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炎王の使者  作者: たき
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(4)

 翌週の休日、シータは学祭の会場である武闘館に到着した。集合場所の校門には、すでにラムダとミューが来ていた。

 さすがに人の多さが半端ない。校門の外でも混雑しているのだから、中はもっとすごいことになっているだろう。一度はぐれたら今日中に会うのは無理かもしれない。

 人ごみが苦手そうなファイはうんざりするのではないか。そう思っているとローとファイがやってきた。案の定、ファイはすでに渋い顔つきになっている。

「さっき、タウとイオタが学院の馬車で入っていったぞ」

 ラムダが親指で校舎を指さす。途中で迷ったり離ればなれになったりしたときの待ち合わせ場所を決め、五人は門をくぐった。

 時々馬車がシータたちを追い越していく。貴族の子弟が乗っているものから下等学院の校章が描かれたものまで、さまざまだ。その中の一つを目で追ったシータに、クラーテーリス学院の馬車だとローが教えた。

 タウたちが代表で行くということは、他の学院も代表が出席するということだ。クラーテーリス学院の代表は、たしかネリアだ。シータはラムダとミューをかえりみたが、二人は別のほうを見ながら話していた。何となくほっとしたシータの脇を、今度はオーリオーニス学院の馬車が過ぎていった。

 国内にはゲミノールム学院、スクルプトーリス学院、クラーテーリス学院、オーリオーニス学院の四つの下等学院がある。卒業生が進学する高等学校はすべて首都アーリストンにあり、武闘学科生の大半は武闘館に、神法学科生は神法学院に、教養学科生はトカーナエ高等学院に入学する。違う学院の生徒と出会えるのはとても楽しみだが、ローやファイたちと完全に離れてしまうのは寂しい。タウたちとも二年間は会えないのだ。

 大会堂が近づいてくると、タウとイオタの姿が目についた。タウは誰かと楽しそうに話をしている。背の高いその人物は武闘館の校章を袖につけていた。

 イオタが五人をふり返った。タウもシータたちのほうを見て片手を挙げる。

「来たな」

「尋常じゃないにぎやかさだな。はぐれたら終わりだぞ」

 ぼやいたラムダは、タウの隣にいる男子生徒に軽く頭を下げた。

「久しぶりだね、ラムダ。今ちょうど君たちのことを聞いていたんだ。イフェイオン先生の事件の噂はこちらにも届いている。ゲミノールム学院の生徒七人の活躍に、学院出身者たちは鼻を高くしているよ」

 琥珀色の髪の男子生徒が穏やかに微笑んで五人を流し見る。その空色の双眸が最後にシータをとらえた。

「ゲミノールムの剣専攻、いや、武闘学科に女の子が入学したのは何年ぶりかな」

 他学院になら数人いるんだが、と男子生徒が興味深そうにシータを凝視する。

「シータ・ガゼル、一回生です。シータ、こちらはシアンさんだ」

 タウに紹介され、シータは自分でも名乗ってシアンと握手した。

「よろしく、僕はシアン・フォルナ―キス。タウの二年先輩だから、君が武闘館に入学したら最上級生として一年だけともに学べるね」

 事前にタウから少し聞いていたが、フォルナーキスは武勲で貴族の称号を得た家系だという。しかし武官の地位に固執せず他の上流階級者と柔軟に親交を深め、今では古くからの名家をしのぐほどの影響力をもっているらしい。

 そんなすごい人なのに、全然偉ぶっていない。むしろ親しみやすい雰囲気にシータも魅了された。タウが尊敬するのも納得できる。

 そこへヘリオトロープ学院長がやってきた。

「君たちも来ていたのか。二人とも、そろそろ時間だ」

「では僕も失礼しよう」

 シアンが学院長にあいさつをして先に去る。

 開会の儀に出れば午前中は自由となるため、タウは合流する場所をラムダと決め、イオタと一緒に学院長についていった。

 タウたちとの約束の時間まで、五人は近くの展示会場や店を見てまわることにした。ゲミノールム学院の卒業生なのか、時折ラムダに話しかけてくる生徒がいたが、彼らはたいていイフェイオンの事件についての詳細を聞いてきた。その間にも五人にちらちら視線を投げてくる者が多く、シータは落ち着かなかった。自分の知らない間に有名になるのはどうも居心地が悪い。

