67【別視点】マシュハーダはまた敵を作る
騎士学校、年次対抗試合、その当日……。
マシュハーダ王子は、彼自身もまた騎士学校の生徒として対抗試合に出場する資格と義務を持つ。
一年度から昨年まで全年度で優勝を成し遂げた彼である。
今年もまた優勝を飾れば、天才ゼクトウォリス秀才エクサーガに続く全年度制覇の達成者として学校の歴史に名を刻むこととなる。
しかし彼にとってもはやそんなことはどうでもいい。
既に前人が打ち立てた偉業などを繰り返して何の意味があろう。
それよりも遥かに有益で、意味のある成果が、もうすぐ彼の手に転がり落ちてくる。
待ちわびた最高の人材が、彼の軍勢に加わる。
その方がよっぽど興味を惹かれるし胸躍ることであった。
細工も流々。
用意されたエサが機能する限りヤツは必ずここへとやってくるであろう。
「お兄様! お待ちくださいお兄様!」
そのエサが、煩く囀っている。
「一体何をするつもりなのですか!? 私は聞いておりませんよ! こんなお遊び、私とは何の関係もないはずです!」
「本来ならそうだ。しかしこのオレが結び付けた。お前には、今日の対抗試合の優勝者と結婚してもらう」
マシュハーダ王子の背を追う第三王女マリアデルは、衝撃に頬を引きつらせる。
それは不快交じりの衝撃だった。
「そんなこと……! 私は聞いておりませんわ! 今日になっていきなり騎士学校に来るよう命じられて、何の用かとわけのわからぬまま訪問して聞かされたのがそんなふざけた内容です。承服できるとお思いですか!?」
「できるかどうかなど聞いていない、承服するのだ。それがお前のするべきことであり、果たすべき使命だ」
「ふざけないで! 何の権利があってそんなことを!?」
第三王女マリアデルは、王族に生まれながらも体が弱く、幼少より病魔に苦しめられてきた。
病弱な体では政務もこなすことができないし、他国へ嫁ぐこともままならぬ。
しかしながら、最近になって新たな薬が発見されて快方へと向かい、今では気軽に外出もできるほど健康になってきた。
「政略結婚の駒にもならん役立たずであったのが、健康になってやっと利用価値が出てきたのだ。ここは賞品代わりに武祭の盛り上げとなって、将来国を守る騎士たちの励みとなればお前も本望だろう」
「本望であるはずがありません! 私の嫁ぐ相手は、私自身が決めます! 何故お兄様が勝手に決めるのです!?」
「当然だ。オレはお前の兄だから、お前をどんな男にくれてやるか好き勝手にしていいに決まっているだろう?」
本来、王家に生まれた女に、嫁ぎ先を自由にする権利などない。
結婚とは家と家との契約。王族同士の結婚ともなれば国と国との契約にもなる。
国家がより栄えるためにも王女は、より国家の益となる相手と結婚して関係を強化しなければいけないし、それに対して嫌とは言えない。
それが王家の女のあるべき姿。
「お前もこれまで散々病んで周囲に迷惑をかけてきたのだ。その償いのためにも兄の言うことを聞いて賞品役ぐらい立派に果たせ。それがお前の生まれてきた意味だ。お前を役立てようとする兄に感謝するんだな」
「いいえ感謝なんかしません。お兄様アナタをお恨みいたします……!」
恨む。
その言葉にマシュハーダの胸が小さく疼いた。
「たしかに私は役立たずの王女でした。物心ついた時から病弱で、人生のほとんどをベッドで伏せっていた。きっと一生このままで王女なんて名ばかりだと思っていた……!」
しかし。
「そんな私を変えてくれた人がいたのです。その人の懸けてくれた言葉が、私にどれだけの生きる力を与えてくれたことか。私は自分の幸せを探せばいい。その一言でどれほど心を軽くしてくれたことか……!」
「何を言っている……?」
「今の私があるのはあの方のお陰です。あの方の支えで私は自分の人生を取り戻せた。だから私の人生はあの方以外に捧げるつもりはありません! 私が愛するのはあの方だけです!!」
それまでは病弱で、ベッドの中で怯えるように縮こまっていた乙女が、奮然と牙を剥いてくることにマシュハーダは困惑した。
この女は、これほど物事をハッキリ言う女だったか、と。
「今すぐ宣言を撤回してください。私は賞品代わりになどならない、いいえ、私が誰のものになるかは私自身が決めていると、その相手は……!!」
「そこまでにしましょう姫」
「エクサーガ様……!?」
いつの間にか王女の肩に、優しく手が置かれていた。
そこにいるのは凛々しい偉丈夫の騎士。
「アナタは本来芯の強い女性なのですね。健康を取り戻して兄上相手にそこまでの啖呵を切れるとは」
「エクサーガ様……私……!?」
「しかしここからは私に任せてくれませんか? 自分の女を奪われようとして何もしないでいればそれこそ騎士の……いや男の名折れだ」
「エクサーガ様……!」
第三王女の頬がリンゴのように赤く染まる。
二人の仲が深まっていることは聞き及んでいたが、実際に見てここまでとはと思うマシュハーダであった。
「マシュハーダ王子、アナタが何を思ってこんな挙に及んだかはわかっているつもりです」
「ど、どういう意味だ……!?」
宣言通り、攻め手がエクサーガに交代し、マシュハーダに向けて舌鋒を鋭くする。
鍛えぬかれた騎士ではあるものの、だからこそ王族に対しては絶対服従を強いられるべき者。
