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日照権を求めて戦う僕らです。

作者: ひつじ渚


 『日照権』。


 法律にも明言されていない不確かな僕たちの権利。


 僕たちには、確かに約束された幸福を追求する権利があるのに、その不確かさゆえに、小首をかしげ遠慮がちにその権利を伺うのだ。


 人は、陽の光なくして、生きてはいけないというのに。


 それなのに、なんで僕はもうずっと暗い暗い泥沼の奥地でのたうち回っているのだろう。


――誰のせいだ――


 パリッとしたワイシャツを本当はいともたやすく着こなせるはずなのに、あらゆる事情がぼくからその機会を奪っていった。


 自分には、何かの才能が必ずあると、信じて疑わずに机に頬杖をついて、明日から今日、そして昨日をぼんやり眺めていた。


「「ねぇ、将生くんってすごいよね。」みんなが僕について語る」、二度寝の浅い眠りで見るそんな夢を繰り返した。


 浅川リコは、僕のことが好きなはずで、しかし好意を伝える勇気がないから、仕方なく僕の悪口を言っているにちがいない。


 5年前の修学旅行最終日のあの言葉


「世良ってさ、自分のこと勘違いしてるよね。自分の視野が狭いっていうか。」


 僕は、たまたまホテルの共有トイレから出てきたところだった。廊下を出るとすぐそこには階段があって、その踊り場に浅川リコとあと数人の女子がそんな会話をしていた。僕は壁に隠れて盗み聞く形になった。


「会話にならないっていうか。」


 僕は、勇み足で彼女たちに気づかれないように部屋に戻った。布団にもぐり、歯を食いしばった。僕は、宙を踏むような心地だった。浅川リコが僕のことを意識している。僕と会話をしたいと思っている。僕は、彼女の中に僕がいることを確信した。そんな5年前の修学旅行の出来事。


*


 僕は、大丈夫だ。今の今まで順風満帆。


 第一志望の大学には、あと1問正解していれば入れたはずだ。その1問も、試験終了10分前に誰かが大きなくしゃみさえしていなければ、正解していただろう。とはいえ、合格発表の日、たまたま開いたSNSで、その大学の悪い噂の書き込みを見た。書き込み内容は、こうだった。


「〇×大学は、大手企業に多額な寄付金を譲渡し、学生の人材斡旋を裏で行っている。」


 裏口入社。そんな理念が捻じれた学校に行かなくてよかった。

入っていたら、どうなってたことか。学部内上位の成績をキープした僕は、すぐに学内のキャリアセンターに名前を知られ、内々に大手企業に売り込まれたに違いない。


 そして、そんなあくどいやり口に築かずに入社した僕は、汚い大学と汚い企業の癒着の被害者に成り下がるのだ。


 人材斡旋の問題が明るみになった時、僕は退社に追い込まれるに違いなく、仕事を奪われ、付き合っている浅川リコとの将来にも霧がかかるに違いない。


 第4希望の大学は入学して1か月も経たないで辞めた。


 僕とはレベルがまるで違った。彼らや彼女らが話す話題は、下世話で退屈だったから、僕の脳みそが腐る前に脱獄したにすぎない。


 なにひとつ、問題はなかった。

なぜなら、すべては僕の思うままに生活が機能しているのだから。誤算もあった。が、大いに修正可能なものだし、なんならその誤算がなければ、今の僕はもっと違ったものになっていただろう。


 僕は、今の僕がたまらなく好きだし、愛おしい。


 この部屋のカーテンを開けた先の家が、つい1か月前に改築したらしい。そのせいで、僕の部屋には全く光が差さなくなった。


 もう、いつ朝が来て夜に落ちていっているのかすら分からない。

 おまけに、子供の喚き声が僕の鋭い神経をいたずらに邪魔するせいで、思索にも耽られない。堪忍袋の緒も切れる一歩手前だ。いや、もうだめかもしれない。もう限界だった。

 机の左側に一つの写真立て。そこから彼女は毎日毎日毎日、僕に微笑みかけてくれる。


「リコ、ごめんね。ちょっとだけこの部屋を貸してね。すぐに、新しい部屋を用意するから。」


 写真を一枚抜き取り、ガラス製の写真立てを取り上げた。


 カーテンの先は、恨めしいほど、家の外壁が僕の行く手を阻んでいる。子供らのけたたましい喚き声。僕は、向かいのガラス窓に、写真立てを力いっぱいに振り上げた。

 

 ガラスとガラスの割れ、砕ける音。飛び散る破片はやっと外の光に照らされ、キラキラと輝いている。


「雪の結晶のようだよ。リコ。すごくきれい。」


   僕は、カーテンを閉めた。


 浅川リコの写真をとりあえずペン立てに立てかける。外がさっきよりも騒がしいけれど、大丈夫だ。この真っ暗な要塞で、君と僕の二人がいれば、まどろみながらずっと過ごすことができる。


 でも、なぜだろうーー。


 僕は、いまだに写真じゃない浅川リコと、会話をしたことがない。


                        完

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