1、路上ライブ中に異世界転移!
夏休みも残り一週間。夕方の駅前は、若者の集団や家族連れでにぎわっている。
「奏多、準備できたか? アタシのほうはセッティング完了だぜ」
お気に入りのエレキギター「フライングV」を肩にかけて、姉の陽向は親指を立てて見せた。彼女の足元には電池駆動式のアンプとエフェクターがシールドケーブルでつながれて並んでいる。
「こっちもオッケーだよ」
俺はエレアコのネックを握りしめてうなずいた。初めての路上ライブに胸が高鳴る。
「よしっ、じゃ始めるか」
陽向がウインクしたとき、彼女のうしろの空に稲妻が走った。遅れてゴロゴロと、遠くで雷鳴がとどろく。
「夕立ちか?」
陽向は曇天を振り仰ぎ、
「危ないな。延期した方がいいかも知れないぞ」
「えぇぇっ!?」
俺は思わず声をあげた。まるで目の前のおやつを取り上げられた子猫の気分だ。
「どうしていつも俺のステージはなくなっちゃうんだよ!」
「泣くな泣くな」
陽向はニッと笑って、あたたかい手のひらを俺の頭に乗せた。
「まだ遠いみたいだし大丈夫だろう。さっさと始めちまおう!」
「うん!」
俺は両手でエレアコを浮かせつつ足元のMTRの前にしゃがんだ。
「じゃ、スタートするよ!」
「おう!」
再生ボタンを押すとアンプから、MTRの内蔵ドラムマシンが奏でるスティックの音が響いた。
『カッ、カッ』
「ワン、トゥー、スリー、フォー!」
陽向がハスキーボイスでカウントして、リフを弾き始める。
いきなり降って湧いた騒音に、数名の通行人が振り返った。
よっしゃ、見てる見てる!
俺も自分で打ち込んだドラムマシンのリズムに合わせて、エレアコをカッティングする。
八小節のイントロが終わりに差しかかり、いよいよ歌い始めようとスタンドのマイクを握ったとき、
ゴロゴロゴロ――
空が破裂するかのような雷鳴とともに、
カッ!!
あたり一面が金色の光に包まれた。
「うわぁぁぁっ!」
全身が感電したかのような衝撃を受けて、俺は叫んでいた。
「奏多!」
すぐうしろで姉の声が聞こえたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
*
本当は、姉とバンド活動なんてするはずじゃなかった。
中学二年の一学期、俺は文化祭でライブイベントをするべく実行委員の許可を取り、友人たちに声をかけてバンドを結成した。
俺の夢はロックバンドのヴォーカリストとしてデビューすること。今から経験を積んでおくんだ!
文化祭は九月下旬だから、夏休みに入ったら本格的に練習を始めたい。放課後にメンバーと集まって曲決めをしたり、バンド名を考えたりしていた。
だがある日の休み時間、メンバー三人が気まずそうな顔をして俺の机にやってきた。
「和泉くん、悪いんだけどバンドから抜けて欲しいんだ」
「はぁっ!?」
意味が分からない。
「抜けるってなんだよ? 俺の作ったバンドだろ?」
驚いて立ち上がったとき、三人のうしろでニヤニヤと笑っているヤツに気が付いた。
坂田栄司。サッカー部のエースで運動神経抜群。カースト上位で背も高く、顔も悪くないから女子からも人気がある。
「よぉ、奏多」
坂田は馴れ馴れしく下の名前で呼ぶと、うつむいている三人を押しのけて俺の横にやってきた。
「この三人が俺に歌ってほしいって言うのさ。悪いけど君は抜けてくれないかな?」
「お前ら本当なのか?」
俺の問いにメンバー三人は目も合わせず、
「坂田くんが歌いたいって言うから――」
消え入りそうな声で答えるだけ。
「そういうこと!」
坂田はニーッと唇を笑みの形に吊り上げた。
「奏多も分かるだろ? 音楽なんてモテるためにやるんだ。俺が歌った方が女子が喜ぶんだよ」
「ふざけんなよ」
俺は坂田をにらみつけた。
「モテるためにやるんじゃねぇよ、音楽は」
「熱くなるなよ、奏多」
意地の悪い笑みを浮かべて、坂田はひらひらと手を振った。
「じゃ、そういうことだから。実行委員の女子にも伝えてあるし、お前は陰キャらしく指くわえて俺のステージでも見てな」
「クソッ!」
俺は頭に来て机の足を蹴った。
そう来るなら俺はまたみんなに声をかけて、新しいバンドを組むだけだ!
だが次の休み時間から、なんとなくクラスメイトがよそよそしくなった。
放課後も誰も話しかけて来ない。パソコン部の連中が普通なのだけが救いだった。
翌日になると状況はさらに悪化した。
「おはよう」
下駄箱で同じクラスのヤツに声をかけたら、ビクッと肩を震わせて逃げて行った。
「なんだあれ」
教室に入ると、男子全員がよそよそしい。
「おはよう」
恐る恐るとなりの席に座る女子に声をかけたら、彼女は普通に俺を見上げて、
「おはよー、和泉くん」
と答えてくれた。
だがそれに気付いた前の席の男子が振り返って、
「うわっ、こいつ和泉と話した! カナ菌に感染したぞ!」
大げさな声ではやし立てた。
「カナ菌だ、あいつカナ菌だ!」
ほかの男子も彼女を指差して騒ぎ出す。
なんだカナ菌って? あ、まさか俺――奏多の菌ってこと?
「男子、馬っ鹿じゃないの?」
となりの席の女子が、騒ぎ立てる男子の一群を軽蔑のまなざしでにらみつけた。
「和泉くん、気にしない方がいいよ」
「うん」
答えたものの、気にしないのは無理だった。
休み時間にトイレの前ですれ違った男子が、俺を見ただけで、
「オエーッ」
と吐く真似をする。
用を足して教室に戻ってくると、男子たちが俺の消しゴムを投げ合っていた。消しゴムが肩に当たったヤツを指差して、
「お前、カナ菌ついたー!」
と、くだらないゲームをしていた。
給食時間には、俺の配る八宝菜を男子全員が拒否した。
放課後になるとイジメはほかのクラスにも伝播していて、パソコン部の連中まで俺と目を合わせなくなっていた。
「坂田のヤツ、陰湿なんだよ!」
俺は負けじと学校に通い続けた。だが終業式を目前にしたある日、ふと何を頑張っているのか分からなくなった。
今の状況ではもう、学校でバンドを組むことはできないだろう。
「学校、行かなくてもよくね?」
朝、一人きりの自宅で俺はポツンとつぶやいた。
高校生の姉陽向は電車通学だから、すでに出かけていた。
イベント制作会社を運営する両親は、世界的に伝染病が流行ってから経営が傾いて、今はネット上のイベントも取り入れて頑張っているらしいが、しょっちゅう事務所に泊まり込んでいる。
「もう一度寝よ」
俺はベッドにダイブした。
※エレアコ:エレクトリックアコースティックギターの略。アコギだがアンプから音を出せる便利なヤツ。
※MTR:録音と再生ができる機材の一種。
─ * ─
次回、異世界に転移して初ライブします!
異世界の人々の反応は!?