 そのうちにファイが人ごみに酔ってしまったので、五人は休憩用の中庭で休むことにした。ミューとラムダにファイを任せ、ローとシータは飲み物を買いに行った。

 道ぞいに飲食店はたくさん並んでいたが、どこもいっぱいだった。仕方なく一番手際のよさそうな店を選んで客の列に加わったシータの耳に、自分たちの噂話が聞こえてきた。

「あいつら、一回生のときから目立ってたからな。それにあのファイ・キュグニーもいるんだろう?」

「ああ。団体行動なんかしそうにない奴だったのに、ローが引っ張り込んだらしい」

 ファイやローのことを知っているということは、タウたちが二回生のときに三回生だった生徒だろう。ローも自分の名前が出たので、話し込んでいる数人の生徒に目を向けた。

「ローって、あの教養学科生か? 市長の息子の」

「タウたちもよく入れたよなって思ってさ。だって教養学科生なんて、冒険に連れて行ったって何の役にも立たないじゃないか」

「どうせ金だろ、金」

「なるほど。それなら大歓迎だよな。タウもくそまじめな顔をしているけど、俗物だったってわけか」

 げらげら笑う彼らに怒りが爆発した。一歩踏み出しかけたシータを、しかしローがとめた。

「放っておきなよ」

「あんなこと言われて腹が立たないの!?」

「ここで喧嘩になれば、タウたちにも迷惑がかかる」

「でも、ローのことだってあんな言いかた――」

「僕は平気だから」

 前を向くローは全然平気なようには見えなかった。シータはあふれそうな文句を何度ものみ込み、唇をかんだ。

 列の一番先頭にいた少年二人が飲み物を持って彼らの輪に加わると、生徒たちは話題を変えて去っていった。だがローとシータは、ラムダたちのもとに帰るまで一言も口をきかなかった。



 一方、タウと一緒に大会堂に入ったイオタは、すでに着席している他学院の代表を目にした。クラーテーリス学院の代表はネリアだとわかっていたが、スクルプトーリス学院とオーリオーニス学院の今年の女生徒代表と会うのは初めてだ。

 オーリオーニス学院の代表はイオタに微笑んで軽く会釈してきた。人のよさそうな、愛らしい顔立ちだ。午後からの懇親会では彼女となら話ができそうだと、イオタはほっとした。しかしスクルプトーリス学院の代表は、覇気のない紅紫色の瞳で冷ややかにイオタを一瞥しただけだった。

 おそらくどこかの貴族令嬢だろう。タウにへばりつくレイブンもいるので、スクルプトーリス学院の代表二人とは関わらないでおこう。そう思ったのに、女生徒はイオタの隣のタウをじっと見つめ、タウからもはっと息をのむ気配がしたことに、イオタの胸がざわついた。

 こっそり問いただそうとしたところで、開式までのつなぎとして演奏されていた曲がやみ、武闘館の教官らしき壮年の男が開式宣言をする。壇上に武闘館の学長が立って学祭が予定どおりおこなえることへの感謝の意を述べると、武闘館の生徒代表が開催についての意欲を語り、大きな拍手が起きた。

 開会の儀が終わり、学院長の許可が下りたとたん、タウはさっと腰を上げた。イオタもすぐに続こうとしたが、レイブンが行く手をはばんだ。

「先日カラザーンで会って以来だな、タウ」

「悪いが、待ち合わせをしているんだ」

 タウは明らかに逃げようとしている。しかしレイブンも簡単に解放するつもりはないらしい。タウの進むほう進むほうに体をはって妨害している。野外研修の護衛の件で争った女生徒など、レイブンに比べればかわいいものだと、イオタはため息をついた。

「どうせラムダ・アーラエとその仲間たちだろう。あのような者どもは少々待たせたところで問題はない。それよりも、先日の約束をはたしてくれないか?」

「茶なら午後の懇親会で飲めばいいだろう」

 タウが途方に暮れた顔つきになる。どうあってもこのまま通す気のなさそうなレイブンが、背後をかえりみた。

「あの日はお前が大急ぎで帰るから紹介できなかったが、今年スクルプトーリスに入学された我が学院の『紅玉の姫』だ。フィーリア・ヴェルド嬢――かの有名なヴェルド家のご息女だ」

 焦げ茶色の長い髪をほとんど揺らすことなく、小柄な少女は優雅な足取りでやってきた。

 建国前からこの地で栄えてきたヴェルド家の令嬢と知って、イオタも驚いた。細く小さな体のフィーリアは全身から気品がにじみ出ているが、やはり紅紫色の瞳に輝きはなかった。

