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炎王の使者  作者: たき
2/9

(2)

「イオタ、野外研修の護衛、今回は俺にさせてくれないか?」

「おあいにくさま。もうタウに頼んだわ」

 午後の授業に向かう途中、アレクトールに呼びとめられたイオタはすげなく答えた。

「またタウか。最後の年くらい俺に付き合ってくれてもいいじゃないか」

「なんで私があんたに付き合わないといけないのよ」

 不機嫌な顔つきになるアレクトールをイオタは肩ごしに見やった。

「別にタウと恋人同士ってわけじゃないんだろう? イオタが近くにいるのに何とも思わない奴より、俺にしておけよ」

「よけいなお世話っ」

 イオタはかっとなって言い返すと、少し離れた場所から自分たちをうかがっている存在に気づいた。

「あんたこそ、もっと身近にちゃんと目を向けなさいよ。変なところで嫉妬されるのはごめんだわ」

 ぷいと顔をそらし、イオタは神法歴史学の教室へ入っていく。アレクトールが舌打ちしたところへ、レムナが近づいてきた。

「アレクトール、野外研修のことなんだけど、護衛をお願いできない?」

 一緒に冒険している水の法専攻生をアレクトールはかえりみて、髪をかきながら苦々しげにため息をついた。

「悪いが、気が乗らない。ゾケルかトラムにでも頼め」

 じゃあなときびすを返し、アレクトールは兵法論教室へと歩きだした。レムナは唇をかみ、神法歴史学の教室をねめつけた。



 二回目の模擬戦作戦会議の日、剣専攻の会議室となっている野営学教室にパンテールと向かっていたシータは、階段をのぼったところでピュールを見つけた。廊下のすみで黄色い法衣の生徒と話している。というより、相手を壁際に追い込むような態勢だった。

 大地の法専攻生は、ヘイズルに負けないくらいでっぷりとした体型をしている。彼のおどおどした様子を目にしたシータは、ピュールが何か脅迫でもしているのではないかと思い、近づいた。

 二人がシータをふり返る。ピュールは露骨に渋い表情を浮かべ、大地の法専攻生は視線をうろつかせてうつむいた。

「何だよ」

「ピュールこそ、こんなところで何をやってるの?」

 どう考えても嫌がらせをしているようにしか見えないと責めるシータに、ピュールは気色ばんだが、「お前には関係ない」と吐き捨てると、「マルゴー、行くぞ」と大地の法専攻生の腕を引っ張った。

「ちょっと、嫌がってるじゃない」

「黙れ。いちいち口を出すな」

 いらついたさまでピュールがシータをにらむ。マルゴーと呼ばれた生徒はシータをちらりと見て、のたのたとピュールを追っていった。

「あの人、大丈夫かな」

 そう言えば、七色の小瓶をつくるときにピュールの集団にいたのは彼だった気がする。

 あまり自分の意見を堂々と述べそうには見えなかったので、ピュールに下僕扱いされているのではないか。何を話していたのか追及したほうがいいかなとパンテールに尋ねると、パンテールも判断に悩んだのか賛成も反対もしなかった。結局時間がないというので、二人はそのまま野営学教室を目指した。

 今日はシータたちが一番乗りだった。まもなく二、三回生も現れ、着席して待っていると、イオタたち神法学科生が姿を見せた。

 最後に入ってきたファイに、二回生からどよめきが起きる。ファイが無言で隣に座った風の法専攻生は頬が紅潮している。嬉しさを隠しきれないといった様子だ。

 これで出席予定者が全員そろったらしく、タウが皆を見回した。

「今日は協力してもらう神法学科生に来てもらった。左から炎の法専攻三回生レクシス・ホーラー、同専攻三回生イオタ・サリーレ、風の法専攻一回生ニトル・ロードン、同専攻二回生ファイ・キュグニー。以上四名が剣専攻側に参戦してくれる」

 タウの紹介を受けて神法学科生が順番に腰を浮かす。レクシスが代表で参加への意欲を語り、拍手がわいた。

 それからすぐに作戦について意見交換が始まった。剣専攻の本陣は法塔で、槍専攻の本陣は闘技場になっており、どちらかの大将が討たれれば勝敗がつく。前回の会議で、中央棟の北側は三回生のレーノス・クラーン率いる隊がレクシスとともに敵を待ち構え、南側はバトスの隊が侵攻することが決まっていたので、今日は他の剣専攻生の配属先をまとめた。結果、シータやパンテールはバトスの隊に加わり、ファイとニトルを連れていくことになった。本陣である法塔は、タウを中心とする数人の三回生がイオタと一緒に守る。

