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73 優しくなれない者は

 お咎めなし。


 王子様の腕を斬り落とした俺に対する判断がそんな風に下って周囲は騒然。


「バカな……、そんなバカな……ッ!?」


 まず色を成したのは騎士学校の校長だった。


「そんなことがありえますかッ!? この国でもっとも敬われるべき王族を傷つけたのですよ! しかも重傷です! 国に仕える貴族に……騎士にあるまじき行為! これを咎めなくては法の意義が失われますッ!!」

「彼は騎士でも貴族でもない。騎士学校はぬしらの判断で退学処分になったから騎士候補ですらない。家からは勘当されて貴族でもない。……違うか?」

「ぐんね……ッ!?」


 国王からの指摘にたじろぐ騎士校長。

 しかし改めて言葉にされると俺の立場も物悲しいな……!


「そして今はS級冒険者である。未踏の地に踏み入り人間の領域を更新し、社会に貢献する冒険者の最高峰じゃ。その働きは巨万の富を生み、もはや王族とて軽んじられる相手ではない」


 下げられたと思ったら上げられた。


「そのようなS級冒険者イディールを卑劣な方法で呼びつけ、囲って嘲笑った挙句に戦いの場に引きずり出して、負けたら逆上して袋叩きか? まさに性根の腐った行いよ。我が国の騎士はいつからそのようにゲスになった!?」

「お待ちください陛下! これは……違うのです……!」


 必死に弁解する騎士校長ではあったが、国王には筒抜けであったようだ。


 恐るべき情報収集能力。

『当世の国王は凡庸である』などという評判はデマだったか?


「イディール=ジラハー。……いや、事ここに至ってはS級冒険者イディールと呼んだ方がいいかな?」


 国王の視線がこちらを向く。

 何故かそれだけで王子や教師どもに対した時よりずっと動揺した。


「まずは、我が身内が立て続けにそなたへ迷惑をかけたことを謝罪させていただく。まことにすまんかった……!」

「ええええええ!?」


 俺に向けて真っ直ぐ頭を傾ける王様に、俺困惑の限り。

 一国の王が簡単に頭を下げていいものですか!?


「いいも悪いも、謝罪なくしてことはもう治まるまい。S級冒険者の存在は、一国の代表者ともはや同等。そなたらの冒険によって得られる富で、情勢が変わることも日常茶飯事。けっして粗略な扱いなどできぬ」

「はあ……?」

「にもかかわらずここの連中は、今だそなたのことを落ちこぼれの一生徒としか認識せなんだ。自分たちの知っていることだけが正しく、他に真実はない。……という傲慢さがなければ、そんな勘違いはできん」


 いずれ国を守る騎士になるべき騎士学校生徒。

 それを指導する教師陣。


 そのどちらにもあってはならない甘すぎる考え。


「教導は社会の根幹。どうやら余の治める国は、その根幹が腐りかけておったようじゃ。これから大きな改革を行い、悪いものは容赦なく排除し、あるべき姿を取り戻していこうと思う。それでひとまず我らを、この国を許してくれまいか」

「いけませぬ陛下! 国王たる者がそのように下手に出ては! 相手は一学生ですぞ!」


 なおも縋りつく騎士学校長に、王様は即座に鋭い目を向けた。


「ミハノサレル校長……そなたを罷免する」

「はあッ!?」


 唐突なクビ宣言に言葉を失う校長。

 いやもう校長じゃないか。


「ここまでの騒ぎを起こしたのじゃ、まさかお咎めなしで済むとは思うておるまい。これら騒動は、生徒をやさしく導くことのできなかったぬしらにこそ根幹がある。その責任を徹底的に追及するが、その前にとりあえずはぬしから教職を取り上げる!」

「お待ちください……! イディールを……彼を必ずや騎士学校へ呼び戻してご覧に入れますので、どうかチャンスを……!?」

「まだそのようなことを言っておるのか? ぬしの考えは学校の中から抜け出すことがないのか? だからこの期に及んでそんな世迷言を言える」


 恐らくはあの校長に下される処分は罷免だけでは済むまい。

 貴族としての領地没収か、降爵か。


 ともかく厳しい処分になるだろうが、それを招いたのはひとえに彼自身の判断力の甘さだ。

 俺を退学にしたことで一定の批判はあっただろうが、それを受け止め毅然とした態度を貫いていれば被害は最小限で済んだだろうに。


 そしてもう一人、正しい判断を下せなかったことで取り返しのつかないところまで行ってしまった男がいる。


「マシュハーダよ」


 国王は、息子でもある第四王子へと視線を向ける。

 両腕を斬り落とされて失った王子へと。


「ついさっき会議に諮り、ぬしの臣籍降下が決まった。ここ数代の断絶していたウィリノ子爵家の家督を与えることとなる」

「臣籍……降下……? 待って、待ってください!?」

「その腕では騎士となることももう叶うまい。子爵家でも食うに困らぬ禄は賄えよう。それをもって余生を静かに暮らすがよい」

「ですがッ!? 降下すれば王族ではなくなり……、王位継承権を失うということではないですか!? それは、それは……ッ!?」

「元々第四位の継承権などあってないようなものじゃ。それが完全に無となるだけのこと。何故そのことがわからなかった? それだけの才能と賢さを持ちながら、たったそれだけのことがわからなかった……!?」


