60【別視点】追いつめられるマシュハーダ
「イディールが騎士としての道を絶たれたのは、ぬしとの試合で利き腕に再起不能の傷を負ったからだという。それによって成績は暴落し自暴自棄にも陥った。彼を困難に追い込んだのは誰よりもぬしではないか」
国王からの指摘にこの上なく動揺するマシュハーダ。
彼の父は、イディールに関するあらゆることを既に調査済みだったのか。
そうでなければ彼の右手の怪我のことや、その原因をあらかじめ知っているはずがない。
騎士学校長を呼んで話を聞くのは、単に糾弾ついでの答え合わせにすぎなかった。
それはマシュハーダに対しても。
「そんなぬしが得意顔で『使ってやる』などと言っても顰蹙しか買わぬわ」
「お、お待ちください……! 私は彼を評価しています! バカな教師や同級生が彼を見下していた時から彼の輝く才能を見抜いていたのです。そんな私だからこそ彼を……イディールを用いる資格がある!」
「何故?」
マシュハーダは本気で焦っていた。
彼の言葉は心底本気であり、この世で自分以上にイディールを使える主君はいないと確信している。
だからここで、国王からそのことを否定されては困る。
どれほど才能に恵まれても今はまだ第四王子でしかない彼は、父王の許可がなければ何も進められないのだから。
「父上……。高貴なる騎士は、自分を理解してくれる者のために死んでも悔いはない、と申します。なればイディールこそ私のために命を懸けるべき男。そんな彼の忠誠心に応えてやらねばならぬのです」
「それは命を捧げる側が言うべきセリフで、捧げられる側が言っても単に善意の強要にしかならんわ」
マシュハーダは益々困惑した。
いつもならば凡庸で容易く論破できるはずの父なのに、今日に限っては何故か次々主張を潰されてしまう。
念願の、イディールを配下に加えられる第一歩だというのに、そこからもう阻まれてしまう。
「マシュハーダよ……」
国王はくたびれたため息を吐く。
「ぬしはけっして王族の立場に胡坐をかく者ではない。むしろ王族という立場を駆使していかなる目的をも達しようとする者じゃ。使えるものは何でも使おうとするその心意気は正しい。しかしぬしは王族の権限を万能視しすぎているようじゃのう」
「それは……ッ!?」
「王族ならば誰もが無条件に自分に従うとでも思っているのか? たとえば利き腕を破壊し、肉体的苦痛を与えて将来を台無しにしても、王族ならば許してもらえると、好いて忠誠を誓ってくれると思っているのか?」
「いえ、その……!?」
まともな返答もできない息子に、国王は失望のため息をついた。
これ以上取り合っても仕方がないと。
「マシュハーダ。ぬしには今後一切イディールなる者に関わることを禁ずる」
「父上!? ですがそれは……ッ!?」
「ここまで言えばわかるであろう。彼との円満な関係を築き直すために、ぬしの存在そのものが邪魔になるのじゃ。彼は今や、我が国にとって微妙な対象となっている。S級冒険者が、国家権力を持ってすら御しきれぬ存在であることは知っておろう?」
「? どういう意味です!? いかに冒険者最上等級とはいえ所詮無頼の徒。国家の権力に抗しきれる存在ではないはず」
「知らなんだか……。英邁ではあってもまだまだ若い。蓄えた知識には限りがあるか……」
その言葉が意外なほどズタズタに、マシュハーダのプライドを傷つける。
「よいか、冒険者ギルドは各国を跨いで運営されている組織じゃ。複数の国に支部があり、それゆえ特定の一国に属しておらぬ。仮に国家間戦争が起きようと、冒険者ギルドはどちらか一方に肩入れしてはならんというのが暗黙の了解じゃ」
「それが何だというのです? 冒険者ごときに頼らずとも騎士の精鋭一揃えがあれば戦争など充分に……!?」
「そういうわけにはいかん。S級冒険者の存在は国家一つを左右すると言われているからな」
その言葉にマシュハーダは二の句が継げなかった。
