61【別視点】父親への最後の報い
ハーパンク=ジラハーはジラハー家旧当主であり、家督は既に長男に譲られてその実権はない。
従って社交界に出るいわれはなく、もはや俗世と隔たれた存在といってもよかったが、それでも彼は毎夜行われる舞踏会晩餐会へと通うのをやめなかった。
それが彼の生き甲斐ということもある。
独身時代、極めて平凡であるゆえに誰からの注目も受けなかった彼が、父親になることによって稀代の名声を得た。
彼の種から生まれた子らが類まれなる才能と実績を持っていたからだ。
長男ゼクトウォリスは史上最年少で騎士団長の座に就き……。
次男エクサーガもその将来性の高さは折り紙つきとなっている。
それら麒麟児たちを息子にもってハーパンクは得意満面の極致にあった。
社交界の面々からその点を誉めそやされることは彼にとって美酒に勝る陶酔であり、その快楽を断つなどもはや不可能なほど。
ジラハー家当主でなくなった今なおいそいそと出かけるほどであった。
本当なら家督を失った隠居が現れるには憚りある場所が社交界であり、ましてハーパンクは家督を失うと同時に長年付き添った妻から離縁されていたため益々肩身は狭い。
それでもなお出席する理由はいくつかあって、現当主となったゼクトウォリスが社交を厭い一切参加していないことから彼の入り込む余地がまだあること。
そして彼自身華々しい場所で注目を受け、誉めそやされる快感からの執着を捨てきれないことであった。
それにもう一つ、つい最近になって彼の評価を巻き返す出来事が起こった。
それによってハーパンクは益々得意満面となっていた。
彼の三男イディール=ジラハーがS級冒険者に認定された事件である。
◆
「おやおや! S級冒険者のお父上がご入場ではありませんか!?」
「騎士団長に続いてS級冒険者までも輩出するとは! ハーパンク殿のお胤はやはり特別製と見える!」
今日も舞踏会の席で称賛の声が飛んだ。
ここ数日はいつにもまして称賛は賑やか。
すべては国を揺るがす大ニュースから起因している。
「我が国からS級冒険者が出るのは何十年ぶりのことか!? それほどにS級冒険者は貴重ですからなあ!」
「しかもそれが、かの騎士団長ゼクトウォリス殿の弟御! いややはり血統というものはあり得るのですな! 天才も秀才も、優れた血を根源として生まれてくる」
「だとすれば、その血統の大元であるハーパンク殿こそ天才の根源と言えましょう!!」
今日も彼を誉めそやす声がダンスホールに響き渡る。
これを聞くためにこそハーパンクは毎夜のように社交界へと通い詰めている。
彼にとっても三男イディールの栄達は意外極まりないものであったが、しかしハーパンクは素直に喜んだ。
自分の名声を高めるものとして。
彼にとってはS級冒険者なる称号がいかなる意味を持って、どれほどまでに貴重なものであるかなど知らなかった。
また興味もない。
しかし自分が褒められる要因となるのであれば素直に受け入れられたし、その元がイディールであることも許容できた。
かつて彼自身が追い出した息子であったとしても。
今日も彼の周囲には彼を讃えるための集団が集まってくる。
「しかしハーパンク殿もお人が悪い! ゼクトウォリス殿だけでなくもう一人、ここまで才能豊かなご子息をお持ちだったとは!」
「そうですわ! ハーパンク様ったら、これまでイディールS級冒険者様のことなんて一言もお話しになりませんでしたじゃない! 私たちの仲なのにあり得ませんわ!」
と見知った社交界の常連貴族たちが群がってくる。
「ハハハハハ! いやいや申し訳ない、我が息子イディールは今でこそああですが、子どもの頃から何をやってもダメなヤツでの! ワシも恥ずかしくて表に出さなかったのだ!」
そして忌み嫌っていた三男を語るハーパンクはやはり得意満面であった。
「まあ、S級冒険者になれるほどの才覚をダメだなんて!?」
「S級冒険者は世界にたった十数人……。騎士団長や特級魔術師よりもなることが難しいと言われているのに……!?」
「そのS級冒険者になれたイディール様を叱り飛ばせるなんて、さすがはハーパンク殿、『麒麟児たちの父親』ですな!」
実際のところハーパンクは、自分の三番目の息子にかける期待など欠片もなかった。
だからこそ容赦なく勘当して家から追い出せた。
そんなイディールが知らない場所で奮励し、ついに東西稀有の成果を挙げたことはハーパンクにとっても喜ばしいことであった。
長男から家督を取り上げられ、社交界へと出て行きづらくなったところに絶好の話題を得られたのだから。
自身の語る通りハーパンクは、S級冒険者という称号がどれだけ貴重なのかよくわかっていない。
しかし自分を際立たせるための情報なら何でも大歓迎の男であった。
それをもたらした本人が、かつてハーパンクからどんな扱いを受けたとしても。