 漏れがないか確認が終わったところで、それぞれの隊に分かれて細かい話し合いがおこなわれた。ファイは予想される攻防戦の流れや隊が崩れたときの対応についてバトスから説明を受け、時々質問を返した。バトスの話にあわせて学院の見取り図に視線を滑らせるファイをシータはぼんやり眺めていたが、ファイのそばにぴったり寄りそっている風の法専攻生と不意に目があった。

 朽ち葉色の髪に暗緑色の瞳のニトルは、可愛らしい顔立ちをしていた。術力はかなりのものらしいが、頼りなさそうな外見からはとても想像できない。しかもすぐに顔を赤くしてうつむいてしまったので、シータは目をしばたたいた。同い年なのに妙に保護欲をそそられる相手だ。

 隊別の計画がまとまると、最後にもう一度全体で集まって報告をおこなった。次の会議は模擬戦の二日前だ。閉会後、生徒たちがお疲れさまでしたと面々声をかけて席を立つ中、シータが今日配られた紙を袋に入れていると、ニトルが寄ってきた。

「あの、シータさんですよね?」

 もじもじしながら自己紹介してくるニトルに、シータも名乗って握手した。呼び捨てでかまわないと言うと、ニトルは恥ずかしそうにしながらも承知した。

「ファイさんを説得したんだよね? すごいなあ。僕も頼んだんだけど、うんと言ってくれなかったから」

「説得っていうか、半分おどしみたいになっちゃったんだけど」

 協力の要請にいくと、ファイは露骨に嫌そうな顔をした。バトスの指示どおり護衛の件を盾にしたものの、シータは「無理強いはしないから」とつい付け足してしまった。もしかしたら護衛の話自体なかったことにされるかもしれないと不安になったのだ。それくらいファイは眉間に深いしわを寄せて黙り込んでいたが、最終的には模擬戦への参加を承諾してくれた。

 来年は協力しないよときっぱり断言されたが、とりあえず大役を果たしたことにシータはほっとした。そして護衛を頼んだことを後悔していないかとおそるおそる尋ねてみたが、ファイは何も言わなかった。

 無理やり引っ張り込んでしまったおわびも兼ねて、野外研修ではしっかり護衛役を務めたい。タウと話しているファイに視線を投げながら、シータは改めて気合を入れた。



 いよいよ模擬戦の日がやってきた。剣専攻生とその協力者は法塔の前に整列し、槍専攻生と協力者は闘技場の前に並んだ。鎧や法衣につけられた護符は、動けなくなるくらい体力を消耗するか、致命傷に値するほどの攻撃を受ければ発動するしかけになっている。護符が働けばその生徒は戦闘を離脱しなければならない。

 見学する教養学科生と神法学科生の一部は中央棟に入り、役目を担った大地の法専攻生と水の法専攻生もそれぞれ配置についた。

 模擬戦でどちらが勝つか、毎年教養学科生の間で賭けがおこなわれているらしい。そして今年は剣専攻に賭ける生徒が多かったと、ローはシータに教えた。理由は、風の法専攻生でも有名な二人がそろって剣専攻に協力するからだ。

 公平をきすため、今回ファイは風の法以外使えないことになっていた。もしファイが風の法以外の術を使ったときはその場で失格となり、協力を依頼した剣専攻にも負けの判定が下される。

 中央棟にいた学院長が右手を挙げた。隣に控えていたロードン教官が風を起こして法塔の鐘を鳴らす。模擬戦の開始に学院内が応援に揺れた。

「よし、バトスたちがいない。いけるぞ!」

 中央棟の北側で剣専攻の隊と激突したラムダが、味方に声を張り上げる。呼応した槍専攻生たちに、「させるかっ」とレクシスが炎を放った。槍専攻側についていた風の法専攻生と炎の法専攻生が法術で対抗するが、レクシスのほうが実力が上だったらしく、風と炎はかき消えた。

