59【別視点】王宮にも伝わるイディールの名
第四王子マシュハーダ。
その日は騎士学校を離れて王宮へと顔を出していた。
一度はボトリヌス辺境街へと赴いたが、目的を果たす隙も与えられずに虚しく帰還。
それ以降はチャンスらしい巡り合わせもなく大人しく勉学に励んでいたが、この頃衝撃的なニュースが耳を騒がせ、興奮冷めやらぬ状態にあった。
それに関連し、王宮で面白い催しが開かれると聞いて、呼ばれてもいないのにやってきた。
愚者の狼狽を見物するために。
◆
「ようまいった。久しぶりであるのミハノサレル公爵。……いや、今は騎士学校長と呼んだ方がよいかの?」
「国王陛下に置かれましたはご機嫌麗しく……!」
王宮にて行われる国王との謁見。
下座にて跪くのは、老年を目の前に控えるかという年配の男性であった。
そんな臣下を玉座から見下ろし、国王シクジラス十四世は静かに語り出す。
「そう縮こまらんでもよい。余は、卿を叱りつけるために呼んだわけではないんじゃし」
「は、ははあぁ……!?」
「ただ、それでも事情を聴かないわけにはいかんでの。どうしてこのような事態となったのか。余も立場上、ことの経緯を把握しておかねばならん」
「ぎょ、御意……!?」
「では早速聞かせてもらおうかの?」
騎士学校退学生からS級冒険者の輩出。
S級冒険者といえば、世界クラスの名声を持つ大偉人。
そもそも権威権力から切り離された存在である冒険者。
実力だけが物を言う彼らの中でも最強の実力、最高の実績をもって認められる存在。
その影響力は業界内に留まらず、王侯貴族からすらも一目置かれる。
S級冒険者が生まれ育った土地にとっては、その存在が名誉以外の何者でもなく、場所によっては出身者のS級昇格をきっかけにして街おこしが始まり、片田舎の小都市から一気に大都会へと変貌を遂げた例もあった。
それゆえ新たなS級冒険者の誕生は本人のみならず周囲の関係者にとっても重要な事柄であり、慶事であった。
慶事ではある、通常の間柄であったなら。
しかし人間関係とはいいことばかりではなく、恨みつらみといった否定的な間柄もある。
「S級冒険者を退学処分とはのう……、された側から見れば恨み骨髄ってところではないかのう……」
校長の説明を聞きながら、時折誰に聞かせるともない呟きを漏らす国王。
その独り言は確実に騎士学校長の余裕を削ぎ落していく。
「で、ですのでイディール訓練生の退学は、ツァルゲスタ教諭の独断で行われたこと。彼の処分も既に済んでおり、我々としてはこれ以上の動きようも……」
「独断つってーも退学なんて大きな判断を教師一人で行えるのか? 校長である卿の許可なしに断行できるというのも、それはそれで問題ではないか?」
「ぐ……ッ?」
それはそれとして、彼らにはまず考えねばならないことがあった。
S級冒険者イディールに対して、国がどのような立場をとるか。
本来であれば手放しでこれを歓迎し、金でも物資でも惜しみない支援を与え良好な関係を築き上げるべきであろう。
S級冒険者が成し遂げる功績は、いずれも巨大。人類に対して貢献甚だしい。
その貢献に手助けするだけでも国家としては名誉であり、S級冒険者が獲得する物質的利益のおこぼれに与る可能性も大いにある。
だから自国自領からS級冒険者が生まれた際には、とにかく歓迎しておけば間違いないのだが、今回それを迂闊に行えない微妙さがあった。
S級冒険者イディールが、国に対して好ましからぬ感情を抱いているかもしれないから。
王立である騎士学校から退学処分を受ければ、その恨みは学校運営に携わる国王にまで向けられる可能性もないではないのだ。
「こういうのを諺でなんと言ったかのう?……神官が憎ければ法衣まで憎い、とかなんとか?」
「かッ、彼は騎士家系に生まれた生粋の騎士です! 生まれながらに国に仕える義務を自覚しておりますれば、王をお恨みすることなどあるはずが……!」
「そんな彼を騎士の道から追い出したんじゃろう? 生まれた頃からの目標を奪われた恨みはどれぐらいかのう」
国王シクジラスは、凡庸な王であるという評判が高いがそれだけに堅実さを備えた統治者だった。
『王だから無条件に敬愛されるべき』などという楽天主義など持ち合わせようがなく、人が持つ恨み妬みの恐ろしさを用心深く弁えている。
だから国家から爪弾きにされたS級冒険者に、気楽な期待など寄せることはできない。
「そもそもS級に叙されるほどの実力者ならば、在学中もその才は光っていたであろうに、どうして見逃してしまったのじゃ? そうでなければ退学処分に認可などするまい?」
