3、魔王様が俺を召喚した理由
「一度に訊くでない。順を追って話そう」
褐色の肌に銀髪がまぶしい少女は、可愛らしい声にそぐわない口調で答えた。年のころは俺より二、三歳下だろうか? 髪の間からとがった耳がのぞいている。
「それよりおぬしの連れじゃが―― まだ演奏は終わらぬのか?」
「あ、ヒナ姉? ギターソロに命かけてるから放っておいていいよ」
「ちと音量が大きすぎはせぬか?」
俺と少女がいる場所はアンプから離れているので、たいした音量ではない。
「もしかして君、ロック聞き慣れてない?」
「ロックというのか。この音楽は」
うなずく俺に、
「驚くほどの威力を持った歌魔法じゃ」
「歌魔法?」
聞き返してから俺は思い出した。
「さっき客の誰かも歌魔導士とか言ってたよな?」
「うむ。そなたは歌魔法が操れる貴重な歌魔導士ゆえに、我らが召喚したのじゃ」
「まじ……?」
いやいやラノベや漫画で異世界に召喚される話は時々読むけれど、歌魔法なんて初めて聞いたぞ?
詳しい説明を求めようとしたとき、
「くぉら奏多ぁ! どうしてアタシのソロ中にいなくなっちゃうんだ!」
片手で愛用のエレキ「フライングV」を支えながら、陽向が大股で歩いてきた。
「あ、悪ぃ悪ぃ。この子が色々説明してくれるって言うから」
「『この子』じゃない」
銀髪の少女が不機嫌な声を出す。
「わらわはディネリンド。現在、臨時で魔王を務めておる」
「魔王!?」
驚いて大きな声を出す俺を、陽向がしげしげと見つめる。
「そんなに驚くことか? 奏多、よく見てみろ」
消火活動を終えて俺たちを囲む異形の人々を振り返る。
「ここはどう見てもアタシたちの知ってる世界じゃない。魔界っぽい場所で玉座に座っている人物といったら、魔王以外ないだろ?」
「ヒナ姉、すんなり状況を受け入れすぎじゃね?」
あきれる俺。姉の肝が据わってるのは知っていたが、ここまでとは!
魔王ディネなんとかは、ふっと小さく息を吐き、
「まあ落ち着いていてくれたほうが助かるがな」
大人び溜息をついて、目を伏せた。
「ハッハッハ、褒められたな! アタシは陽向だ。魔王のお嬢ちゃん、よろしくな」
姉は親しげに右手を差し出した。この世界にも握手の習慣ってあるのかな?
ディネなんとかは姉の手を握り返すことはせず、
「わらわは仮の魔王じゃ。魔王と呼ばれとうない。ディネリンドと呼べ」
「ディ?」
目を白黒させる陽向に、
「ディネでよい」
にこりともせずにディネは告げた。
「ディネさん、俺の名前は奏多です。さっきから仮とか臨時とかどういうことですか?」
「ディネでよいぞ、奏多。長いあいだ魔界では、もっとも強い闇魔法を使える者が魔王となり、その次に強い四人の者が四天王として魔王を支えていた」
ディネが語り出すと、陽向は石畳の上にあぐらをかいた。俺の方を向いて、トントンと横の地面をたたくので、仕方なく俺もとなりで体育座りをする。
「何百年もかけて我々魔族は闇魔法で人族を北へ北へと追いつめ、南のあたたかく住みやすい土地に領土を広げてきた」
そうなんだ。漫画なんかでは魔族が北方の不毛の地に住んでいるイメージがあるけれど、人間より強いなら肥沃な大地を手に入れる方が自然だよな。
「だが人族も数百年間、我々に対抗する手段を研究しておった。そして約百年前、光魔法を開発したのだ」
「魔族の闇魔法に対して、人族の光魔法か」
「うむ。闇魔法は魔族には無害で人族には滅びをもたらす。光魔法はその逆じゃ」
俺と陽向がうなずくのを確認してから、ディネは続きを語り始めた。
「最初のうちは光魔法の威力は恐るるに足らぬものじゃった。ちょっとした火傷程度だったのじゃ。だが人族領に現皇帝が誕生してから、光魔法の研究は一気に進み、人族は異世界から光魔法に長けた勇者を召喚する術を生み出した」
「えっ……」
ってことはまさか俺、人間が召喚した地球人である勇者と戦わなくちゃいけないんじゃ!? しかもどう考えても、勇者の方が主人公だし……
がっくりと肩を落とした俺に気付いているのかいないのか、ディネは淡々と語り続けた。
「十年前に召喚された勇者により魔族領は甚大な被害を受け、領土の半分を明け渡した。そして停戦条約を結んだのじゃ。その条件が――」
ディネの顔が苦しそうにゆがんだ。
「闇魔法を捨てることじゃった」
「捨てる?」
オウム返しに尋ねると、
「ああ。我々魔族は巨大な闇魔石から力を借りて闇魔法を使っておった。歴代の魔王と四天王の仕事は日々、闇魔石が暴走せぬよう管理することじゃった」
なんか意外と大変そう。
「闇魔石の封印は我々にとっても利益があったのじゃよ。それで五年前、当時の魔王が闇魔石を封じて、共に眠りについたのじゃ」
「それでディネは臨時の魔王ってことなのか」
「うむ。闇魔法を失った今、歌魔法を使えるわらわがもっとも人族に対抗する手段を持っているからな」
俺は驚いて、玉座に座ったディネを見上げた。
「歌魔法、ディネも使えるんだ!」
「歌魔法はもともとエルフに伝わる魔法でな、わらわはダークエルフとエルフのハーフなんじゃよ」
「ちょっと待って」
それまでだまって聞いていた陽向が声をあげた。
「魔族側だけが対抗手段を失うって、ずいぶん人間側に都合のいい停戦条約に思えるんだけど?」
ディネは陽向に顔を向け、
「人族側は勇者を召喚する魔法陣を破壊するのが条件じゃった。魔族側の大使が目で見て確認したのじゃが――」
「まさか破壊されてなかったの?」
俺の問いにディネは難しい顔をした。
「真相は分からぬ。ただ人族領に忍ばせてある斥候から報告が入ったのじゃ。人族の皇帝が異世界から勇者を召喚したと」
沈黙する俺の代わりに陽向が尋ねた。
「その異世界ってのは、アタシたちのいた地球なのかい?」
「分からぬ。ただ勇者の名は、わらわたちには聞き慣れぬ発音じゃった。確か―― エージ・サカタと言ったかの」
「坂田栄司だって!?」
俺は叫んで立ち上がっていた。