 にやりとしたレクシスは爆風にまぎれていきなりのびてきた二本の槍に慌てて飛びのいた。間に割り込んだ剣専攻生たちにはじかれた槍の持ち主は、プレシオとオルニスだった。

「悪いね、レクシス。ここは通してもらうよ」

「剣専攻は向こうが本隊だな。あちらより先にタウを討つぞ!」

 勢いづいた槍専攻生たちに、剣専攻の隊長であるレーノスが「下がるぞ!」と指示を出す。剣専攻生たちがいっせいにタウのいる本陣へと駆け戻っていく。雄叫びをあげながら追いかけた槍専攻生はしかし、飛来してきた炎の波に隊を分断された。

「いいぞ、イオタ!」

「当たり前のことをほめてる暇があったら手伝いなさいよっ」

 イオタに怒鳴られたレクシスが、「かわいくねえな」とぼやきつつも加勢する。二人の炎の法専攻生が交互に生み出す炎の渦にのまれ、身動きの取れなくなった槍専攻生たちがなすすべなく戦闘不能になっていく中、オルニスがプレシオとうなずきあった。

「オルニス、プレシオ、先走るな! 相手はタウだぞ!」

 立ちふさがる剣専攻一回生たちを簡単になぎ倒して道を切り開く双子をラムダがとめる。しかし二人は不敵に笑った。

「俺たちだってみっちり鍛錬を積んできてる。二人がかりなら――」

 言いかけたオルニスがはっとしたさまで槍を構える。隣のプレシオもこわばっていた。

「二人がかりなら勝算があるのか?」

 炎をまたいで悠然と現れたタウは、赤い瞳をすがめた。比類なき威圧感に、槍専攻生たちが数歩あとずさる。

「レクシス、バトスの応援にまわってくれ」

「了解」

 レクシスが南側へと走ったため、ラムダは風の法専攻生をもう一つの隊へ伝令に行かせた。ファイとニトルだけでも手ごわいのにレクシスまで参戦すれば、南側は壊滅する。

「イオタ、ラムダの足どめを頼む。その間に片づける」 

 タウがゆっくりと剣を抜く。

「その間に片づける、か……なめられたものだね」

 口の端を曲げるプレシオに、「無理するな! 俺が行くまで防戦に徹するんだっ」とラムダが叫ぶ。しかしイオタが最初に起こした炎の壁はまだ激しく燃え盛り、ラムダの行く手をさえぎっている。

「悪い、ラムダ。武勲を狙わせてもらう」

「僕たちの力がどこまで通じるか、試してみたいんだ」

 同時にタウへ向かったオルニスとプレシオに、ラムダは慌てた。

「馬鹿、待てと言ってるんだ!」

「あんたは行かせないわよ」

 強引に炎を突破しようとしたラムダに、イオタがさらなる攻撃をしかけ、炎の壁が高くなった。

 ラムダは舌打ちした。あまり無理をすると、炎にまみれて自分も護符が発動してしまう。そうなると戦線離脱だ。

 イオタが自分に気をとられているすきに、まだ無事な槍専攻生を送り込もうとしたが、当然タウも読んでいて、合流したレーノスをはじめ本陣を守る三回生たちを周囲の敵の討伐に向かわせていた。

 ラムダは残っていた炎の法専攻生を槍専攻の本陣へ戻るよう命令した。ここにいても炎の法専攻三回生代表のイオタの火力には負ける。それならば本陣の守りを少しでもかたくしたい。

 大将であるアレクトールのほうへ急ぐ炎の法専攻生を尻目に、ラムダは再度オルニスたちの援護に入るすきをうかがった。槍専攻二回生代表のオルニスと、ほぼ同じ実力のプレシオの二人は息の合った協力技で挑んでいるが、タウは落ちない。そのせいで、むしろ二人のほうがあせってきている。

 だから無理せず防戦しろと言ったのだ。自分が加わればさすがにごり押しで勝てるだろうが――そのとき、オルニスの護符が光った。タウの剣を受けたのだ。

「退け、プレシオ!」

 ラムダの警告より先にプレシオは逃げるほうに体が動いていたが、間に合わなかった。続けてタウの剣先を突き付けられてプレシオも護符が発動する。ちょうど炎がわずかに弱まったのを見逃さず飛び越えたラムダはタウと視線を交えた。