「S級冒険者が発見した新たな開拓地や、討伐した大モンスターの素材などは容易に国家一つ分の利益となりうる。それを巡って揉め事が起こるなど珍しいことではないんじゃ。二つ以上の国が権利を主張し合って、挙句の果てには戦争に発展するということもの」
「……!?」
「イディールとやらが切り拓いた『イデオニール大樹海』の新探索エリアも同様じゃ。今まで謎に包まれていた領域からどんなお宝が発掘されるかわからぬ。国だってその利益に一枚噛みたいのは山々じゃが、それが叶うかどうかは実際に冒険したS級冒険者の胸三寸といったところなんじゃよ」
マシュハーダのこれまでの常識からすれば、S級冒険者ごとき王家の権力で無理やり言うことを聞かせればいいだけと思うことだろう。
国土も、国民も、そこから生産されるあらゆるものも国の者であるのだからそれを王家が的確に差配して何が悪いというのか。
「冒険者が未開地から持ち帰ってくる富は、多くの国が欲しがっているのじゃ。我らが無理強いすれば、それが気に入らぬようになったS級冒険者は簡単に別の国に逃げていける」
「!?」
「『一国に属さない』というのはそういう利点があるのじゃ。無頼であるからこそ一国と対等に渡り合える。実力さえあれば。それが冒険者という存在なのじゃ」
それが事実とするならばイディールだって、この国やマシュハーダ王子に対して憤懣があれば簡単に他国に流れていくことができる。
今やS級冒険者となった彼の歓心を、多くの国が買いたいに決まっているのだから。
「とはいえS級冒険者だって人じゃから、自分の生まれ故郷に思い入れもあれば義理もあろう、何かあったら助けてやりたいと思うのが人情じゃろう。イディールとやらは調査させた限りまともな人格のようじゃから。普通ならば余らと仲ようしてくれたかもしれん。それをぬしらがぶち壊した」
その言葉はマシュハーダと、眼下にひれ伏す騎士校長へと向けられたもの。
「これから余らは、新しく台頭したS級冒険者のご機嫌取りに様々な手を打っていかんとのう。少なくない出費を強いられるかもしれんが、それで『イデオニール大樹海』よりもたらされる利益を優先して回してもらえるなら安いものじゃ」
「父上! その役目を是非とも私に……!!」
「お前にだけは絶対に任せられぬと、そういう話の流れじゃろう?」
マシュハーダは押し黙った。
そうであることは賢い彼も充分理解できているはずだった、が……。
「ぬしは、自分の思い通りにならんことには途端に理解が鈍くなるのは子どもの頃から変わらんな」
「……ッ!?」
図星を突かれて、顔を真っ赤にする王子であった。
そこへ……。
「失礼いたします。ゼクトウォリス、命により参上いたしました」
謁見の間に現れた新たなる人物。
それは建国以来の天才と謳われ、さらに今話題騒然イディールの実兄に当たる騎士ゼクトウォリスであった。
「おお、よく来たのう。そなたに聞きたいことがあってな」
「聞きたいこととは、我が愚弟イディールのことですかな?」
「既に聞き及んでいたとは意外じゃな? そなたは他人のことなどどうでもよく世事にも疎いと思っていたが?」
「騎士の務めを果たすため、保持する情報は常に新鮮でなくてはなりません。我が弟の一人がならず者どもの間でのし上がったとか。誇りあるジラハー家からかような不出来者が現れたこと、国王陛下に詫びのしようもありません」
「よいよい」
深く頭を下げる騎士団長に国王は鷹揚に対応する。
「冒険者も立派に世の中を支えている頼もしい者どもよ。その中で頭角を現したんなら卿の弟にはそういう適性があったのであろう」
「恐れ入ります」
「然れば、この新たに世を騒がせる偉才と是非ともねんごろになりたくての。ゼクトウォリス卿にとっては血を分けた弟であろう。何とか繋ぎを取れぬものかな?」
