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炎王の使者  作者: たき
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(7)

 学院へ戻ったミューはケローネー教官のもとへ急いだ。ちょうど空き時間だったので、ケローネーはすぐに分析に取りかかり、翌朝には結果が伝えられた。

 日焼け止めにはやはり毒物が使用されていた。エルライ湖の底に生えているプテースケレ草という毒草の汁が含まれていたのだ。

 エルライ湖の水の中で生きるため、水の『治癒の法』はおろか、エルライ湖の霊水で作った薬でも草の毒は消せない。最悪の答えにミューたちはあせった。イオタには治療法を調べている最中だからとごまかしたが、なかなか良案は浮かんでこなかった。

 ミューはファイと一緒に毎日図書館にこもった。水の法以外で治す方法が必ずあるはずだと、さまざまな書物をあさった。これはと二人が取ってきた本を、タウたちが書き写す。また同期生で一番知識が豊富なカルフィー・リベルにも相談した。

 そこへローがさらに悪い報告をもってきた。登校時間だったせいでイオタの顔を見た生徒は多く、交流戦を心配する声が出始めたのだ。何日も休んでいるのは治らないからだ、このまま治る見込みがないのなら、『黄玉の姫』の投票をやり直すべきだと。

 言いだしたのは黄玉の投票で二位になったプラムで、ヘイズルをけしかけて署名を集めているらしい。生徒の半数以上の署名が集まれば再選が決定してしまう。

 ミューは家に帰ってからも文献を読み続けた。日ごとに顔色が悪くなっていくミューをラムダは心配したが、ミューはやめようとしなかった。そしてある日の放課後、ミューはカルフィーの助言を受けて探した一冊の本を、ファイに開いてみせた。

 それはイオタの守護神である炎の神の力を借りる方法だった。浄化の炎を作り、それを浴びることで毒をすべて消し去ろうというのだ。

 材料はすべてレオニス火山にそろっている。問題は、願う本人が集めなければならないということだった。そうしないと、炎に入ったとたん体が焼けてしまうのだ。

 手を貸すことはできないが、一緒についていくことはできる。みんなにも提案して承諾を得たミューは、イオタの家に向かった。

 扉をたたいても返事がなかったので、寝ているのかとミューは静かに部屋に入った。

 イオタはミューに背を向ける形で寝台に腰かけていた。ミューが声をかけると、イオタが肩をはね上げてふり返った。さっと隠された手紙に嫌な予感を覚え、ミューはイオタから手紙を奪った。

 そこにはイオタを中傷する内容や、投票のやり直しが近いことなどがびっしり書かれていた。ミューは手紙を破いてごみ箱に捨てようとしたが、似たような封筒でごみ箱がいっぱいになっていることに驚いた。

「毎日届いていたの?」

「朝晩欠かさずね」

 投げやりな調子で吐き捨てたイオタは、立ちつくすミューをあおいだ。

「再選するのね」

「まだ決まっていないのよ。だからそれまでに治しましょう」

「むだよ、もう……方法はないわ。ミューの疲れた顔を見ればわかるもの」

「あきらめないで、イオタ。黄玉の座を渡してもいいの? タウと並んで代表として出たくないの?」

 ミューはイオタの肩を揺さぶったが、イオタはかたく唇を結び、視線を落とした。

「今日、方法を見つけてきたの。本当は私たちが取りにいければよかったのだけど」

 ミューはタウが書き写した紙をイオタに渡して説明した。途中までは身を乗り出して聞いていたイオタだったが、仲間と行くことに関しては激しく拒んだ。

「嫌よ。絶対に嫌」

「でもイオタ、一人では危ないわ。私だけではあなたを守れない」

「嫌なものは嫌なのっ」

「イオタ、お願い」

 どんなに頼んでも、イオタは首を縦に振らなかった。

「こんなみっともない顔、見せたくない。これ以上みんなに嫌われたくないの」

「私たちは姿形で人を判断したりしないわ。シータの髪のことだって、そうだったじゃない」

 だがイオタはかぶりを振った。

「だって、いまさら何て言えばいいの。さんざん話し合いを無視して、誕生会まですっぽかしたのに」

「後悔しているならあやまればいいわ。みんな、イオタのことを心配しているのよ。治す方法をずっと考えてくれていたの。だからイオタ、みんなと一緒にレオニス火山へ行きましょう」

