69 宿敵との対峙
「威勢のいいことだな」
キザッたらしい声がすると思って振り返ると、そこには見知ってはいたけど見たくはなかった顔が……。
「やっと出てきたな……!?」
第四王子マシュハーダ。
さらにその背後に引き連れているのも、かつて俺が見知っていた顔どもばかりであった。
同級生たちだ。
「『黄金の第一三九期生』……!」
過去、俺が所属していた学年がそう呼ばれていた。
なんでも過去数年の中でもとりわけ優秀な生徒が粒揃いであったために誉めそやされた挙句、そんな面映ゆい呼び名がついたんだとか何とか。
皆優秀だとか言われていたがもちろん例外はあった。
そう俺だ。
「やっとオレの前に現れてくれたなイディール……!」
マシュハーダ王子の俺へと注ぐ視線は、宝物を愛でるかのようでもあった。
「随分と不当な扱いを受けてきたようだが、これからはもう心配はないぞ。このオレが守ってやる。お前はもっと早くオレに頼るべきだった。オレは有用な人材を守るために労力は惜しまん」
「王族なら誰でも守るのに労力を惜しむな」
瞳を輝かせるマシュハーダ王子の背後には、彼に続いて優秀な成績をはじき出すエリート生徒たちが一斉に、俺への視線を集中させていた。
その視線に宿った感情の色は……侮蔑、軽侮。
そりゃあそうかな、と思う。
彼らは学校で好成績を取り、いつでもだれからも褒められて憧れられてきた生粋のエリートなのだ。
それが『黄金の第一三九期生』。
それに引き換えドロップアウトして学校を去った俺などは、それこそ見下す対象にしかなるまい。
結局のところ歓迎しているのはマシュハーダ王子ただ一人で、他の連中にとっては煙たいというか迷惑千万でしかないということか。
この俺の帰還は。
「王子、ウチの兄さんから絶交されたろ?」
「うッ!?」
何故それを? という顔つきの王子。
気づかないとでも思ってか。あんな人質作戦のような手を打っておいて、その当事者にさせられたエクサーガ兄さんがブチキレないはずがない。
普段温厚な分、怒るとメチャクチャ怖いんだぞあの人は。
「アンタはいつもそうだ。策士ぶって色々策を弄する割に、そのすべての詰めが甘い。ヒトの気持ちをまったく汲み取らないからいらぬところで恨みを買って、それで躓くんだ」
「イディール! 無礼だぞ!」
控えていた取り巻きの一人が噛みついてくる。
ブロンドの長髪がキラキラ輝く女の子。
コイツは……?
名前は……?
「アレ……、アレ……、アレさー……?」
「アーレッサだ! 王族に継ぐ公爵家の令嬢の名を忘れるとは何事か!?」
「女の子がそんな乱暴な言葉遣いだと嫁の貰い手がなくなるよ?」
「煩い!!」
ツンツンした女の子だなあ。
しかしデレはいらんわ。
「……マシュハーダ王子、やはりこのような下賤者、王子が気に掛けるほどの者ではありません! 王子の手足として働く者ならば私たちだけで充分ではないですか!」
「然り! 然り!」
他の取り巻き立ちまで一斉に沸き立つ。
「我らは『黄金の第一三九期生』と呼ばれた俊英たち! 才覚だけでなく、もはや実力も一級以上と自負しています!!」
「現役の騎士に挑んでも勝つ自信があります!」
「いずれ一軍の将となられるマシュハーダ王子が我らを率いれば、いかなる敵軍をも蹴散らし、ドラゴンや魔王をも撃破できましょう!」
「それに今さらこんなザコを加えても、何の意味もありません!!」
俺を指さし言う。
「『黄金の第一三九期生』唯一の汚点! 成績優秀どころか日々の授業すら取りこぼし、学校にいられなくなった劣等生ではないですか!」
「こんなクズがS級冒険者とか……何かの間違いでしょう? あるいは冒険者というのは、ザコのクズでも容易に頂点を極められるほどヌルい世界なのでしょうな!」
「イディールごときがS級になれるなら我ら全員も簡単にS級になることができましょう!」
「いっそこれから皆で冒険者ギルドに乗り込み、その日のうちに皆全員S級冒険者になってしまうのはどうだ!?」
「それはいい! 我ら『黄金の第一三九期生』なら冒険者風情の頂点ぐらい簡単に極められようからな!」
プロの冒険者に聞かれたら殺されても文句は言えないなあ。
これだから温室育ちのお嬢ちゃんお坊ちゃんたちは。
「おい」
「ひッ!?」
ゲラゲラ笑うエリート生徒の一人に長曽祢虎徹を突きつける。
その切っ先が喉笛に添えられるまで、相手は何の反応もできなかった。
「俺をこき下ろすのは好きにしていいが……冒険者そのものを侮辱するなら命を懸けろよ? そういう職業だ、冒険者っていうのは」
「い、いつの間に……!?」
「彼らは常に命を張って未知なるものに挑戦している。お前らのように机でふんぞり返っているだけのエリートとは違うんだ」
俺の動きにまったく反応できなかったこと、それなりにショックのようだった。
もし実戦で、こっちに寸止めする気がなければ今頃首が落ちて死んでいたものな。
そうならずに生きながらえているのは、あくまでここがお遊びの場だから。
今日は対抗試合だものな!