「それならば一言命を発し、呼びつければよろしいかと。あれもジラハー家の端くれ。王命とあれば命を投げ打ってでも従うべきであります」
相変わらずの融通の利かなさに王はため息をついた。
先ほどからため息をついてばかりいる国王。
「卿に聞いた余がバカじゃったわい。……言っても無駄かもしれんが、卿はもう少し周囲に気を配った方がいいのではないか?」
「そういうことであれば、私よりも適任がおります」
ゼクトウォリスからの建設的な提案は、意外であった。
「我がすぐ下の弟エクサーガは、騎士にありながら気が散る質のようで、余事にかまけることみだりであります。ヤツにお尋ねあれば少しはお役に立てるやもしれませぬ」
「ほう……、してその弟殿はいずこに?」
「つい最近まで王都を離れておりましたが、ゆえあって帰京したようです。陛下もお聞き及びでは?」
そこまで言われて何かに思い当たる王。
「おうおう、そういえばマリアデルが最近、専属に召し抱えた騎士がそのような名であった! 彼が傍についてから娘は見る見る元気になっておる! 何かの折に褒美を与えてやりたいと思っていたほどじゃ!」
「愚弟がお役に立ったこと誇らしく思います」
「では早速そのエクサーガなる者をここへ! 一緒に娘の礼も申し渡そう! 何ぞ褒美になるものを用意いたせ!」
騒ぎ立てる国王にくるりと背を向けゼクトウォリスは謁見の間から去った。
もう自分の用は済んだといわんばかりに。
国王の許しもなく辞去するのは無礼ではあったが、それが許されるのが天才ゼクトウォリスらしさであろう。
「……ッ!? 待て、待てゼクトウォリス殿!!」
その天才騎士を追って、マシュハーダ王子も謁見の間を飛び出る。
人のいない王宮の廊下、二人の天才が対峙した。
「王子殿下、何用ですかな?」
「……卿に協力してもらいたい。イディールを騎士として再び我が国に迎えたいのだ。実兄である卿なら必ずや役立つであろう」
父王からああまで言われてなおイディールを諦めきれないマシュハーダ。
「それならば既に国王陛下が動いているご様子。いまだ学生の身分である殿下は学業に専念し、政は大人たちに任せておくべきでは?」
「父上などにイディールを最善に扱えるとは思えぬ! ヤツは私の見出した人材だ! 私が扱ってこそ意味がある!」
「イディールが国の役に立つのであれば、王の下でも王子の下でもどちらも同じことでしょう。固執は愚かです」
ゼクトウォリスの率直な指摘にマシュハーダはまたも押し黙った。
いつもは立て板に水が流れるような彼の弁舌も、今日だけは何故かことごとく押しとどめられる。
国王に天才騎士団長……一線級で活躍する者たちが相手だからか。
「それともアナタには、イディールを手元に置いておきたい理由でもおありか?」
「そ、それは……!?」
言い淀む第四王子へ、天才騎士はさらに切り込む。
「マシュハーダ殿下、今さら言うまでもありませんがアナタは第四王子。いかに王族男子といえど後継順位は四番目。アナタが王になれる目はないも同じ」
「な、何を……!?」
「次なる王はジュバンニ第一王子がなられることでしょう。アナタは王弟としてその補佐に専念すればよい。もしアナタがみずからの宿命に逆らい、身の丈に合わぬ野望に踊らされるなら……」
ゼクトウォリスは剣を抜き放ち、その切っ先を突き付けてくる。
「私がアナタを討つ。騎士たる私の役目はこの国を守ることだからだ。野心のために国を乱す者は私の敵だ」
「…………」
この時マシュハーダはしらを切るべきであった。
しかし咄嗟の言葉が出ず沈黙で返してしまった。雄弁な沈黙を。
「……この程度で上手い立ち回りもできなくなるなら王など務まるはずもない」
剣を鞘に戻し、去っていくゼクトウォリス。
マシュハーダは、イディールを引き連れて無能な兄たちを押しのけ、自分が玉座に着くヴィジョンを常に頭の中に思い描いていた。
そのヴィジョンが、急に見えなくなってきた。




