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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロンダークの犬

作者: ぎょっぴー

我が輩は犬である。


名前はヒュプノー。


畏れ多くも、魔王・ロンダーク様に付けていただいた名だ。


また今日も、この魔王城に主人の宝を狙う不埒(ふらち)な輩がやってきた。


「くそッッ! 何なんだよ、この化け物は!」

「せっかく魔王を倒しても、これでは宝物庫に近寄れないわね……」


剣士風の男が悪態をつき、魔法使い風の女がため息をつく。


人間の言葉は分からぬのだが、何か言い争っているようだ。


「ここは撤退するのが宜しかろう」


神官風の男が、そう呟く。


「て、撤退だと?! 俺は勇者だぞ。魔王本人ならともかく、ただの魔王の飼い犬に撤退などありえん!!」


「だが現に、魔王よりも強力ではないか!」


「くっ……!!」


苦虫を噛み潰したような顔で、ジリジリと下がり始める剣士。


「まさかこの犬、魔王覚醒が始まってるのか……?」


魔法使い風の女が、何かの異変に気づいた時だ。



「グルルル……」


逃さんぞ、盗っ人ども。


魔王の玉座の間に、血飛沫が舞う。

巨躯のかぎ爪が、人間達の喉を切り裂く。


騎士団、冒険者、魔法師団……。


ヒュプノーは、これまでに何人もの人間を、屠っていったが、今回の者たちは、なかなかの強者であった。


「なんと欲深く、矮小な生き物よ……人間」


ゴリッと、剣士の頭を噛み砕きながら、ヒュプノーは独りごちる。



それから、200年が経過した。


魔王様はまだ帰ってこない。

ヒュプノーは幾度となく、魔王城を守り続けた。


「我が輩も、もういい歳になったな」


静かにそう呟くヒュプノー。


もはや、目も見えない。

もはや、立ち上がる事さえ、おぼつかない。


このような状況で、我が輩は、あのような強者とどこまで渡り合えるか……。


ヒュプノーが、そんな思いにふけっていたところだ。


ーーギギギィ……


重い音を立てて、玉座の間の扉が開かれる。


もはやヒュプノーが頼れるのは、己の研ぎ澄まされた嗅覚のみ。


その嗅覚が告げている。


「ロンダーク……様?」


懐かしい、200年ぶりとなる、我が主人の香り。


ヒュプノーの巨大な尾が震え、玉座の間に塵が舞う。


「おかえりなさいませ、ロンダーク様」


ヒュプノーはふらつきながらも、精一杯の気力を振り絞り、見事に立ち上がってみせる。


主人の前で、弱った自分の姿など、決して見せられないのだ。


「違うな」


入ってきた男は、低く呟くと、羽織っていた魔王の衣を脱ぎ捨てる。


そして、巨大な漆黒の剣を振りかざした。


「この剣も、ロンダークの物だったと聞いている。ロンダークの犬よ。最後に言い残す事はないか?」


「………」


この瞬間、ヒュプノーは悟ったのだ。

主人であるロンダークは、死んだ……と。


「……侵入者よ。ここが魔王城であること。そしておぬしの持っている物が、我が主人、魔王・ロンダーク様の物であると知っての狼藉か?」


「憐れなものだな。魔王の飼い犬よ。いや、せめて、現世魔王とでも呼んでおこうか?」


「現世魔王……?」


明らかに動揺するヒュプノーを一瞥し、男は剣を上げながら、こうも告げる。


「魔王とは『覚醒性』である事は知っているな? 現世魔王が亡くなると、魔界の中で最も強い者が、また次の魔王へと覚醒する……そなたは200年もの間、現世魔王だったのだぞ?」


「我が輩が、魔王……?」


重く重く、ヒュプノーが唸る。


「そうだ。そして俺が、現時点での魔王序列二位、クリプトという者だ。ロンダークの犬……いや、現世魔王ヒュプノーよ。ロンダークよりもはるかに強いお前の力が衰えるのを、俺は200年もの間待っていたのだぞ」


クリプトと名乗る者が、ロンダークの衣を完全に脱ぎ捨てると、緑の鱗に覆われた身体があらわになる。


「ドラゴニック・オーガか……」


目の見えぬヒュプノーだが、嗅覚や力の波動のみで、その種族やおおよその戦闘能力までも推測することができる。


「あぁ。俺はドラゴニック・オーガ、クリプトである。ヒュプノーよ。お前を殺し、次世魔王となる者の種族と名前を、冥土の土産とするがいい。それとも、何も知らずに死んでいくほうが、お前にとっては幸せだったかな?」


ーー振り下ろされる黒剣。


「ふん……。我が輩の力の衰えを待つような、腰抜けにやられたなど、土産話どころか恥。ロンダーク様に顔向けなどできぬ!」


主人の死を知らず。

その主人と同じ、魔王になったことも知らず……。


魔王城を忠実に守り続けたロンダークの犬は、その儚い生涯を、次世魔王によって閉ざされたのだった。

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