「くそう、全然歯が立たないなんて」

「ラムダ、ごめん!」

 戦闘不能で場を離れながらあやまるオルニスとプレシオに、「いい、よくやった」とラムダは答えた。二回生では抜群の実力をもっている二人なので、タウを本気にさせるほどに善戦したことは称賛に値する。その証拠に、タウは楽しそうに口角を上げた。

「来年の総大将は槍専攻にもっていかれそうだな」

 タウに認められたオルニスとプレシオは、嬉々としたさまで互いの手をたたいた。

「まだだ。今年の総大将もあきらめていないぞ」

 ラムダが槍を振るい、タウの剣とぶつかり合う。普段は冒険仲間の二人の対戦に、中央棟からもひときわ大きな声援が広がった。

 今の自分の役目は、少しでもタウの体力をけずっておくことだ。そうすれば、アレクトールも勝機を見出しやすくなる。

 おそらくレーノスたちまわりの剣専攻生も邪魔はしないはず。ラムダがタウとの一戦にすべてをかけるべく踏み込んだとき、中断の合図が上がった。

 タウも困惑顔で動きをとめる。違反だという叫び声にタウとラムダは顔を見合わせ、その場にいた全員が南側へと駆けた。  



 南側に進攻したバトス率いるシータたちの隊は、ゾケル・ドーマやトラム・エルゴン、ピュールなど、アレクトールの冒険集団が中心となって結成された隊との乱戦になっていた。槍専攻に付き添う炎の法専攻生はやはりアレクトールの仲間であるモリオン・フェレー。しかし剣専攻側もアルスを含め、北側より腕の立つ者をそろえた隊であるうえにファイとニトルも付いていた。敵本陣を攻めるためにつくった部隊は、槍専攻をぐいぐい押し進んだ。

 シータは両隊が衝突した瞬間からピュールと対峙していた。相手もシータを一番に狙ってきたからだ。

 頭上で炎と風が激突し、炎が霧散する。さすがにファイとニトルの法術は敵を圧倒していた。中央棟で見学している生徒たちの興奮もぐんぐん上昇しているのが伝わってくる中、シータはピュールとの戦いに確かな手ごたえを感じていた。この日までタウに鍛えてもらったおかげだ。

 ピュールもそれがわかるのか、自分を小馬鹿にしていた態度を捨てて、この勝負に集中している。

 素直に面白いと思った。互角の相手と打ち合えるのが楽しくて仕方がない。

 そのとき、北側から風の法専攻生が翔けてきた。剣専攻に炎の法専攻生が加わるという忠告が耳に入ったとき、ファイたちの風に炎が混ざってその風の法専攻生を吹っ飛ばした。

「レクシスか!」

 トラムを斬り倒したバトスが歓喜の笑みを浮かべる。

「向こうは槍専攻が落ちるのも時間の問題だ。このまま敵本陣に突っ込むぞ」

 現れたレクシスの言葉に槍専攻生たちが動揺にざわめいた。 

「行くぞーっ!!」

 バトスが剣先を空へ突き上げる。応じた剣専攻生が活気づくのを見て、ゾケルが「ひるむな! ここは死守するんだっ」と味方を叱咤した。そして再開された戦闘は苛烈をきわめ、両者ともに戦線離脱者がどんどん増加していく中、今しもゾケルを討とうとしたバトスが不意にかたまった。バトスだけではない。シータもパンテールも、奮闘していた剣専攻生すべての足がとまったのだ。

 これは――ゾケルの槍をくらって護符が光るバトスを目にしながら、覚えのある感覚にシータは驚惑した。まさについ先日、イフェイオンの家で受けたばかりの法術ではないか。

 しかし、あり得ない。大地の法は模擬戦では使用されないはずなのに。

 急に動かなくなったシータに、ピュールも何かに気づいたかのように突きかけた槍先をそらす。慌てた様子でピュールが周囲を見回したとき、風の崩御壁が剣専攻生をまとめて守った。ニトルだ。さらに風のうなりにまぎれ、ファイの詠唱が届く。女神の名に、思わずシータは上空のファイをあおいだ。

