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1話 プロローグだよ


「……また失…した。この惨劇を回避……には……もう一度……れば。うん、そうだね……リスクはある。でも――次こそはきっと――――」


 ノイズ交じりの言葉を僕は確かにこの耳で聞いた。

 いや頭の中で反芻(はんすう)しただけであろうか。


 意識が芽生えたての僕にはその判断も付かない。

 言葉の意味はなんとなく頭で理解できる。だがその真意がまるで分からないのだ。


 惨劇? リスク? 次?


 鈴の鳴るような可愛らしい少女の美声が誰のものなのかも気になるし、僕の小さな頭の中は、はてなマークでいっぱいである。


 でもまぁ、そんな深く考えなくても良いよね。



 だって僕――まだ産まれてすらない(・・・・・・・・)し!



 コポコポと酸素を送り込んでくる呼吸器と僕の小さな身体を満たす成長促進液が頭脳労働の疲れを優しく癒す。


 くぅ~これだよこれ! この溶けちゃいそうな生ぬるい感じ!

 もう最高。ずっとここでこうして居たい。死ぬまで……じゃなくて産まれるまで一生ここから動かないからな。いやむしろこの空間に留まるためならば産まれなくていいまである。


 辺りを見ますと僕と同様、胎児カプセルの中に入った赤ん坊が気持ちよさそうに眠りについていた。

 僕はそいつらを勝手に一号二号三号と呼称しているのだが、先程ついに目を開けた七号と思いっきり目が合う。


 ――ふっ、馬鹿な奴め。そのまま目を閉じていれば楽園から追放されることも無かったろうに――


 僕は意識が芽生えたここ二週間程、慎重に観察を続けていたのだ。その結果判明したのが以下の事実。

・この空間には時折、いずれかの赤ん坊の両親と看護師【以下敵】又は医者【以下強敵】が様子を見にやって来る。

・敵は僕らをカプセルという名の楽園から追放するその瞬間を今か今かと待ち望み、強敵は少しでも赤ん坊が隙を見せれば次の瞬間カプセルを開けるという愚行を犯す。

・どうやら赤ん坊の目が開いたら楽園追放……ていうか産まれる準備が整ったという合図らしい。


 つまりはその小さな瞳で僕にガンを飛ばして来ている七号はじきに楽園から追放されるという事だ。

 哀れ七号。恨むなら楽園だけで一生を完結させない神とやらを恨むんだね。


 ちなみに僕は敵や強敵が来たら即目を瞑るから心配ない。いつまででもこの空間にしがみついてやるから覚悟しておけ。


 そうして七号に憐みの視線をぶつけていたら、扉の奥から敵の声が聞こえて来た。真っ直ぐこちらに向かって来る。


「――という事でして、予定日から二週間程度の遅れはよくある事なので心配はご無用でございます。気長にお待ちください」

「ふふふー! そうなのねー。安心したわー! 私達の赤ちゃんったらお寝坊さんなんだから。一体誰に似たのかしら?」


 電子式の扉が開き、室内に明るい照明が灯る。

 僕は慌てて目を閉じて、死んだフリならぬ産まれてないフリを敢行。


「誰ってあたしだとでも言うのか? ったく学院の入学式に遅刻した主席様は言う事が違うねぇ」

「あーまたそれ言ったー! だからアレは悲しい事故――ってうわぁ! この子目を開けてるよ可愛いー!」 


 七号が捕まったか。

 ――声から推測した――推定三名の敵は七号の前でワーワーと騒ぎ立てる。


「先生特別ルームの赤ん坊が一人開眼しました! 至急いらしてください!」


 ちっ、七号め。君のせいで敵だけでなく強敵までやって来るじゃないか。

 まぁこれまで僕の狸寝入りは一度だってバレてないから今回も大丈夫だろう。


 強敵はすぐにやって来た。

 七号のカプセルを開け、七号を取り出す。すると例に洩れず七号はわんわんとやかましいくらいに泣き喚く。


「さて、この子はこれで大丈夫。君、親御さんへ連絡は?」

「既にしています! 一時間後には病院にいらっしゃるそうなので産湯に入れてきますね」

「うむ、頼んだよ」


 コツ、コツ、コツ


 七号を連れて離れていく足音と反対に、強敵の靴と床がぶつかり合う音が少しずつこちらに近付いて来るのが分かる。


 何故だ!? 仕事は終わっただろう!? いつもならサッサと帰るくせに何故今日はここに居座る!?


「いやーそれにしても良いタイミングでいらっしゃいましたなウェザーズ公爵、そしてその配偶者殿。お二人のお子さんも遂に目を開けましたぞ」

「「ホント(か)!?」」


 なんてこったまだ楽園から追放される愚か者がいたとは。

 じゃあパッパとその愚か者を産んでやってくれ。そして早く僕の平穏を返しておくれ。 


「このご時世、実の子の誕生の瞬間を両親二人で立ち会えるなんて奇跡滅多にありませんからな。いやいやおめでとうございます」

「ふふふー! ツバキちゃんが今日な気がするって言ったのー! 当たるものねー! まぁここ最近、三日に一回はそう言ってた気がするけど」

「最後の一言は余計だろ。まぁなんだ。へへ、今日はなんだかこの子が呼んでる気がしたんだ。ほら、あたしの直感も捨てたもんじゃねぇだろ?」

「では、成長促進液を抜いてカプセルを開けますぞ」


 プシュ―


 そんな音が聞こえたと思ったらグングンと僕を満たす液体が下降していく。

 そしてカプセルが開くと、外の世界の淀んだ空気が僕の肌を撫でるではないか。


 まさか楽園から追放されるのは僕!?


 あ、ああああ有り得ない。敵がいる時は頑として目を閉じていたし、それどころか怪しまれないよう指一本動かしていないはずだ! なのにどうして!?


「いやー、たまたま監視カメラの映像を見ていたらこの子が開眼しましてね。どうやらとても寝るのが大好きなようで発見が遅れる所でした。どうぞご両親で抱いてあげてください」


 監視カメラだと!? なんて卑劣な!!

 さしもの僕でもそれには気付けない。


「わぁー! これが私達の子……!」

「あ、あたしにも抱かせてくれ! よっと。思ったより軽いな」

「ぜったい、ぜーったい落としちゃダメだからねー! この子はツバキちゃんの百万倍繊細なんだから」

「落とさねーって。ほらツバキママだぞー! んでこっちのやかましいのがアイシャママだ!」  


 食事トイレ必要無し。睡眠し放題。病気やケガのリスク極めて低。

 まさに全赤ん坊が理想とする空間を突如失った僕は全てを諦めて瞳を開ける。そして僕を抱く敵――いや両親である二人の女性の姿を目に焼き付けるなり、なんだか悲しくなって大泣きした。


 やれやれ、楽園を追放された赤ん坊が例外なく泣き喚く理由がやっと分かったよ。

 全てに守られているようなあの全能感。あれをいきなり失って外の世界に放り出されればそりゃ誰だって泣くわ。


「うわ、どどどどうしよう。取り敢えずアイシャパス!」

「もうツバキちゃんったら。ほらほらアイシャママですよー! ふふふー! 私達の子供として生まれて来てありがとう――リリアちゃん」


 いつの間にか先程の謎の言葉は記憶の彼方へと消え去っていた。

読んでいただきありがとうございます。


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