5、俺の最強歌魔法で勇者を倒す!
「やめろぉっ!」
砦で身を低くする獣人たちを見て、俺が思わず叫ぶと、
「えっ、お前――カナ菌?」
こちらに気付いた坂田が目を丸くした。
異世界に来てまで俺を菌扱いしやがって、本当に腹の立つヤツだ。
砦の上では負傷した獣人たちがこちらを指差し、
「魔王様だ!」
「あの男女は異世界から召喚した者か!?」
「われらを助けに来てくださった!」
口々に喜びの声を上げている。
だが坂田は意地の悪い笑みを浮かべた。
「さすが陰キャのカナ菌、魔王の配下かよ。序盤ですでに闇落ちとか笑えるじゃん」
「くそっ、見てろよ」
俺はしゃがんでMTRの電源を入れた。坂田はますます楽しそうに、
「何が始まるんだ? せっかく異世界来たのに文化祭?」
「ああ、お前より俺の方がヴォーカルにふさわしいって分からせてやるよ!」
エレアコを肩にかけ、軽くチューニングする。
「うわぁ興味ねえ。ロックとかマジだせぇ」
「は?」
俺は混乱した。
「坂田お前ヴォーカルやりたかったんじゃねーの?」
「いまどきロックとか流行らねえよ?」
「じゃあなんで――」
バンドで歌いたいから俺の座を奪ったんじゃないのかよ!?
坂田はくすくす笑いながら、
「お前が目ぇ輝かせて文化祭を楽しみにしてたから、ぶち壊してやったらおもしれーだろうなって思っただけ」
ひ、ひどい…… 俺は言葉を失った。マイクスタンドを握りしめて立ち尽くしていると、
「奏多――」
姉がうしろから優しく俺の肩に手を置いた。
坂田はまた光魔法を浮かべ、
「学校行事とかクソだりぃんだよ! 巨大光球!」
一段とでかい魔法球を俺たちに向けて放った。
「まぶしっ」
俺は思わず目をつむるが、それだけだった。
「何ともない、だと!?」
坂田が驚いている。間抜けな顔が愉快で俺は爆笑した。
「クハハハハ! 俺に照明当ててくれるたぁ気が利くじゃねーか!」
やべぇ俺ぜってー悪役だ。でもいいさ、この怒りを歌に込めるんだ!
「ヒナ姉、準備はいいか!?」
振り返ると、
「いつでもこいよ!」
左手でフライングVのネックを支えつつ、陽向が右手でサムズアップして見せた。
「おっしゃー! ミュージックスタート!」
俺は気合を入れてMTRの再生ボタンを押す。
ベースとドラムに合わせて陽向がエレキをかき鳴らすと、赤髪の姫騎士が、
「かっこいい……」
とつぶやいたのが口の動きで分かった。
「――この胸に渦巻く黒い炎
すべてを焼き尽くす――」
俺が歌い出すと空中から本当に黒い炎が現れ、坂田たちを襲った。ディネの姉だというエルフの少女が銀色の杖を虚空にかかげ、なんとか防いでいる。彼女を苦しめたくはないので、坂田だけをにらみつけて俺は歌う。
「――怒りも悲しみも飲み込んで
消し去るのさ、何もかも――」
炎はエルフの少女を避け、うしろに回って坂田を襲う。だが姫騎士の女性が赤く光る剣で炎を叩き落とした。
「――ロックンロールファイヤー
叫べ、思いのままに――」
「だっせー歌詞! お前が書いたのそれ?」
坂田は女の子たちに守備を任せてあざわらうのが役目らしい。
俺の書いた歌詞を馬鹿にしやがって許せねえ!
「――ロックンロールバースト
心に火を付けて――」
空からバリバリと轟音が降ってきて、稲光が出現する。
「――ロックンロールフレイム
届け、魂の詩!――」
俺がマイクスタンドを振り上げて最後の音を叫んだ瞬間、あたりが一瞬白一色に変わり――
バリバリッ、ドカ────ン!!
「ぎぃやぁぁぁっ!」
エルフの結界を突き抜けて、坂田の上だけに雷が落ちた。
「キャー、勇者様!」
ディネの姉が悲鳴を上げて坂田の横にひざまずく。
「エージ、しっかりして!」
姫騎士の悲痛な声に答えようとした坂田は、
「あばばばばばば……」
感電したのか、変な声を出してそのまま意識を失った。
エルフの少女が坂田の頭上に杖をかざしていると、どこからともなく帝国兵が馬でやってきて、坂田を回収していった。
「奏多殿、よくぞ我らの砦を守ってくれたのじゃ!」
「うわっ」
ディネが俺の腰に抱きついてきた! 身長は俺の胸ほどしかないが、ドキッとする。綺麗な銀髪をなでてみたいけど失礼かな? 魔王様だもんな? なんて考えていたら、
「奏多、よくやったな」
陽向にワシワシと頭をなでられたとき、砦の城壁から歓声が聞こえた。
「異世界から来た強い勇者を撃退したぞ!」
「歌魔導士様は我らの救世主だ!」
俺の胸から顔を上げたディネが、
「さあ、今夜は砦で宴じゃ」
にっこりとほほ笑んで俺の手を取った。褐色の肌に白い歯がまぶしい。
胸の高鳴りを悟られないよう、小さな手をそっと握り返す俺のうしろで、
「よっしゃー打ち上げ!」
陽向がガッツポーズをしている。うちの姉、黙ってりゃ美人女子高生なのに言動がおっさんみてぇなんだよな。
ディネの風魔法でふわふわと砦の城壁へ向かっていくと、獣人兵士の皆さんが拍手喝采で受け入れてくれた。
「歌魔導士の兄ちゃん、かっこよかったぞ!」
「あんなすげぇ歌魔法、見たことねえ!」
「迫力満点だったな!」
賞賛の言葉が雨あられと降り注ぎ、俺はつい頬をゆるませた。
やったね! 俺の歌がみんなの役に立ったんだ!
*
そのころ人族側の砦にある一室で、エルフの治癒魔法で意識を取り戻した坂田栄司はベッドに横たわって毒づいていた。
「くそっ、奏多のくせにいい気になりやがって」
意識を手放す寸前に見た奏多のやりきった表情を思い出すと、はらわたが煮えくり返る。
「あの笑顔をぺしゃんこにして挫折を味わわせてやりたい」
質素な木組みの天井をにらみつけた。
開業医の家に生まれた栄司は、いつも優秀な兄と比べられてきた。受験に失敗して公立中学に通うようになってから、両親の態度はさらに冷たくなった。サッカー選手になりたいなんていう夢は、打ち明けられるはずもない。
塾の模試結果を前にさんざん小言を言われた翌日、登校すると教室で和泉奏多が、友人たちに囲まれて愚痴を言っていた。
「うちの姉、イギリスのバンドのコピーやりたいとか言って、俺に英語の歌詞覚えろってうるせぇんだ」
なんともくだらない悩みだ。聞くともなく聞いていると、声変わりが落ち着いてきた途端、姉が洋楽のアルバムをたくさん聴かせてくると言う。彼女はハードロックの高音シャウトが好きだが、男性ヴォーカルしか認めないらしい。
「うちの両親イベント制作会社やってるだろ? 将来俺と姉のバンドをプロデュースできたら幸せとか言いやがってさ」
両親に夢を応援されているのか。全身の血が沸騰して息が荒くなる。
幸せな生活にあぐらをかいているあいつから、夢を奪ってやりたい――
栄司は暗い決意を心に宿したのだった。
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12,000字規定のあるコンテスト用に執筆したため、短編になっております!
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