4、勇者パーティの襲撃
「坂田栄司だって!?」
俺は立ち上がって叫んでいた。
「知っておるのか?」
ディネが大きな金色の瞳を見開いて、俺を見つめる。
「知ってるも何も! 俺が今一番ぶっ飛ばしたいヤツだよっ!」
「よかったな、奏多」
足元で陽向の声がした。姉に坂田の話はしていない。だが彼女は俺を見上げ、にっこりと笑った。
「合法的にぶっ飛ばせるぞ」
「うん!」
俺がこぶしをぎゅっとにぎりしめたとき、羽音が頭上に近付いてくるのが聞こえた。
「ディネ、大変だ!」
甲高い声がして見上げると、両手が羽になった人が空から舞い降りてきた。
「勇者エージ一行が北の砦にやってきた!」
「なっ、もう攻めて来たとは!」
ディネは小さな両の手のひらで、ぎゅっと椅子のひじかけをつかんだ。
「砦の獣人部隊が火矢で応戦してるけど、勇者の光魔法に押されているんだ」
伝令の言葉が終わらぬうちに、ディネは玉座から飛び降りた。
「歌魔導士召喚が間に合ってよかった! すぐに向かうぞ!」
「どうやって!?」
馬とか乗って行くのかな!? 俺、乗馬の経験なんかないぞ。
「わらわの歌魔法で向かう。そなたらの楽器――」
と言いながらディネは、俺が置きっぱなしにしているアンプやマイクスタンドに目を向けた。
「あれも一緒に持って行くぞ」
「持って行くって――」
機材を全部キャリーカートに乗せて、ゴムバンドでぐるぐる巻きにしなけりゃならないのだ。すぐに出発なんて出来っこない。
「わらわの歌魔法で風を操るから問題ない」
言うなりディネは、すぅっと息を吸いこんだ。
「――吹け、風よ、吹いておくれ
あの人のところまで――」
たおやかというのだろうか? ずいぶん古い印象の旋律を歌い出した。
「――わが想いを届けておくれ
たとえこの声が届かなくても――」
歌詞は遠距離恋愛を歌っているようだが、遠い国の民族音楽のようにも聞こえる。
「――春のそよ風は君を守るように
熱い夏風はわが熱情を語るように――」
あたりの風向きが変わり、渦を巻いて俺たちを取り囲む。
「――秋風は別離の涙を静かに冷やし
冬の木枯らしを越え君に会えるよう
吹け、風よ、吹いておくれ――」
「うわっ、浮かんだ!」
俺は空中で手足をじたばたと動かした。肩越しに姉を見やると、眉ひとつ動かさず腕組みしたまま宙に浮かんでいる。動揺してるの俺だけかよ!
「ちゃんとストリートライブのセットごと飛んでるし」
振り返るとアンプもMTRもマイクスタンドも、そのままの配置で空中を移動している。
「すげぇ」
俺は思わず感嘆の声をもらした。
「ディネの歌魔法、すごいんだな」
だが彼女は首を振った。
「わらわの歌魔法には攻撃力がないんじゃよ」
「いやそれでもさ! 生身でこんなふうに全身に風を受けて空を移動するなんて、夢みたいだ!」
見下ろすと遥か下に石造りの家々が並んでいる。城壁も見えるし見張り塔の上で旗が翻っているのも見下ろせる。高所恐怖症じゃなくてよかったぜ。
俺が魔族の街をながめていると陽向が、
「ディネちゃんは臨時とはいえ魔王なんだよな? 大将みずから敵地へ出て行って大丈夫なのか?」
意外とまともな質問をした。
「わらわにはエルフの血が流れておるから光魔法は効かぬのじゃ」
「それ、俺とヒナ姉には――」
「もちろんそなたらにも無害じゃ。安心しておくれ」
坂田の攻撃が俺に効かないってのは気分がいいな!
ニヤニヤしながら見下ろすと、街は終わって森が広がっている。その先に石造りの砦が見えてきた。城壁の上に陣取っているのは、筋骨隆々とした狼みたいな獣人。皆いっせいに火矢を放っている。
その矢が向かう先には――
「あいつ、坂田!」
堂々と仁王立ちして巨大な砦を見上げる勇姿は、魔王城に挑む勇者そのもの。目に見えない結界に阻まれているのか、火矢は全て坂田に届く前に地に落ちてしまう。
「くそーっ、美少女二人はべらせやがって!」
顔の造作まではっきり見えるわけじゃないが、坂田のうしろには銀髪で色白の女の子と、赤い髪の姫騎士っぽい服装の女性が立っていた。いかにもラノベのハーレム主人公っぽくて腹が立つ。
「なんだ奏多、こっちだって美少女二人いるじゃないか」
陽向がしれっとした顔で言いやがった。血のつながった姉はハーレム要員になんねぇんだよ!
「銀髪のほうは――」
ディネが沈んだ声で話し出した。
「わらわの姉なのじゃ」
「えっ!?」
でも肌の色全然違うよな、と思っていると、
「姉はわらわと違ってエルフの遺伝が強く出たのじゃよ」
とディネが説明した。
「じゃが我ら二人とも混血ゆえ、エルフの里では迫害されて逃げた身じゃ。今は敵として相まみえることとなってしまったがの」
俺はなんて声をかけるべきか分からなかった。さっきディネが歌っていたのは姉への気持ちなんじゃないかと思ったとき、
「魔物どもめ! 俺が一発浄化してやるぜっ!」
坂田が砦に向かって吠える声が聞こえた。
俺は慌てて、
「ディネ、坂田たちにもっと近付けないか!?」
「分かったのじゃ」
だが俺が止める間もなく、
「灼熱光!」
坂田の叫び声と同時に彼の前に光の球が現れる。坂田はそれを思いっきり蹴り上げた。
「行けぇぇぇっ!」
「やめろぉっ!」