 ファイが最後に杖で四角い紋章を描くと、シータたちの体がまたふっと軽くなった。

「大地の法術だ! 大地の法術を使ったぞ!」

「違反だ!」

 トラムとゾケルがわめき、中央棟からもどよめきが起きる。目撃者が多かったせいで抗議の声はどんどん膨れ上がり、大合唱となった。

 騒ぎを聞きつけたケローネー教官が中断の合図を出す。まもなく北側にいたラムダやタウたちも集まってきた。

 ロードン教官やシャモアを引き連れてやってきた学院長がファイを呼んだ。

「風の法以外の術を使ったのかね?」

「使いました」

 ファイは正直に答えた。槍専攻生と教養学科生から飛ぶ非難の声に剣専攻生が怒り、武闘学科生同士で喧嘩が起きた。駆けつけてきたウォルナット教官とフォルリー教官が怒鳴って専攻生たちを引き離したが、互いににらみあい、ざわめきはおさまらない。

「失格になるとわかっていたはずだね? それでも使用した理由を聞こう」

「剣専攻生に『枷の法』がかけられたんです。風の法で解除するのは不可能だったので」

 学院長はシャモアをふり返った。『枷の法』は動くものを束縛する大地の法術だ。

「それは確かかね?」

 うなずくファイに、バトスやシータたちは同意した。攻撃の途中で急に足が動かなくなったと。特にあと一歩で逆に討たれたバトスは憤慨している。

 シャモアが大地の法専攻生に集合をかけた。今回大地の法専攻生の役割は建物と人を守ることであり、それ以外の法術、特に勝敗を左右するような術の使用は禁じられていたのだ。

「マルゴー・ウィッラはどこです?」

 自分の前に集まってきた大地の法専攻生を見回し、シャモアが眉をひそめる。専攻生たちもきょろきょろしていたところに、バトスの冒険集団に所属する水の法専攻生カルフィー・リベルが一人の男子生徒を引っ張ってきた。

 シータは「あっ」と声を漏らした。つい先日、廊下でピュールと一緒にいた大地の法専攻生だったのだ。

「彼が『枷の法』を唱えるのを聞きました」

 問い詰めるとマルゴーが逃げたので、捕まえにいっていたのだとカルフィーはシャモアに報告した。闘技場で会ったカルフィーはとても穏やかな印象だったのに、今はひどくけわしい容相で怒りを前面に出している。

「マルゴー、本当ですか?」

 シャモアの質問にマルゴーはうつむいたままで、首を縦にも横にも振らなかったが、小刻みに震えていた。

「馬鹿馬鹿しい。マルゴーに戦を妨害する勇気なんかあるものか」

 ゾケルが吐き捨て、トラムも賛同した。マルゴーもゾケルたちもアレクトールの仲間だなとバトスが指摘すると、アレクトールが目をむいた。

「俺たちを疑う気か? 言っておくがそんな卑怯なまねをしろと命じた覚えはない」

「どうだか。お前がしていなくても誰かが指示したんじゃないか?」

「何だと!?」

 つかみあいになりかけたバトスとアレクトールを、タウとラムダが取り押さえる。タウにはがいじめにされたバトスは、端のほうでかたまっているピュールを指さした。

「案外、そこで小さくなっている弟がやっていたりしてなっ」

 ピュールは頬を朱に染めてバトスをにらんだが、反論しなかった。アレクトールに問いただされると、自分はしていないとぼそぼそ言ってピュールは視線を落とした。

「模擬戦はひとまず中止かの」

 ロードン教官の提案に学院長もうなずき、そのまま休み時間となった。ファイとマルゴーはシャモアと一緒に去り、教養学科生は勝負がうやむやになったことに不満の声をあげた。武闘学科生はウォルナット教官とフォルリー教官がしつこいほど言い含めたので、これ以上もめないよう互いに接触を避けて散った。

 シータがパンテールたちと移動を始める前にピュールをかえりみると、アレクトールと話していたピュールもシータのほうを向いた。ピュールはすぐに目をそらし、いつものような強気な姿勢は見られなかった。

