@supenosaurusu
水都のプロフィール画面はシンプルだった。
アカウント名は【ん】。アイコンは恐竜のイラスト。
プロフィール欄は、たった一行。【日常のつぶやき】とあるのみ。
【0フォロー中 0フォロワー】
実に清々しい。交流目的でSNSをやっているわけではないらしい。
アイコンになっている緑色の恐竜は、口が大きく、背中に山のような突起物がついている。
「これってもしかして……スピノサウルス?」
そういえば……と、アドレスを確認すると、【@supenosaurusu】とある。
時刻は十一時。寝室から聞こえてくる父のいびきと、通りを走る車の音。それらに笑い声が混じる。
「あははっ! スペノサウルスって、間違ったあれのことだよね?」
幼稚園のとき。私は、スピノサウルスをスペノサウルスと間違ってインプットしてしまった。あのとき水都はなにも言わなかったけれど、記憶に残してくれたのだ。
アカウントに使用していることに、心がほわんと暖かくなる。少なくとも、嫌われていない。そんな妙な自信がでてきた。
指を上へ滑らせて、投稿を読む。
最新のつぶやきは、二時間前。
【ん@supenosaurusu・2時間前
どうしよう。知ってしまった】
んん? なにを知ったのだろう?
一つ前のつぶやきを見ても、その答えは載っていない。
諦めて、最新のつぶやきから過去のつぶやきへと目を通す。
【ん@supenosaurusu・5時間前
塾行きたくない。鬱】
【ん@supenosaurusu・6時間前
気になる。なんだったんだろう】
【ん@supenosaurusu・6時間前
後ろにいて、ドキドキした】
【ん@supenosaurusu・9月16日
どうしたら好かれるんだろう】
【ん@supenosaurusu・9月13日
昔も可愛かったけど、さらに可愛くなっている】
【ん@supenosaurusu・9月13日
目が合った気がする。やばい。可愛い。どうしよう。どうもできないけれど】
【ん@supenosaurusu・9月12日
自分って暗すぎ。だから嫌われるんだ】
【ん@supenosaurusu・9月12日
なんで生きているのかわからなくなる。自分なんていなくなってもいいのに】
【ん@supenosaurusu・9月11日
自分がいなくなったら泣いてくれるのかな】
【ん@supenosaurusu・9月10日
死にたい】
驚きの悲鳴をあげてしまった。
軽いいびきを立てていた父が、「んー……」と寝ぼけた声で、寝返りを打った。
私は慌てて口を塞ぐと、心の中で叫んだ。
(死にたい⁉︎ ダメだよ、そんなの絶対にダメっ!! 水都がいなくなるなんて、嫌!!)
すぐさま水都の家に行ってチャイムを鳴らし、命の尊さを訴えたい。水都がどんなに素晴らしい人間なのか、力説したい。
水都は私にないものをたくさん持っているのに、自己肯定感が低いなんてもったいない。
「どうにかしなくちゃ!!」
けれど、時計の針は十一時を回っている。こんな時間に水都の家には行けない。
もどかしい気持ちを抱えたまま、過去のつぶやきを遡って、水都の心を探る。
【ん@supenosaurusu・9月10日
告白現場を見られた。最悪】
「これって……高梨さんに告白された日?」
日付は、九月十日。高梨ひなに告白された日で間違いない。
「誰に告白現場を見られたんだろう? 私以外にも見た人がいるのかな? んー……もしかして、私?」
告白現場には、当人と私しかいなかったように思う。
私は隠れていたつもりでいたが、どうやらバレていたらしい。
SNSを勝手に見ていることといい、告白現場のことといい、覗き見している私がいる。
「水都、ホントごめん。でも、入学式の日まで読ませて」
水都のつぶやきは短文。指をゆっくりと上にあげてスクロールしていく間に読むことができる。
八月、七月、六月……時間が遡っていく。
四月に入り、三十日、二十八日、二十七日、二十五日……、そして、入学式があった四月八日にたどり着いた。
【ん@supenosaurusu・4月8日
やっぱりダメかも】
「どういうこと?」
意味がわからない。なにがダメだったのだろう?
前後のつぶやきから、想像力をフル稼働させて意味を探るしかない。
【ん@supenosaurusu・4月11日
僕ってダメ人間】
【ん@supenosaurusu・4月9日
人生って全然甘くなかった。苦さに溺れそう】
【ん@supenosaurusu・4月8日
やっぱりダメかも】
【ん@supenosaurusu・4月7日
ドキドキしすぎて眠れない。お腹痛い吐きそう頭痛い】
4月7日の【ドキドキしすぎて眠れない……】が一番古いつぶやきだった。水都はこの日からつぶやきデビューをしたらしい。
覗き見という背徳感にまみれながら読み進めたけれど、水都の気持ちを知るどころか、逆に迷路に迷い込んでしまった。
「入学式で私がいるのを見てどう思ったのか、書いていない。なんとも思わなかったのかな? 私は水都がいて、嬉しかったんだけど……」
仲が良かったのは、八年前の話。世界が広がれば、気持ちも変わっていく。水都は私のことなんて、どうも思っていないのだろう。
流しの水道から、水がポチャンと滴り落ちた。外を走る車の音が途切れ、父のいびきも静まっている。
私は寂しい気持ちで、寝室に戻った。