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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第二章 八年の溝を埋めていこう
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はじけ飛んだ夢

 水都との距離が近づいたことに浮かれていたのに、母の登場で気持ちが沈んでしまった。

 晴れ渡る空とは正反対に、心はどんよりと曇っている。


(自分勝手すぎる! 機嫌が悪いとどこかに行っちゃうくせに、機嫌がいいと猫みたいに寄ってくる。お母さんの喜怒哀楽に付き合うのは疲れる。振り回されるのは、もう嫌だ!)


 会いたくない、というのが正直な感想。「お母さんのこと、好きじゃない」と言ったのも本当。

 嫌いだと言い切れなかった自分に、モヤモヤする。

 親子の情って、なんだろう。これが他人だったら嫌な人だって思って離れられるのに、母親だと割り切れない感情が出てきてしまう。

 バイトが入っていることに感謝する。働くことに集中して、母のことを考えずに済む。

 九時を少し過ぎた頃。コンビニの外から店内を覗く、二つの顔が見えた。ひよりとくるりだ。

 店長に断りを入れてから、外に出る。


「どうしたの⁉︎」

「お姉ちゃん……」


 ひよりが泣いている。私は二人をコンビニの裏に連れていった。

 ひよりが涙をこぼしながら、たどたどしく話す。


「お姉ちゃんがバイトに行った後、お母さんが来たの。お父さんが仕事からまだ帰ってきていないって言ったら、家に上がってきて……」

「えっ……」

「最初ね、お金を貸してほしいって言われたの。でもそんなのできないって言ったら、そうだよねって」


 お金? 私には、そんなことひとことも言っていなかった。どういうつもりなのだろう。

 くるりが怒った口ぶりで、話に入ってきた。


「ボク、知っている! 前に、見ちゃったんだ。お父さんがお母さんにお金を渡しているところ。ボク、怒ったんだ。ボクもお姉ちゃんも、欲しいものを我慢しているのに、お母さんにお金を渡すのはおかしいって。お母さんだって我慢しないといけないって。お父さん、謝って、もう二度とお金を貸さないって。だからきっと、お母さんはこっそり来たんだ!」


 くるりの衝撃的な告白に、私はうろたえた。父がお金を貸していることを知らなかった。けれど、父ならあり得ると思った。父は優しすぎる。強引なところのある母に、根負けしてしまったことが容易に想像できる。


 つい先ほど。母は言った。「昌幸さんに会いづらくてぇ。険悪な感じで別れたから」


 私はそれを、離婚のときの話だと思った。しかしそうではなく、お金を貸すのを断ったときの話なのだろう。

 母は本当の父に会わせるために、私に会いに来たと言った。けれどもしかしたら、私からお金を借りたかったのかもしれない。

 気の抜けた、乾いた笑いがこぼれる。

 最低な母親でも、私は割り切れない親子の情を感じているのに、母にとって私はなんだろう?


「お姉ちゃん、ごめんなさい!!」


 ひよりの目から、新たな涙がこぼれた。


「お母さん。喉が渇いたから、お茶飲みたいって……。私とくるり、台所に行ったんだ。その間にお母さんが……」


 激しい嗚咽のせいで話せなくなってしまった、ひより。くるりが話を引き継ぐ。


「お母さん。いきなり用事を思い出したって言って、お茶を飲まずに帰ったんだ。家に来たときはエコバックを持っていなかったのに、帰るときはエコバックを持っていた。変だって思って、お姉ちゃんと部屋を調べたんだ。そしたら、お姉ちゃんの貯金箱がなくなっていた!」

「ごめんなさいっ!! 私が、ひくっ、家に上げたから、だからっ!!」

「大丈夫だから! 泣かなくていいからっ!」


 泣きじゃくるひよりを抱きしめる。目に涙を溜めているくるりも、抱き寄せた。するとくるりも、「わあ〜ん!」と堰を切ったように泣き声をあげた。


 父が借金を背負っているのは、祖父が会社経営で背負った借金のせいだけれど、母が父のクレジットカードで借金をしたからでもある。

 母の金銭感覚は変わっていないのだろう。

 ひよりとくるりを泣かせるなんて許せない。許せない許せない……怒りが心を占めて、苦しい。楽しい感情で心をいっぱいにしたいのに、現実は思うようにいかない。


 私は、二人に嘘をついた。


「貯金箱には、ちょっとしかお金が入っていなかったんだ。なかなか貯まらなくて。お母さん、開けてみて、これしかないのかってがっかりしていると思うよ。だから、泣かないで。ひよりもくるりも、なにも悪くない」


 二人を宥めて、家に帰した。

 その後。体調が悪いと店長に話して、仕事を切り上げさせてもらった。

 水都と待ち合わせをしている、近所にある小さな神社へと向かう。時刻は十時。待ち合わせ時間は一時半だから、当然ながら水都の姿はない。

 わたしは神社の片隅にあるベンチに座ると、耐えていた感情を解放し、思いきり泣いた。

 貯金箱は、もう少しでいっぱいになるところだった。再来月には焼肉食べ放題に行けるって、ワクワクしていた。

 夢がはじけ飛んだ。




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