だからヘタに親族であるマリアデル姫よりも御しやすいかと思いきや、その鋭さは少しも侮れない。
「アナタの真の目的はイディールを引っ張り出すことでしょう、大樹海から。たしかに弟はいいヤツです。こんな不甲斐ない私でも兄と慕ってくれる。私が困った状況に陥ればジッとしてはいないでしょう」
エクサーガに真意を見抜かれたこと。
それ自体ではマシュハーダも揺るがなかった、それぐらいはもう想定済みだ。
しかしそこから続く秀才騎士の言葉が、想定以上にマシュハーダを揺さぶった。
「だからイディールは必ず来るでしょうがとんだ愚策を講じたものだ。マシュハーダ王子、アナタが世間で言われるよりも大分愚かでいらっしゃるのだな」
「何ぃッ!?」
これにはマシュハーダも色めき立たずにはいられなかった。
生まれてこの方、ヒトから『愚か』などと言われたことは一度もない。
「どういう意味だ!? たしかに貴公の読み通りイディールは現れる! 私の目論見通りではないか!?」
「それは第一目的に過ぎぬでしょう? 一番目の目的を果たすために最終目的を達成できない。そんな手を打つヤツが愚か者でなくて何だという?」
「なッ? な……ッ?」
「アナタの望みはイディールを配下に加えることでしょう? アイツは随分嫌がっていますがね。そうしてただでさえ嫌がっているのに、アナタは家族を人質にとってアイツの行動をコントロールした」
それによってイディールは……。
「完璧にアナタを敵とみなしたことでしょう」
「バカな何故だ!?」
その指摘にマシュハーダはこれまで以上に慌てふためく。
「オレはイディールを認めているのだぞ! この世界中でヤツ以上の有能はいないと思っているほどだ! さすればオレこそイディールの主にもっとも相応しい男であり、イディールはオレの下で遺憾なく能力を発揮できる!」
「それはアナタの意向であって、イディールの意思とは何も関係ない。我々にもね、主を選ぶ権利はあるのですよ。その程度のことも知らないとは、これだからお坊ちゃま育ちの若僧は……」
「何ぃ……!?」
エクサーガの舌鋒が切り裂くほどに鋭い。
その理由が、マシュハーダにも段々わかってきた。彼はマシュハーダに対する敬意を少しも持っていなかったのだ。
「主君面したかったら、少しはそれらしい振る舞いをするのでしたな。今となっては何もかも遅い。イディールはもはやアナタを仕えるべき主とは思いますまい。アナタに傅くぐらいなら死を選ぶでしょう」
「そんなバカな……!?」
「そしてそれは私も同じこと。……愛する女性をモノのように扱われて、黙って従うようなヤツは男ではない!」
エクサーガから発せられる烈風の怒気。
普段温和で物静かな男だからこそ、怒らせたときは取り返しがつかない。
「以後、いかに王族といえどアナタの命令にだけは何があっても従いません。アナタはいずれ騎士学校を卒業して騎士になる。親の七光りで躍進し、叙勲と共に私より階級が上になるかもしれませんな。それでもアナタの命令には何があっても従わない」
「当然です。エクサーガ様は既に私の警護騎士。国王たるお父様を除いて私の他に命令されるいわれはありません!」
ここでさすがにマシュハーダも『マズい』と思った。
エクサーガもまた麒麟児揃いのジラハー兄弟。その実力人格は国内有数なのだ。
いずれ自分が王になった時に必ず役立つ人材、確保しておかねばならないとマシュハーダは慌てる。
「まあ、待つがいい。わかっていると思うがオレとマリアデルは兄妹で結婚などできぬ。だからオレの優勝した暁には結婚相手として貴公を指名してやろう。それでどうだ?」
「余計な気遣いだ。つい先日、国王陛下に直談判し婚約のお許しを得たところだからな」
「なッ!?」
エクサーガとマリアデルが既に婚約を結んでいる。
では今日の対抗試合で約束されたことはどうなるのか。
「お兄様がウソつき呼ばわりされるだけのことですわ! それも私たちの知ったことではありません。どれもこれもヒトにかまわず勝手に推し進めるお兄様の自業自得なのですから!!」
「マリアデル姫の言う通り。まあ、もしも婚約が認められなければ姫を連れて国を出る覚悟だったがな。面倒が少なくなっただけのことだ」
そこまでの覚悟でエクサーガは、マシュハーダに逆らうつもりだった。
マシュハーダには訳がわからなかった。彼ほど有能な騎士が、何故それほどまで王族であり優秀な自分に反対するのかと。
「マシュハーダ王子……、いやマシュハーダよ。私からもハッキリ言っておくが、お前は王にはなれない」
ここ最近何度か言われた言葉を、また言われる。
「王に必要不可欠なもの。弱者に対する思いやり。それがお前には決定的に欠けている。お前が王になればこの国は不幸になるだけだ。騎士として国難は廃さねばならぬから、お前の王になる可能性があれば全力で阻止に動く」
「そんな……だがオレは……!?」
「そもそもお前は第四王子。お前までお鉢が回ってくる可能性はゼロに等しい。ありえない可能性に向かって奮うことこそ無駄な努力だ。いいか、お前こそ……!」
エクサーガは言う。
「……身の程を弁えろ」
十数年後の国の未来を支えるであろう有望の騎士がまた一人、マシュハーダの敵に回った。
――『恨みとは恐ろしいものだぞ』。
父親から直に伝えられた言葉が、今さらになって胸中に響いてきた。




