65【別視点】王になってはいけない男
第四王子マシュハーダは、唐突に呼び出された。
王族たる彼を呼びつけられるほどの人間は数少ない。ほぼ一人だけと言っていい。
この国の王。
マシュハーダの実の父親でもある男であった。
国王シクジラス十四世は、息子とまみえるとすぐさま切り出す。
「そなたには、ハッキリと伝えておくべきだと思うてのう」
「はい?」
「そなたは王にはなれぬ」
平凡と称される王にしては珍しい断定口調。
そして告げられた内容だけにマシュハーダは取り乱してもよかったろうが、そこは持ち前の有能さでもって取り繕う。
「わかりきっていたことです。自分の立場は弁えております」
第四王子。
その番号が示す通り、彼の王位継承順位は四番目。
仮に不測の事態が起こったとしても、それが三度続かなければ彼に王座は巡ってこない。
その可能性の低さはもはや『あり得ない』と同義であった。
「父上のあとは兄上が立派に引き継ぐでしょう。私は王族として、その補佐を務めることが生涯の目標でございます」
「そうやって本心を隠し、上手く立ち回れるのもお前の器用さよの。しかしそういうことではない」
「?」
そういうことではない。
ではどういうことだというのか。
「順番の問題ではないのだマシュハーダ。『仮に』の話をするならば、たとえお前が第一王子であってもお前に王座は譲らぬ。法を変えてでもお前を廃嫡し、王位は二番以下に譲れるよう万策を尽くすであろう」
「な……!?」
「ジュバンニを始めとするお前の兄たちが皆死んだとしても、王位はお前には継がせず第五王子のティーパに継がせる。お前以外の王子が全員死に絶えたのなら我が娘の中から女王を立てよう。もし男女に関わらず、お前以外の我が子が全員いなくなったとしたら……」
国王、息を漏らしてから言う。
「……やむをえず、過去臣籍降下した王族の血筋を辿って相応しい者を選び出そう」
「お待ちください!!」
堪らずマシュハーダは割り込んだ。
心底には『王になろう』という野心が燃え盛っていたが、それを悟らせるのは悪手でしかないと悟っている彼だから巧みに押し隠している。
それでも、この王=父親からの宣言には言い返さずにはおれなかった。
「何故ですッ!? たしかに私は第四王子ですが、それでも王族の端くれとして努力してきました。万が一にも私が王座に就かなければならなくなったとして、それでも充分果たせる自信はあります。それなのに何故父上は私を邪険になさるのか!?」
「『努力してきた』、か……?」
「いかにも! はばかりながら王となるための努力であれば、私こそが誰よりもしてきたという自負があります! 第一王子であるジョバンニ様よりも! 父上は何故、その私の苦労を蔑ろになさる!? 報われるかどうかはさておいても、認めるぐらいはしてくれてもよろしいのでは!?」
現在学生の身分であるマシュハーダではあったが、その彼が学ぶ騎士学校は国内有数のエリート校。
騎士としての戦闘技術はもちろん、公の場に出た時のための儀礼、さらには政治学帝王学も、学校で学べない分は王宮付きの家庭教師に学んで完璧に備えているマシュハーダであった。
知識能力、すべてにおいて完璧であり穴はないという自信がある。
「だからじゃよマシュハーダ」
「は?」
「有能だからだ、お前は強く賢く、どんなことであろうと一人でできないことはない。完璧と言ってもよかろう。だからこそお前は王に値しない。いや王になってはならない男じゃ」
「どういうことですか? 意味がわかりません?」
マシュハーダはこの時ほど混乱したことはない。
何故有能では王に相応しくないのか。王とは国の頂点。頂点であるからには誰よりも優れていなければならないはず。
優れたものとなるには努力し鍛え上げて、他の誰よりも多くの技と知識を蓄積し、かつ欠点を潰さねばならない。
それを実践してきたことにかけて誰にも負けないと確信しているマシュハーダ。
そんな自分を王から弾き出そうなど父は、自分の無能さゆえに嫉妬しているのではないかと勘繰るほどであった。
「別に有能であってもいいさ。王であるもの、能力がなければ話にならん」
「なればこそ……!!」
「しかしありすぎるというのも困りものじゃ。特にマシュハーダ、お前は有能であることの弊害が特に際立っておる。だからこそお前を王にはできん。お前が王となればお前の持つ弊害が国を荒らすこととなろう」
能力に拘り過ぎる人間は、物事を判断する基準を能力しか持たない。
他者を評価する基準もそうであった。
低い継承順位にありながら王ならんとするマシュハーダが、それゆえに人並外れた才能と努力で、人並み外れた能力を蓄えてきたことは王も見抜いていた。
だからこそマシュハーダ自身が能力のみに人間の価値基準を置こうとするのも見抜いている。
それは、王がもっともやってはいけないことの一つでもあった。
「人の価値は、能力だけで決まるものではない。その他にも多くの人の価値を測る物差しがあり、それらすべてを駆使して人を計る。それが王にもっとも必要な能力なのじゃ」
「…………」
「余は、自分が周囲からどう言われているか知っておる。取り立てて優れたところもない凡王と。しかし、そんな平凡な余でも何とか無事治世を終えられそうなのは、余に人を計る力がしっかり備わっているからだと自負しておる。お前のこともそれなりにわかっているつもりじゃ」
