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キミの隣が好き  作者: 遊井そわ香
第一章 絶交中の幼馴染
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買い物をしに来たのではなく……

(なぜ、水都がここに⁉︎ 驚きすぎて、口から心臓が飛び出るかと思った!!)


 動揺と興奮と緊張を抑えるために胸元に手を置いて、短い呼吸を繰り返す。


「び、びっくりした……」

「ごめん。驚かせて」

 

 落ち着きのある大人っぽい声。そっくりさんではなく、やはり水都本人で間違いない。

 水都の家からこのコンビニまでは、私の速度で徒歩八分。遠いわけではないので、水都がここにいるのはおかしくない。

 けれど、バイトを始めて四ヶ月。今まで一度も会ったことはなかった。

 

「どうしたの? なにか買うものでも? ……って、当たり前だよね。買うものがあるから、来たんだよね」

「あ、うん……」


 水都は曖昧な返事をすると、視線を泳がせながら前髪に触った。

 私も(あ……びっくりしすぎて、普通に話してしまった……)と視線を泳がせながら、お下げの毛先に触わる。


「なにを買いたいの?」

「えっと……ブリトーって、なに?」

「ブリトーが欲しいの?」

「ゆらりちゃん、言っていたよね? ブリトー全品三十円引きだって」


 私のこと、ゆらりちゃんって呼ぶんだ……。昔と同じように、ゆらりちゃんって……。


(わー、勘違いしちゃダメーっ!! みんなも私のこと、ゆらりちゃんって呼ぶから! 鈴木って、日本で二番目に多い名字だから、水都も私を下の名前で呼んでいるだけ。良い方に考えちゃダメ!!)

 

 私は努めて冷静に、接客スマイルでもって、ブリトーが並んでいる棚を指し示す。


「これがブリトーだよ。種類がいろいろとあるけれど、今ならどれも三十円引きだよ」

「ゆらりちゃんのおすすめは?」

「あー……ごめん。食べたことがないんだ。廃棄処分になったことがなくて……」

「そっか」


 廃棄にならないとブリトーを食べられないと言ってしまったことを、悔いる。


(貧乏発言をしてしまった。恥ずかしい……)


 特売品を求めて妹弟とスーパーをハシゴしていることや、シーズンが終わって安くなった洋服を来年用に買っていることを、知られるのはまだいい。

 けれど、お風呂の残り湯をペットボトルに入れてトイレを流すのに使っていることや、たんぽぽなどの草を食べて食費を抑えていることは知られたくない。

 そんなどうでもいいことを考えていると、水都はブリトーを五つ、手に取った。


「たくさん買うね。どれも美味しそうで、選べなかった?」

「んー、まぁ……」


 水都と悠長に立ち話をしているわけにはいかず、私はレジに入った。水都は、レジ待ちの客の後ろに並ぶ。

 大学生のお姉さんが入っているレジが空いたにもかかわらず、水都は後ろの客に譲り、私のいるレジに来た。

 

「温めますか?」

「ううん。温めなくていい」

「レジ袋は?」

「欲しい。四つと一つに、分けて入れてくれる?」

「有料だよ。いいの?」

「うん」

 

 有料のレジ袋を二枚も買うなんて、さすがは金持ち。と、レベルの低い感心をする。

 水都の言うとおりに、袋を分ける。すると水都は、ブリトーが四つ入った袋を差し出してきた。


「ゆらりちゃんにあげる。四人家族で合っている?」

「合っているけど……。え? どういうこと?」

「ブリトー、食べたことないんでしょ? 僕も食べたことない。食べた感想、明日言おうよ」

「いいけど……。って、私たち、明日も話すの?」

「ダメ、かな?」

「ダメじゃないけど……」


 恥ずかしそうに視線を泳がせる水都。私も照れ臭さのままに視線を泳がせた。

 今までお互いが見えないかのように振る舞ってきたのに、突然、会話を始めた私たち。昔のように……とはいかず、大変にぎこちない。

 

「本当にもらってもいいの?」

「うん。あのさ……」


 水都はジーンズのポケットから、四つ折りになっている紙を取り出した。


「本当は買い物をしに来たんじゃないんだ。これを渡したくて」

「なに?」

「読んだらわかる。土曜日もバイトだよね。何時に終わる?」

「一時に終わるけど……。土曜日にバイトが入っていること、魅音から聞いたの?」

「そういうわけでは……」


 水都は言葉を濁すと、斜め後ろに顔を向けた。次の客がレジ待ちをしている。気を遣ってか、水都は早口になった。


「土曜日の午後一時半に待っている。ダメだったら、明日言って」


 水都はしきりにレジ待ちの客を気にしている。周囲に気を遣うところが水都らしい。

 私は「わかった」と頷くと、会話を終了させるために「ありがとうございました!」と接客スマイルを浮かべた。

 水都は嬉しそうに目元を綻ばせると、ブリトーが一つだけ入った袋を持って店を出ていった。

 


 レジから客が途絶えた途端。バイト仲間のお姉さんがいそいそと寄ってきた。なぜか満面の笑顔。


「アイドルみたいな美形と、親しげに話していたよね⁉︎ 友達?」

「同じクラスの人です」

「同じクラス⁉︎ いいなー、羨ましいっ! 超楽しい学校生活じゃない。学校に行くのが楽しいでしょう? 私もあんなイケメンと机を並べてみたかった。青春ねぇ」


 お姉さんは大学生。名前は、伊藤美月さん。私と四歳しか違わないのに、やけにしみじみとした口調で話すのがおかしい。

 伊藤さんの目は、好奇心でキラキラと輝いている。


「付き合っているの?」

「違いますっ!」

「片想い……って感じじゃないよね。脈アリに見えたもん。付き合う一歩手前って感じ?」

「全然違います!!」

「ふ〜ん。そうなんだぁ」


 伊藤さんは納得したようなことを言いながらも、口ぶりも表情も納得していないようだった。

 含み笑いしながら、肩をコツンとぶつけてきた。


「紙をもらっていたよね? お姉さんに見せなさい!」

「そういえば……」


 制服のポケットから、四つ折りになっている紙を取り出す。伊藤さんに見られながら、ベージュ色のメモ紙を広げる。


『今度の土曜日、護摩神社で会いたいです。大切な話があります』


 伊藤さんは、はしゃいだ声をあげた。


「きゃあーっ! 告白されるんじゃない? ついに、ゆらりちゃんに彼氏ができる。しかも超美形! 羨ましいーっ!!」

「違いますってば!!」


 懸命に否定しながらも、頬が熱くなるのを止められない。


 


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