「……先日は無作法な振る舞いをいたしました」

 頭を下げるタウに、フィーリアは扇で口元を隠した。

「かまいませんわ。無礼だったのはあの者たちですもの……あなた、お強いのね」

「タウは今年の総大将だ」とレイブンが口をはさんだが、フィーリアはタウから目を離さなかった。

「ご実家は香料店を営んでいるとか。次の休みに、いくつか届けてくださる?」

「わかりました。母に伝えて――」

「あなたが持ってきてちょうだい」

 言葉をかぶせての命令に、タウがかすかに眉根を寄せた。そう、命令だ。依頼ではなく。そばで聞いていたイオタは息苦しさに胸の前でこぶしをにぎった。

「……どのようなものをお求めですか」

「何でもいいわ。わたくしにふさわしいと思うものを用意して。気に入れば言い値で買うわ」

 タウの美的感覚を試すとでも言わんばかりの態度に、タウもフィーリアを見据えた。その装いからフィーリアの好みを探ろうとしているようだ。

 フィーリアが紅紫色の双眸を細めてタウの視線を受けとめる。入り込めない空気にレイブンがむうっと口角を下げた。

 先日カラザーンでとレイブンが言っていた。タウとフィーリアはどうやって知り合ったのか。何があったのか。

 おそらく、よろず屋で会った前日だ。タウの様子がおかしかったのはそのせいだったのだ。

 こんなところに長居したくない。早くミューたちのもとへ行きたい一心で、イオタがタウの袖をつかみかけたとき、名を呼ばれた。

「久しぶり。元気そうだね。イオタなら今年も『黄玉の姫』に選ばれると思っていたよ」

 片手を挙げて近づいてきた男子生徒に、イオタは眉をひそめた。ゲミノールム学院在学中に何度もイオタに交際を申し込んできた相手だったのだ。

 名前はマギス・オドル。上流貴族の端っこに名を連ねているオドル家の子息で、シアンと同学年だ。愛想も気前もよく、服や髪形などいつも身だしなみに気を配っているので、女生徒の受けはよかったが、軽薄なところがどうしても好きになれず、イオタは贈り物攻撃をことごとくはね返していた。卒業したとたんぷっつりとやんだので、やはりその程度かとあきれるやらほっとするやらで、それきり思い出すことはなかったのだが、まさかこんなところで再会するとは。

 マギスの登場にタウの顔色も変わった。マギスはタウのほうをちらりと見やると、イオタの前で片ひざをついてその手に口づけた。

「卒業して会えなくなったら、やっと君のことをあきらめる決心がついたのに、こうしてまた君を見てしまうと、やはり他の女性には目を向けられなくなるよ。今夜は君のことばかり考えて眠れそうにない」

「だったら朝まで起きていれば?」

 気取った言葉に鳥肌が立った。アレクトールでさえここまで恥ずかしいことは口にしない。たたきつけるように手を振り払うイオタに、マギスは笑って立ち上がった。

「イオタ、一度でいいから僕の屋敷へ足を運んでくれ。君のために最高の茶会を用意する。きっと気に入ると思うよ」

「興味ないわ」

 貴族の集まりに顔を出す気はない。というより、貴族そのものが嫌いになりそうだった。イオタがいらいらしてフィーリアを見ると、目があった。

「タウ、行きましょう」

 これ以上ここにいたら気がふれそうだ。イオタがタウの腕を引っ張って歩きだしたとき、細いがピンと張った声が聞こえた。

「安物ね」

 香水のことだとすぐにわかった。あのときタウに選んでもらったものを今日は身につけてきたのだ。

 今朝会ったときに「いいんじゃないか?」とタウがほめてくれた匂いを馬鹿にされ、イオタは歯ぎしりしてフィーリアをにらんだ。

 タウを奪われてレイブンが文句を言ってきたが、知ったことではない。泣きそうになるのをこらえるだけで精一杯だった。

 ミューたちと合流したものの、また午後の懇親会でフィーリアと顔を合わせると思うだけでイオタは気が滅入った。タウも何か考え事をしているのか黙りがちだったし、おまけになぜかローとシータも元気がなく、ラムダがどんなに場をなごませようと冗談を言っても変わらなかった。

 結局盛り上がらないままラムダたちは先に帰り、イオタは心配するミューに理由を説明する間もなく、懇親会の場へ足取り重く向かった。



「マギス、どこに行っていたんだ」

 はぐれていた仲間とようやく出会えたマギスは、渡された飲み物を一息に飲み干した。どこで調達してきたのか、かなりきつい酒だった。

「武闘館の学祭なんて男ばかりで面白くなさそうだと思っていたが、意外と女の子が多いな」

 周囲を見回す遊び仲間に、一人が笑う。

「それはそうだろう。女側にとっても絶好の出会いの場だからな」

「どうする? 今回はここで適当に拾うか?」

 学祭の雰囲気にのまれてほいほいついてくる奴がいそうだとにやつく仲間に、マギスはかぶりを振った。

「もっといいのを見つけた」

 学院の代表に選ばれるほどの美人だぞとマギスが教えると、皆がそろって目をみはった。

「本当か?」

「ああ……次の獲物は、彼女だ」

 食いつく仲間たちに、マギスは舌で唇を湿らせて笑った。




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