自分の好ましいことしか自分の中に入ってこない、そんな人間がたしかにいた。
「それで毎日叱り飛ばしてやっていたんですがの! その悔しさをバネにしたようじゃ! イディールもワシに認められたくて仕方がなかったんだろうの! これはしょうがないから直接会って褒めてやらねばならんわい!!」
おだてあげる周囲に調子のいい言葉を吐き散らすハーパンク。
息子たちの挙げた成果が、そのまま彼の成果になる。
しかし無論それは彼自身の成果ではない。
他人の築き上げたもので自分を飾る者には、いずれ報いがもたらされるであろう。
「おや、あれは……!?」
「エクサーガ殿? 今度マリアデル第三王女殿下のお付き騎士となったエクサーガ殿ではないか?」
突如舞踏会へと現れたのはハーパンクの次男エクサーガであった。
久々に会う息子の一人にハーパンクも胸躍る。
「おおエクサーガ! 奇遇なところで会うのう! さあさ近う寄れ!」
「ご無沙汰しております父上」
辺境騎士などに就任し、一度は父親の期待を踏みにじった次男であるが、どういう経緯か今になって王女お付きの騎士へと就任。
中央へと返り咲いた。
それどころか王族の直接警護を務めるのは近衛騎士の中でも飛び切りの栄誉。
長男が騎士団長、次男が王族警護、三男がS級冒険者。
ハーパンクの父親としての名声は最高潮といってもよい。
頂点まで行けば、あとは落ちるだけであった。
「父上、国王陛下からアナタへの勅命を預かってきました」
「なんと!? 勅命!?」
国王から直々の言葉を賜るなどハーパンクの人生にこれまでないことであった。
多くの才能ある息子を持つことで、それを見育てた父親にまでお褒めを頂けるということか。
ハーパンクの瞳に輝きが宿る。
「ジラハー家前当主ハーパンクに、サーセン辺境領警護の任を与える」
「はあ?」
「一兵卒として」
「はぁあッ!?」
ハーパンクの目の輝きが弾け散った。
サーセン辺境領といえば『イデオニール大樹海』の面するボトリヌス辺境領とはまた別の辺境。
どちらにしろ首都からは遥か遠く、赴任となれば毎夜の舞踏会に出席することは叶わない。
それどころか都会の裕福な暮らしに慣れきった中年にとっては服役刑に匹敵する過酷さになるであろう。
「何故!? どうしてだ!? ワシは騎士団長の父親だぞ! さらには王族直接警護騎士の父親であり、S級冒険者の父親だ! そのワシがなんでそんな不当な扱いを受ける!?」
「今アナタの言った中に答えがあるではないですか」
エクサーガは冷たく言う。
その声の冷たさは肉親へ向けられるものではなかった。
「S級冒険者の父親だから、アナタは遠ざけられるのです。悪い父親であるから」
「なッ!?」
周囲ですり寄っていた貴族たちが逆に、ジリジリとハーパンクとの距離を開け始めた。
「王女の警護騎士となった縁で、国王陛下から直接質問いただける機会を得ました。そこですべてをお伝えしましたよ。イディールにアナタが行った仕打ちを」
天才すぎる長男で有頂天になり、その下の子にもすべて最高以上の成果を求め、果たせなければ過剰に責め立てていたこと。
それが極まって三男イディールを勘当し、家から追い出したこと。
すべて国王の知るところとなった。
それは公のことになったということでもある。
「そのような不当な扱いを受けてイディールがアナタを恨んでいる可能性は大いにある。S級冒険者となった彼はもはや国家の賓客。彼の機嫌を損ねるようなことはあってはならないのです」
「ぬぐッ!?」
「そんな彼を父親というだけで圧迫し、挙句勘当までした。イディールの才能を見抜けなかったアナタに、国王陛下はいたくご立腹です。この上はアナタに罰を与えることで心証をよくしようと。そうしなければ一度悪くしたイディールとの関係は修復できない!!」
エクサーガから告げられる事実にハーパンクの足元は揺らぐ。
『勘当?』『S級冒険者を?』『なんと不見識な……』周囲からヒソヒソと聞こえてくる。
「アナタの首を斬り落として手土産に……、という意見もあったのですが、イディールは優しい男だ。アナタのようなクズでも父親が死ねばきっといい気はしないでしょう。だから都落ちで済ませたのです」
「そんな……!? 待ってくれエクサーガ……!?」
「自分で努力せず、息子たちの努力に乗っかり名を上げてきたアナタに当然の報いだ。これからは自分自身の手で成果をもぎ取るんですね。その機会を与えてもらったと思えばむしろ幸せでしょう」
うらびれた辺境へ一兵卒として。
それは人生の盛りを過ぎた中年にとってはあまりに過酷な配置転換。
もはや名家の当主でもなく、息子たちを駆り立てるだけで自分自身では何も築き上げなかった男にはよく似合った環境だと言えた。
のちに勅命を受け入れるしかなく、辺境へと去っていった無能父に国王は『これでS級冒険者の機嫌を損ねるだけはなくなったか』とだけ呟いたという。