 ミューが何度説得しても、イオタは承知しなかった。結局その日はあきらめて、ミューはイオタの家をあとにした。

 翌日の昼休み、ミューは廊下を歩きながらタウとラムダにイオタのことを話した。

「気にするな……と言っても無理だろうな」

 自信をもっていたところを正面からたたき壊されたんだから、とラムダがため息をつく。

「それは違うわ。イオタは負けず嫌いだけれど、その分努力も人一倍しているの。一度周りからもちあげられたことは、維持しようと一生懸命になるのよ」

 だからこそ、イオタに日焼け止めを送りつけた犯人は許せないとミューは憤然と言った。

「しかしイオタが動かないとなると、別の方法を考えないといけないな。どうする?」

 ラムダに視線を投げられ、黙り込んでいたタウが口を開こうとしたとき、角を曲がってきたレムナとぶつかった。

 レムナは相手がタウだと知って瞠目した。そのまま走り去るレムナに眉をひそめたタウは、靴の裏にやわらかい感触を覚えて下を見た。

 手紙が落ちていた。足跡をつけてしまった手紙を拾ったタウが何気なく裏返すと、あて先にイオタの名前が書かれていた。

「タウ、それ見せて」

 ミューははっとしたさまで手紙を取ると、封を切った。文面をにらみつけ、唇をかむ。ラムダとタウはミューの行動をいぶかるように互いを見合った。

「ミュー、いったいどうしたんだ?」

「このところ毎日、イオタに嫌がらせの手紙が届いていたの。どこかで見た字だと思っていたのだけど……レムナだったんだわ」

 同じ水の法専攻生の犯行にミューは気色ばんだ。もしかしたら、日焼け止めを持っていったのもレムナかもしれない。

「なんであいつがイオタに?」

「アレクトールよ。レムナは彼が好きなの。でもアレクトールはいまだにイオタに熱を上げているから、それできっと……」

「そんなことで、あんなひどいものを送りつけるのか?」

 理解できないとあきれるラムダに、ミューは薄紫色の瞳を揺らした。

「するわ。それくらい相手のことが好きなら」

 そこへローが暗い表情でやってきた。

「再選が決まったよ。休み明けにすることになった」

 三人は顔を見合わせた。

「次の休みが最後の機会か」

 こぶしを口元に当ててつぶやいたタウは、一呼吸おいてミューをかえりみた。

「今日、イオタと話をしてみる」

「お願いね、タウ。私はレムナと会うわ」

 ラムダはミューと行動をともにすることにし、ローは投票の用意があるからと別れた。



 放課後、水の法専攻生の更衣室に入ったレムナは、自分の棚を開けるなり悲鳴をあげた。『落とし物』と書かれたイオタあての手紙が入っていたのだ。

 犯人がまだ近くにいると警戒したのか、更衣室の扉を開けて外の様子をうかがってから出てきたレムナの前に、ミューが立った。

「やっぱりあなただったのね」

「な、何のことよ?」

「とぼけないで。イオタに毒入りの日焼け止めを送りつけたり、嫌がらせの手紙をしつこく届けていたのはわかっているのよ」

「知らないわっ」

「そう? それならイオタの部屋にあった日焼け止め、今すぐここでつけてもらえる?」

「なんで私がそんなこと……」

「身に覚えがないなら、怖がる必要はないはずでしょう?」

 おびえた容相で扉にはりつくレムナにミューは詰め寄ると、ポケットから日焼け止めを取り出した。

「や、やめてっ」

 日焼け止めを小さなへらですくうミューに、レムナが顔をかばう。もみあったすえに顔に塗りつけられたレムナは叫び狂ったが、何の変化もないことに気づいたらしい。おもむろに顔に触れ、ミューを見た。

「偽物よ」

「なっ……」

 頬を朱に染めたレムナが手を振り上げる。しかしミューのほうが早かった。

「あなたのしたことは最低なことだわっ」

 めったに声を荒げることのないミューの怒鳴り声に、レムナは目をむいて打たれた頬を押さえていたが、やがて低く笑いはじめた。

「いい気味よ。ちょっと人気があるからって調子に乗るから、天罰がくだったのよ」

 それからレムナは赤銅色の瞳に剣呑な光を浮かべた。

「タウを追いかけまわしているくせに、アレクトールにもふらふら寄りかかって。『黄玉の姫』だからって何をしてもいいってわけないでしょう!? イオタのせいで嫌な思いをしている人はいっぱいいるのよ。ミューだって知ってるはずじゃないっ」

「それは……でもイオタの責任じゃないわ。目立つのは仕方ないじゃない」

 相手がイオタに恋心をいだいて交際の終わった同期生を、ミューも何組か見てきた。美人で体の線も女性らしいイオタをひがんでいる女生徒はたくさんいる。

「ミューはいいわよ。ラムダとうまくいってるんだから。でも私は許せない。どんなに頑張ったってイオタみたいになれないのはわかってる。だからよけいに我慢できないのよ。追いつけないなら引きずり下ろせばいい。イオタの顔がひどいことになれば、アレクトールも目が覚めるって思ったのっ」

