2、異世界人に歓迎されて初ライブ!
「奏多、文化祭でやる曲決まったのか?」
夏休みに入ったある日、姉の陽向が俺の部屋をのぞいた。
「ライブなくなったから」
俺はぶっきらぼうに答えて、ベッドの上で寝がえりをうった。スマホにインストールした、面白くもないゲームアプリに指をすべらせる。
「そっか」
陽向は驚かなかった。多分、気付かれてたんだ。俺はまったくエレアコにさわらなくなったし、去年は毎日行っていた夏休み中のパソコン部活動にも顔を出していない。
「だったらさ、アタシと路上ライブしない?」
俺はとっさに返事できず、スマホのゲームに集中しているふりをしていた。
陽向は高校で軽音楽部に入っているし、ギターもベースも弾ける。そもそも俺がロックに目覚めたのも、姉の影響だった。
「アタシとならコピバンじゃなくて、あんたのオリジナル曲できるよ」
俺はうっかり顔をあげた。キャミソールにホットパンツという夏本番みたいな格好をした姉が、日焼けした美貌に微笑を浮かべていた。
「俺の曲、弾いてくれるの?」
「ああ。パソコン部で打ち込みしてるんだろ? ギターパートはアタシがもっとかっこよくアレンジしてやるけどな!」
そんなこんなで乗せられて、俺は姉と路上ライブをすることになってしまった。
パソコンで打ち込んだドラムパターンのMIDIデータを、姉が持っていたドラムマシン内蔵MTRに流す。俺の書いたコードを見ながら姉がベースを演奏し、MTRに録音する。
完成したベースとドラムのデータをアンプから流せば、ギターヴォーカルの俺と、フライングVをかき鳴らす姉の二人だけでも一応ライブができる。
だが待ちに待った路上ライブの日、俺は開始数秒で雷に打たれて意識を失ったのだった。
*
「やったー! 歌魔導士様の召喚に成功したぞ!」
「すごい! 楽器ごと転移してきた!」
「見たことない楽器じゃないか。異世界の楽器だよな?」
「ちょっと待て、二人もいるじゃないか!」
「二人とも歌魔導士様なのか?」
騒がしい。
両手でマイクを握ったままマイクスタンドにもたれかかっていた俺は、ゆっくりと目を開いた。
しめった生暖かい風が頬をなでる。足元のMTRはそのままだ。うしろにはアンプも見える。だが地面はコンクリートではなく石畳。しかも俺は、魔法陣としか思えない紋様の中心に立っていた。
声のする方に目をやれば、少し離れたところに人々が集まって騒いでいる。
まるでハロウィンの仮装のように、ある者は二本足で歩く獣の姿、悪魔のようにとがった耳を生やした者もいるし、尻尾の生えた人間もいる。
異形の人々のうしろに見慣れた駅舎はなく、石造りの巨大な神殿のようなものが建っていた。
「奏多、大丈夫か?」
「えっ」
聞き慣れた声に振り返れば、俺を心配そうに見つめる姉陽向の姿。
「うん――」
返事をしたものの、どこから訊けばよいか分からない。いや、姉に訊いたところで、埒が明かないか?
「奏多、歌えそうか?」
「え、まあ」
質問の内容、それ!?
「雷の音も聞こえないし、お客さんいるし、ライブ再開するか!」
はぁぁっ!?
俺は驚きのあまり開いた口がふさがらない。
見上げた白い空に稲妻は見えないが――
ギャラリーがざわめきだした。
「演奏、再開するみたいだぞ!」
「わー、異世界から来た歌魔導士様の音楽が聴けるなんて!」
「楽しみ!!」
すごく期待されている。異世界とか歌魔導士とかよく分かんねえけど、お客さんがいるなら俺にできるのは歌うことのみ!
「ライブ再開だな!」
俺は足元のMTRに指を伸ばして、再生ボタンを押した。
「よっしゃー! アタシのギターテクを聴かせてやるぜっ!」
姉が無駄にジャンプして、イントロのリフを弾き始めた。
俺も指先にはさんだピックで、エレアコの弦をなで始める。コードを押さえることで歌の音程が取りやすくなるのだ。
イントロが終わっても、今度は雷なんて落ちなかった! いよいよ俺の歌を聴いてもらえる!
「――この胸に渦巻く黒い炎
すべてを焼き尽くす――」
姉がかき鳴らすハードなリフに乗って、俺は歌い出す。坂田に邪魔されて文化祭で歌えなくなった悔しさを、エイトビートに乗せて吐きだすんだ!
「――怒りも悲しみも飲み込んで
消し去るのさ、何もかも――」
胸の奥にわだかまるいら立ちは誰にも話せないのに、ロックに昇華すれば伝えられる。
「――ロックンロールファイヤー
叫べ、思いのままに――」
サビに入ると陽向もコーラスを入れてくれる。
「――ロックンロールバースト
心に火を付けて――」
そのとき、まるでプロのステージみたいに、うしろの空間から炎が出現した。ファイヤー演出!? 特殊効果!?
振り返るわけにはいかないので、俺はマイクに向かってシャウトする。
「――ロックンロールフレイム
届け、魂の詩――」
汗がこめかみを流れてゆく。うしろから炎に煽られているから、めちゃくちゃ暑い!
ギュイィィィン! と陽向がのけぞって、ギターソロを弾きだした。
間奏になって気が付いてみれば、異形の観客たちは右往左往して火消しに必死になっている。
「一体何が起こっているんだ?」
思わずつぶやいたひとりごとを、マイクが拾った。
「説明しよう」
頭の中に直接声が響いてくる。驚いて視線を巡らせると、人垣の向こう――神殿前に置かれた立派な肘掛け椅子に座っている小柄な少女が、手を振っているのが見えた。
自分の世界に入り込んでソロを弾いている陽向は放置して、俺は人々の間をかき分け少女に近付いた。
「一体何が起こってるの? それから、ここはどこ?」
次回ヒロイン登場!