「双方それくらいにしておけ」
これ以上は乱闘になりそうな雰囲気を制したのはマシュハーダ王子だった。
何、調停役みたいなポジショニングしてやがる。
「これがイディールだ。既に実戦を経験し、学生の我々にはない凄みを持っている」
「それぐらい……! 我々だって実戦に出れば……!」
「その頃にはイディールはさらなる経験を積んでもっと先に行っているぞ。我々にはない独自の方法論を持っているのだ。だからこそ我が臣下として相応しい」
と熱い視線を送ってくるマシュハーダであるが、迷惑千万。
「俺は誰にも仕える気なんかない」
せっかく手に入れた自由な身分だ。誰が好き好んでヒトの下に就くか。
「まったくです。マスターはマスターです、それが何故さらなる主人を持たなければいけないのか!」
「コレーヌ下がってー」
キミが出張ると話がややこしくなるからね。
ともかく今はマシュハーダ王子の処理だ。
「アンタが前々から妙に気を回してくることは俺も勘付いていた。退学後も様々して俺の生活を乱してきたことにな。しかし俺は何があってもアンタの人生に関わりたくないし、アンタを俺の人生に関わらせる気もない」
「無礼な! マシュハーダ王子が用いてくださろうというのに!」
また取り巻きが激昂しだしたが、一睨みで黙らせた。
やはり所詮温室育ちのエリートは、気力胆力の面ではプロ冒険者の足元にも及ばない。
「だからもう俺のことは放っておいてくれ、金輪際関わってくるな。それを言うために今日は来たんだ」
「……」
「今回の一件でエクサーガ兄さんを敵に回したんだろう? 不用意に動けばそれだけ自分を追い込むと学ぶべきじゃないのか?」
これ以上どんなに蠢動しようと俺を部下にすることなどできない。
余計なことをしてまた敵を作り、立場を悪くするだけだ。
それが嫌ならもう何もするな、と警告したつもりだった。
が……。
「いいや、オレは諦めない」
「なんで?」
「オレはいずれ王になる」
その宣言は周囲にいる者たちにも衝撃を与え、ざわめかせた。
それもそうだろう。マシュハーダは王族とはいえ第四王子、王位継承順位も四番目だ。
「気はたしかか? 頭大丈夫?」
俺も同じ意味の言葉で二回も聞いてしまった。
この国は原則的に長子継続。
次男以下が後継者になろうというならそれは物騒な意味しか含まない。
「公の場で口にしたのはこれが初めてだ。しかし望みは昔からあった。オレは才能に恵まれ、学ぶための環境にも恵まれた。その中でもっとも努力し、兄たちよりも優れて大成したと思っている」
知らんがな。
「であれば、オレこそが王位につくべきではないか? 王族の中でもっとも優れ、どんな困難だろうと打ち破ることのできるオレが王になれば、この国は安定しさらに栄えるだろう! この国のためにオレは王になるべきだ! 国を思うならばそれが最善の選択だ! その判断を信じ、オレは王を目指す!!」
「それと俺と何の関係が?」
「大ありだ。将来お前には、王となったオレの片腕として働いてもらう。優れた王には優れた臣下が必要なのだ。だからオレは絶対に諦めん。オレの理想とする国づくりの第一歩としてイディール、オレはお前を手に入れる」
「迷惑千万」
このセリフを言ったのも何回目だろうか。
「しかしお前が自分の運命を受け入れずに意固地になっているのもよくわかった。だから、こういう賭けはどうだ?」
「賭け?」
もしや……!?
「これから始まる対抗試合で優勝した方が、相手に要求を飲ませられる。お前が優勝したならお前の望む通り金輪際、オレはお前に関わるのをやめよう。その代わり俺が優勝したらなオレの望み通り、お前はオレの臣下となるのだ!」
「何故優勝?」
それが条件だと、俺もアンタも優勝できなかった場合、判定はどうなるの?
相変わらず穴の多い計略の人だ。
「しかしいいだろう。それでアンタが満足するならな」
元々後腐れない決着をつけるために乗り込んでやったんだ。
満足してくれるならとことんまで付き合ってやろうじゃないか。