「それならあなたの望みどおりになったってわけね。アレクトールはイオタから逃げたんだもの。それなのになぜ手紙まで送りつけたの?」

 レムナは口ごもった。こぶしを震わせたまま床をにらみつけるレムナを、ミューは見つめた。

「アレクトールのあなたへの態度が変わらなかったから、なのね」

 だから腹いせに手紙を書いていたのだ。

 図星だったのか、レムナは答えなかった。ミューがさらに言葉をかけようとしたそのとき、横からレムナの胸ぐらをつかんだ生徒がいた。

「余計なまねをしやがって。せっかくいい感じでいけそうだったのに、お前のせいでだいなしだっ」

 どこから話を聞いていたのか、アレクトールは目をつり上げてレムナをねめつけると、乱暴に突き飛ばした。壁に背中を打ちつけてずるずる座り込んだレムナに、「二度と顔を見せるな」と吐き捨てて去っていく。アレクトールを連れてきたラムダは、頬をかきながら少し気の毒そうにレムナを見下ろした。

 レムナは呆然としたさまでアレクトールを見送っていたが、まもなくむせび泣きはじめた。そして肩に触れようとしたミューの手を振り払い、駆け出した。



 一方、タウはイオタの家の前に来ていた。見舞いの品を持っていったほうがいいかとミューに相談したが、今はそんなものよりしっかり話をしてきてほしいと頼まれ、言われたとおりにしたものの、やはり手ぶらでの訪問は少し気が引けた。

 イオタの母親にあいさつして二階に上がる。タウは一呼吸置いてから部屋の扉をたたいた。

「寝ているのか、イオタ?」

 応答がない。もう一度たたいたが、やはり返事はなかった。

「入るぞ」

「だめっ」

 扉を開けたとたん中から閉められた。ちらりと見えたイオタの顔は、最初の日よりもひどくなっていた。

 室内に入るのはあきらめ、タウは扉に背を預けて座った。扉ごしにイオタの気配も伝わってきたので、タウはそのまま話しかけた。

「ミューから聞いた。どうしても皆で行くのは嫌か?」

「嫌よ。お願いだからもう私のことは放っておいて。シータのときとは違うのよ。奇跡のパンはみんなにも利益があるものだったけど、今回は私以外に得する人間がいないわ。そんなわがまま、聞いてもらう資格なんかないのよ。タウだってずっと怒っていたんでしょう?」

「怒って当然だろう。今まで一緒に冒険してきたのに、急にわけのわからない理由で抜けようとしたんだから」

 タウはひざ上でこぶしを組んだ。

「投票のやり直しが決まった。休み明けだそうだ」

「……そう。よかったじゃない」

「本心か?」

 答えは返ってこなかった。タウは扉に後頭部を押し付けた。

「マギスにいろいろ買ってもらっていたのは、『黄玉の姫』にふさわしくなりたかったからじゃないのか? 今のままだと、別の人間に姫の座を渡すことになるぞ」

「違うわ。本当は……もういいわ。黄玉なんてどうでもいい」

「イオタらしくないな」

「私らしいって何よ? 何も知らないくせに、わかったようなことを言わないでよ」

「そうだな。俺はミューほどにはお前のことを理解できていない。でも俺の知っているイオタは、たとえ文句を言いながらでも、自分の役割をきちんと果たそうとする人間だった」

「だからもう疲れたの。頑張る力なんか残っていないんだから」

「本当に限界を感じているのなら、頑張れとは言わない。弱りきっている相手にそこまで要求するほど、厳しく接してきたつもりはなかったんだが、もし俺が追い詰めたのならあやまる」

 鼻をすする音がかすかにした。タウは天井をあおぎ、一度目を閉じた。

「イオタは自分の気持ちを遠慮なく口にする人間だと思っていたから、一人で傷ついて悩んでいるとは気づかなかったんだ。それに自分の意見は曲げないし、間違っていても素直にあやまったことがない」

「ひどい言い方ね……どうせ私はかわいげがないわよ」

 また鼻をすする音が聞こえたが、イオタの声は少し落ち着いてきていた。タウは小さく笑った。

「得するとかしないとか、遠慮しなくていい。俺たちは損得で付き合ってきたわけじゃない。仲間が困っていれば手を貸す。それだけのことだ。だからもしイオタが元の姿に戻りたいのなら……俺たちを頼ってくれるなら、俺たちは力になるし、なりたいと思っている。それに……」

 言おうかどうしようかタウは一瞬迷ったが、言葉にすることに決めた。

「来年は別々の学校に通うことになる。最後の今年、『黄玉』として交流戦にのぞむならお前にいてほしい」

「……見せびらかすために連れ回したいとは思わないって言ったくせに」

「あくまでも()()()()()()()()()はだ。人に自慢するためにイオタと一緒にいたいわけじゃない」

「じゃあ、何のために?」

「わからない。俺もまだ自分の気持が定まってないんだ」

「何よそれ」

「前に言っただろう。いつか迷いなく好きだと言い切れるほどになったら告白するって」

 あれはお前のことだと、タウはぼそりとつぶやいた。

「……つまり結論が出るまで、この先もずっとおとなしく待てってこと?」

「待てるのか?」

 即答はなかった。扉の動く気配にタウはふり返った。

「待てないわ。でも私から言うのは嫌」

 現れたイオタはかぶりものをせず、素のままの顔でタウを見据えた。

「レオニス火山に行くわ。みんなと一緒に」


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