「シータ、もしかしてあのとき……」

 口ごもるパンテールが同じことを考えていると知って、シータも黙り込んだ。廊下で会ったあの日、ピュールは『枷の法』を使うようマルゴーを脅迫していたのだろうか。

 信じられなかった。確かにピュールに従う同期生は多いので、やろうと思えばできるだろうが。

「そんなことするようには見えないんだけど」

 表だって剣専攻生を挑発することはあっても、裏で画策するような人間ではないと思っていた。少なくとも武器を振るうことに関してピュールはいつも真摯で、正面から堂々と向かってきていたのだ。

 もし本当にピュールの仕業なら、喧嘩どころではない。自分は絶対に許さないし、ずっと軽蔑し続けるだろう。だからそうあってほしくない。ピュールと試合をするときの、勝つか負けるかわからないぎりぎりの緊張感と高揚感を、こんな形で汚して失いたくなかった。

 ピュールとマルゴーが会っていたことを、シータとパンテールは同期生たちに話さなかった。よけいな憶測で争いが起きるのを避けるためだったが、決着は昼休みの前についた。マルゴーはゾケルとトラムから、剣専攻生の妨害をするようおどされたと白状したのだ。それを知ったピュールにやめるよう忠告されたが、戦いの最中に何度もトラムから合図され、負けたときの仕返しが怖くて結局『枷の法』を使ったのだと。

 あのときピュールはマルゴーをとめようとしていたのだと知り、シータはほっとした。やはりピュールはまじめな気持ちで槍をにぎっているのだと再確認できたのが嬉しかった。

 一方ピュールから話を聞いたアレクトールは、ゾケルとトラムをなぐり倒した。その後、ゾケルとトラムは同期生からもさんざんなじられたという。

 ウォルナットは模擬戦のやりなおしをもちかけたが、フォルリーは自分の専攻生のしたことだからと辞退し、模擬戦は剣専攻側の勝利という形で終わった。

 結末はしこりの残るものだったが、それでも教養学科生たちは自分の目にした光景について熱く語り合った。北側の炎の海で繰り広げられた両専攻の戦いと、プレシオとオルニスを返り討ちにしたタウの雄姿に称賛のため息が漏れ、南側ではピュールとシータの激突に興奮したと噂になった。イオタやレクシスの炎の威力も話題になったが、やはり神法学科生で注目を集めたのはファイとニトルだった。特に青い法衣を着ているファイが空中で大地の法術を使う場面を見た生徒たちからは、違和感に寒気を覚えたという意見が少なくなかった。

 放課後、シータたち七人は町の闘技場に集まった。冒険の話し合いという名目だったものの、話題は模擬戦のことに集中した。

「午後の反省会なんか最悪だったぞ。アレクトールの機嫌の悪さといったらなかったし、みんなゾケルとトラムを責めてばかりで、まともな反省なんか全然出てこない。フォルリー先生も卑怯なことは大嫌いだから、二人をずっとにらみつけていたしな」

 剣専攻でさえ反省会の体裁は何とかとっていたが、落ち着かない雰囲気だったのだから、槍専攻の険悪さは相当なものだったのだろう。ぐったりしているラムダを横目に、シータは果汁に口をつけた。

「まあ、あの二人の気持ちもわからんでもないが……今回はファイの影響が大きすぎたんだ。ファイが剣専攻に協力するって聞いたとき、俺たちがどれほど動揺したか。ゾケルたちも危機感が募りすぎて暴走したんじゃないかと思う。あいつらはアレクトールを慕っていたから、交流戦の総大将にしたかったんだろう」

 来年はせめてニトルとは別れて参戦してくれと頼むラムダに、ファイは返事をしなかった。これで来年の協力は絶望的だろうとシータは内心でため息をついた。

 それから話は今度の休みにある学祭のことに移った。武闘館の学祭を皆で見に行こうとローが提案したのだ。タウとイオタは学院代表として招かれているので、他の五人は現地集合の約束をした。

 タウは久しぶりにシアンさんに会えると嬉しそうだった。誰なのかと尋ねると、現在剣専攻二回生の総代表で、タウの尊敬する人だという。

 武闘館には四つの下等学院から武闘学科生が入学するため、剣専攻だけでも一学年で四つの組に分けられている。総代表とは、各組の代表の頂点に立つ存在なのだ。

 シータはわくわくした。五年間なので最上級生はかなりの使い手だろうし、同期生ですらきっと強い剣専攻生がたくさんいるはずだ。進学までまだあと二年もあると思うと、とても待ち遠しかった。






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