 それまで毅然とした表情で沙汰を言い渡していた王様の表情に、その時初めて感情らしいものが窺えた。

 忸怩たる悔いの表情か……。


「せ、せめて公爵あるいは侯爵に叙すことはできぬのですか? 子爵など下級貴族、輝かしい才能を持つマシュハーダ王子にはあまりにも……!?」

「ならぬ。この処置はS級冒険者イディール殿に盾突いたことへの罰も兼ねてのことじゃ。本当ならより厳正に平民に落とさねばならぬところ貴族位に残したのは恩情である。弁えろ」


 他からのマシュハーダを擁護する声も、にべもなく切り捨てる。


「どうして……!」


 マシュハーダ王子が……、いや元王子が呻く。

 王族としての立場と、強者としての能力、そのすべてを失った男が。


「何故オレがこのような目に遭わねばならない!? オレは誰よりも努力してきた! 王族に生まれ、その義務を果たせるよう鍛えてきた! 他の兄弟よりもずっと! なのに何故こんな結末になる!? こんな惨めな結末を!?」

「いいや、お前は何の努力もしていない」


 マシュハーダの嘆きの声に、さらに父王陛下は厳しく言った。


「他者を思いやる努力、他人の気持ちを汲み取る努力をまったくしてこなかった。それどころか自分が厳しく鍛え上げているからと他人にまで同じことを強要し、できなければ容赦なく切り捨ててきた。そんな者に王を務めることは絶対にできん!」

「父上、父上……!?」

「何度か諌めたこともあったが結局ぬしには届かなかったの。天才ゆえの傲慢が、凡人ごとき余の言葉に聞く耳を持たなかったか。言ったの、お前はヒトの恨みにあまりに無頓着すぎると。その結果がこれか……」


 マシュハーダの、斬り落とされた両腕を見る。


「イディール殿へしでかしたことを思えばまさしく因果応報じゃの。ヒトのためにならぬ努力などいくら積み重ねても果てには破滅しかない……ということか」


 国王は一通り見まわしてから再び俺へと向き直り……。


「この国のあらゆるものが、そなたを追い詰めていったようじゃのう。ゆえにそなたという偉才を我が国は失った」

「なんとかして取り戻そうとは思わないのですか?」


 俺は試みに尋ねてみたが……。


「『どの面下げて』と思っているのじゃろう? 余にもそれぐらいのことはわかる、虐げられ爪はじきにされた者がどう思うのかぐらいは。であればヘタにすり寄らず一定の距離を保っていた方がまだマシというものよ」

「敵に回られるぐらいなら赤の他人の方がマシだと?」

「そうよな、できることなら完全なゼロから、互いの関係を築き直していきたいものよ」


 エクサーガ兄さんに目配せすると、苦笑するような表情が返ってきた。


 既に王女様との婚約が決まっている兄さんは、国王に取り込まれていると言っていい。

 それを切り札として使う素振りも見せない国王は、誠実ではある上に食えないヤツでもあった。


「結局俺は、この国で大きくなることはできなかったと思います。退学になり勘当されて、自分一人で世界に出てやっと自分が何者かわかってきた」


 大樹海で出会い、絆を結んできた仲間たち。

 冒険者ギルドで俺によくしてくれた人々。

 エクサーガ兄さん。


 そういう人たちと触れ合い、やっと俺は自分の世界を築き上げることができた。

 それができなかったこの国は最初から俺の場所ではなかったのだろう。


「俺は帰ります。自分で切り拓いた自分の場所に」

「お見送りしよう。大した持て成しもできなんだが勘弁してほしい」


 こうして俺は、自分の過去に完全に決着をつけて帰還した。

 俺の仲間たちのいるユートピアへ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] イディールが冒険者として頭角を表した段階で、彼は『騎士』としての才能は全く無いとキッパリ言える校長だったら問題なかったんだろうね 騎士学校は一流の騎士を育てる場所であって、絶対的強者を…
[一言] 校長のクビと地位、マシュハーザを臣籍降下と(実質的に)降爵か ······地味にこれマシュハーザ子爵に対して温情判決ですよね? 一応まだ学生身分なのと何だかんだで自分の息子だからでしょうけど…
[気になる点] あと残った伏線は、ドラゴンの存在(物語に出ても出なくとも問題なし、主人公が強化のイベントかな)と名前だけ出ているけど登場していない氷漬け状態の絶対零度やA級冒険者の妹に三つ子等の『黄金…
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