「私には、人を計る力がないと? だから王にはなれないと、そうおっしゃるのですね?」
「理解が早いの。さすがに賢いだけはあるが、それは王に必要な賢さではない」
「わかりません! 国を動かすのに有能さは必要不可欠ではないですか!? 強い騎士、賢い官吏、それらがいなくては国は動かない! それらを束ねる王は誰よりも強く賢くなければいけない! それが当たり前ではないですか!?」
マシュハーダはもはや取り繕いもせず父親に食ってかかった。
自分の未来どころか過去までも否定されている、そう感じたのであろう。
「そうやってお前は、能力のない人間を情け容赦なく切り捨てていくのであろうな。お前が王になれば、この国は有能な者しか生き残れない。辛く厳しい世界となるであろう」
「元から世界はそうではありませんか!? 強き者が生き、弱ければ死ぬ! 弱肉強食こそこの世の真理!」
「人間など皆等しく弱者よ。有能か無能かなど些末な違いでしかない。有能も無能も関わりなく助け合い、一致団結して生きていくからこそ本質的に弱者たる人間は、大自然に巣食う強者たちと渡り合いながら生きていくことができるのじゃ」
そんな中で、無能弱者を切り捨てることしかしないマシュハーダが指導者の座に就けばどうなるか。
「この国は切り捨てられた者の恨みで満ち溢れることとなろう。マシュハーダ、お前は人の恨みに対してあまりに鈍感すぎる。それがお前を絶対に王にはできない、もう一つの理由じゃ」
「人の……恨み……?」
マシュハーダは『何だそれは?』という表情をした。
「人はな、傷つけられたり侮辱されたり、粗末な扱いを受けると恨みを持つものじゃ。お前にはまったくそれがわかっていない、であろう?」
王から念を押されても戸惑うことしかできないマシュハーダであった。
それが指摘の正しさを証明もしていた。
「王族であれば、誰もが無条件に自分を慕うものだ……とでも思っているか? 自分が最強であれば、弱者などいくら踏み潰してもいい……と思っているのであろう? お前の性格は、恨みに鈍感になるべき要因を持ちすぎておる。不幸なことじゃ」
「な……ッ!?」
「しかしこの世に、人の恨みほど恐ろしいものはないぞ。過去の歴史にお前程度の天才はいくらでもいた。その多くが、その有能さゆえにいらぬところで人の恨みを買い、知らずのうちに多くの敵を作り、足元を掬われ滅んでいった」
「私もそうなると言いたいのですか?」
「お前一人滅ぶならそれでもいい。しかしお前が王となれば、お前の滅びはこの国も道連れじゃ。それだけは絶対に避けねばならん」
「心外ですな。私ほど人材を愛する王族はいません。騎士学校では多くの優秀な生徒を従え、彼らからも敬われております」
「その割には一人、もっとも重要な生徒を掴み損ねたようじゃのう」
王は、くたびれた様子で言う。
「S級冒険者イディールの経歴は徹底的に調べさせた。騎士学校在学時は、お前と一悶着あったそうではないか」
国王が直接抱える密偵隠密であれば、騎士学校内での出来事でも詳細に調べられるであろう。
年一回の対抗試合で、マシュハーダがイディールの何を砕いたのかも。
「イディールは、私がもっとも評価する人材の一人です。私こそが、彼の価値に一番最初に気づいたと言ってもいい」
「わかっておらんなマシュハーダ。問題は、お前が彼を評価していることではない。彼がお前をどう評価しているかじゃ」
「仰る意味がわかりませんな」
「自分は王族だから無条件に慕ってもらえる。……本気でそう思っているようじゃの。エリートとはどうしてそう能天気なものか」
これ以上は埒が明かぬ……とマシュハーダは思った。
きっと凡人である父は、天才に成長した息子への嫉妬が抑えきれないのだろう。だから『王にはなれない』などと言いがかりをつけるのだ。
屁理屈をこねる弱者を黙らせるには手段は一つしかない。
そう、実力をもって、だ。
「そこまでおっしゃるならば、私の王としての資質を披露しないわけにはいきませんな」
「んぬ?」
「イディールの件については私も随分前から心に留めておりました。……父上も、今や世界規模での重要人物となった彼を我が国に帰順させたくて仕方ないのでしょう?」
しかしそれは思うように進んでいない。
彼を退学に追い込み、親子の縁を切って勘当までした。
それらの蟠りが、出身国であるにもかかわらず彼と国との関係を抜き差しならないものにしている。
S級冒険者として『イデオニール大樹海』の開拓を進めているイディールの事業は、これから億万の富を生み出すことになろう。
その利益を分け合うか、まったく蚊帳の外に出されるかはこれからの一挙手一投足に懸かっている。
「……よかろう、やってみよ」
王はため息交じりに承認した。
「さすが国王、ご英断にございます。必ずやイディールを私の手で取り戻し、この国第一の忠臣に仕立て上げて御覧に入れましょう。その時こそこの私に、部下の全力を引き出すことができると認めていただきます」
◆
無論王は、マシュハーダにそんなことができるわけないとタカを括っていた。
世界級の重要人物イディールとこの国との縁が、これでいよいよ完全に切れるかもしれない。
国家が被る損失は計り知れないが、その代わりマシュハーダには学校で習うことのできないもっとも重要なことを学ぶ最初で最後のチャンスが得られる。
それを得と思ってしまうあたり、やはり自分は親バカなのだと思わざるを得ない国王であった。




