関係だってバレバレ。気分悪い」
「ご、ごめんなさい……」
やはり私は、杏樹が苦手だ。いじめられた過去が心に残っていて、怯えてしまう。謝罪が口をついて出てしまう。
なんでも話せる魅音とは違って、杏樹には本音を話せない。警戒心を解くことができない。
私が落ち込んでいることに気づいたのか、杏樹は冗談っぽく肘で私を小突いた。
「かっこいい彼氏がいると苦労するね。でも、由良くんに愛されているなんて羨ましいっ!」
「愛されているって、そんな……」
「だって、ゆらりちゃんを見る目が優しいもん。応援しているからね!」
「ありがとう」
杏樹は私のことを心配し、応援してくれている。友達になろうと言ったのは、本当らしい。
それなのに私は警戒心を解くことができずに、友達になりたくない……なんて、心の狭いことを考えている。
(いじめたことを謝ってくれたのに、なんでまだ許せないんだろう。私って、嫌な人間……)
杏樹を許せない自分のことが、許せない。
六時間目のロングホームルーム。席替えが行われて、私は窓側の一番後ろの席になった。
隣にいるのは、水都。
「え? 隣の席なの?」
「うん。よろしく」
学校では水都と距離を置こうとしたのに、うまくいかない。
私は、水都の机に黄色い付箋紙を貼った。
『私たちのことが噂になっているみたい。学校で話すのはやめよう』
水都の手が伸びてきて、私の机にペタリと、青色の付箋紙が貼られた。
『嫌です』
嫌ですっ⁉︎
私はすぐさまシャープペンを持つと、黄色い付箋紙に文字を綴る。
『女子の関係って難しいんです! これからはメールでやり取りしよう』
『嫌だ。物足りない』
『わがまま!』
『うん。自覚はある』
私と水都は先生の目を盗んで、付箋紙のやり取りを続ける。
『由良くんって、呼ぶことにする』
『ダメ』
『じゃあ、水都くん』
『ダメ』
『呼び捨てにすると怪しまれる。親しいのがバレちゃう!』
『むしろバレたい』
黄色い付箋紙に『もぉ!』と書き、その後に続ける言葉に悩む。すると、水都が青い付箋紙を貼ってきた。
『僕と町田さんと岩橋で、ゆらりちゃんを守る。だから安心して。困ったことがあったら僕に相談して。力になるから』
魅音と岩橋くんの名前が出てきたことに、ハッとする。
その日の夜。魅音に電話した。
「魅音はみんなの前で、みなっちって呼んでいるよね。岩橋くんは私にしょっちゅう話しかけてくるし。もしかして、私と水都が仲良いのが目立たないようにしてくれている?」
「気づいちゃったかー。そうそう。うちら、カモフラージュ作戦をしているんだ。みなっちが「ゆらりちゃんを女子たちから守りたい」って言うから、うちが考えたんだ」
鼻声の魅音。私は感激して涙ぐんだ。すると魅音は、豪快に笑った。
「いいって! うちにもメリットがあるしぃ。だって、あのクールなイケメンモテモテ男子を、堂々とみなっちって呼べるんだよ! しかもシカトされることなく、『なに?』って答えてくれるし。役得だ!! 女子たちの羨望の目が、うちに注がれる快感! だが、岩橋には気をつけろ。あいつはアホだ。『ゆらりさん、俺に興味があるっぽい』って勘違いしている。そのうち、みなっちにシメられると思うわ」
水都と魅音と岩橋くんの優しさに、胸が温かくなる。
小二のときとは違う。私はもう、一人で悩まなくていい。私には心から信頼できる友達がいる。