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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第二章 八年の溝を埋めていこう
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自分勝手な母

 土日の家事はみんなで分担している。洗濯と掃除機はひより。皿洗いとトイレ掃除はくるり。父はお風呂掃除だけれど夜勤でいないので、私がお風呂掃除をした。

 週末のバイトは朝八時から。私は靴を履くと、ひよりとくるりに声をかけた。


「行ってくるね!」

「行ってらっしゃい」

「頑張ってきてねー」


 玄関の扉を開けると、気持ちのいい風が顔に当たった。夏の暑さはもう残っていない。爽やかな秋風が吹いている。

 私は軽やかな足取りで階段を降り……途中で、足を止めた。階段の下に、見知った女性が立っていた。

 私に気づいた女性は、嬉しそうに笑った。


「えへっ。会いたくなって来ちゃった!」

「お母さん……」


 母と最後に会ったのは、中学一年のとき。あれから三年たったけれど、母は変わっていなかった。

 肩上で揃えた、明るいブラウンのストレート髪。少女らしさが抜けていない、茶目っ気のあるくりっとした瞳。

 目尻の皺が増えたような気もするけれど、母は可愛らしい顔立ちをしているので、十分に若く見える。


「どうして、ここに……。再婚したんだよね?」

「そうなんだけど、うまくいかなくて……。すぐに別れた。でね、ゆらり。聞いて! すごいことが起こったの!」


 母は胸の前で手を組んで、無邪気に笑った。母は情緒が不安定なところがあって、喜怒哀楽が激しい。今日は喜びの感情が大きいらしい。

 

「ゆらりのお父さんと再婚しましたー! それを報告したくて、ゆらりに会いに来たんだ。外に出てきてくれて、良かった。昌幸さんに会いづらくてぇ。険悪な感じで別れたから」


 ふふっと、嬉しそうに笑う母。私は全然笑えない。


「ごめん。私バイトだから……」


 階段を下り、母の横を通り過ぎる。背中に不満げな声が飛んできた。


「えぇーっ! 会いにきたのに、つめたぁい。本当のお父さんに会いたいんじゃないかと思って、来てあげたのにぃー!」


 私が一才のときに母は離婚し、昌幸さんと再婚した。それから、ひよりとくるりが産まれた。

 私は実の父親を知らない。知りたいとも、会いたいとも思わない。

 私は、昌幸さんとひよりとくるりと住んでいる。私の家族は、血のつながった父ではなく、昌幸さんだ。


「本当のお父さんになんて会いたくない。私のお父さんは、昌幸さんだもん」

「意地張らなくていいってば。弘治こうじさんがね、あ、本当の父さんの名前、弘治さんっていうんだけどね、ゆらりに会いたいって。ゆらりの名前、弘治さんがつけたのよ」

「……バイトだから、じゃあ」

「休めばいいじゃない」


 ゆらり、という名前を気に入っていた。でもそれは、記憶にない人がつけたものだった。

 知りたくなかった。自分の名前を好きなままでいたかった。

 母は無神経だ。昔からこうやって、自分本位な感情を押し付けてくる。私の気持ちを考えてくれない。この人は変わらない。そのことに、失望する。

 私は深呼吸をして肩を上げると、ゆっくりと息を吐きだしながら、肩を下げた。


「私のお父さんは一人だけ! 昌幸さんが本当のお父さんだから!! だから、帰って!!」

「ゆらりってば、つめたぁーい。反抗期?」

 

 甘えた口調で、拗ねてみせる母。

 母は、私とは違って甘え上手。昌幸さんは優しくて面倒見のいい性格だから、母が浮気をしても非難せず、自分が至らなかったからだと自身を責めた。

 でも、私は違う。

 母が浮気をしたことも、私たちより彼氏を選んだことも、許せない。こうやって、悪びれた様子もなく会いにくることも許せない。 

 母に振り回されるのは、もう嫌だ。

 

「お母さんのこと、好きじゃない。もう来ないで。迷惑なの! 二度と会いたくない!!」

「ゆらり!」


 私は振り返ることなく、走った。



  

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