「そ、それは、その……!?」
『担当者が勝手にやった』という言い訳も通じず、じわじわと逃げ道を塞がれる校長。
ここで、そろそろ出番かと身を乗り出した者がいる。
謁見の間の袖で事態を見守っていたマシュハーダ王子であった。
「父上、よろしいですかな?」
「マシュハーダか」
「私は現状、騎士学校に身を置いております。まさに当事者として言及できることもあるかと存じます」
「ほう、申してみよ」
もちろん今なおイディールを手に入れんと画策しているマシュハーダ王子。
今回の報せは彼にとっても衝撃的だが同時に納得する思いでもあった。
イディールが有能であるのは、彼を使うべき立場にある自分こそが一番よく知っている。
むしろイディールはただ自分の期待に応えたに過ぎない。
彼はどこに行っても光る人材なのだ。だからこそその才覚を縦横無尽に駆使できる自分の手元に置かねば。
S級冒険者もそれなりに栄誉ある立場であろうが、未来のマシュハーダ王側近の座を超える栄誉ではない。
「イディールとは共に机を並べて学んできた学友であり、彼の才覚には早くから気づいておりました。彼こそ我が国有数の偉才、この国を支える中心となること間違いない人材です」
「お、王子……!?」
マシュハーダによるイディールのベタ褒めに、むしろ取り乱す騎士学校長。
通常であれば軽く同意するだけで受け流せる内容ではあるが、現在この状況に限っては『逃した魚の大きさ』を改めて解説されるような形で、責められるようにしか受け取れない。
顔中から脂汗の噴き出る校長。
「騎士学校は国のために役立つ人材を育成するための場所、にもかかわらず稀有の才能を見逃し、野に放ってしまうとは何のための学校かわかりません。役立たずどころか害あるばかり。ここは抜本的な見直しが必要では?」
「お待ちください王子! それは……!?」
「校長以下、主だった役職の者には退陣していただくがよろしいかと。その上でキッチリと信頼できる新しい人材に学校を任せるべきでしょう」
校長の脂汗が、さらにとめどもなく流れる。
天才王子の苛烈な性格は、彼の指導に関わる教師陣ならよく心得ているところ。
イディールを直接退学に追い込んだツァルゲスタ教諭の末路は、いい実例であった。
有用な人材であれば身分に分け隔てなく慈しみ、逆に無能無益を激しく憎み、向上心が見受けられなければ肉親ですら切り捨てる。
王子という立場柄、年上の教師ですら口出しできず、だからこそ今この時も校長は、自分の三分の一程度しか生きていない若僧に心底震えあがるしかなかった。
「これこれマシュハーダ、年長者をそう脅すでない」
取りなすように穏やかな声をかけるのは、国王シクジラス十四世。
「ぬしはそういうところがいまだに粗忽じゃのう。今回の件、たしかに校長以下の判断ミスはあったであろうが、それをもって職を奪うというのはさすがに性急。人は厳しいだけではいかんのだよ?」
「はい……」
「それよりもまず先に考えなければならぬ問題はあろう。今や我が国の新たな誇りとなった偉才を、どのように歓迎すべきか」
S級冒険者『樹海の主』イディールは、これからどう考えても無視できない存在である。
「そのことであれば問題はありません父上」
マシュハーダはここぞとばかりに身を乗り出す。
「私が直々に出向いて彼と交渉して来ましょう! 冒険者を辞して我が国の騎士団に所属するようにと! 私の言うことなら彼はきっと従うはずです!」
「何故そう思う?」
「私と彼は騎士学校の同学年! 供に切磋琢磨した級友です! 私が求めれば彼はきっとこの国のために尽くしてくれるでしょう!」
なんという幸運かとマシュハーダは思った。
こうして正面から堂々とイディールの仕官話を父王に切り出すことができるのだから。
いかに才能豊かといえども実績的には無名のイディールを王に勧めるのはさすがのマシュハーダでも憚られた。
しかし今のイディールにはS級冒険者としての輝かしい威名がある。
これだけの実績を前にすれば父とてイディールの任官へ難色を示すまい。
この自分に用いられるため、ここまでの労を上げるとは。マシュハーダはイディールの忠心に震えるほどの喜びを覚えた。
「ダメじゃ、控えよマシュハーダ」
「は?」
マシュハーダ王子は耳を疑う。
何故そこで否定的な返答が来るのか。
彼はみずからの実父を賞すべきところのない凡王だと認識していたが、『千載一遇の機会を逸するほど愚かなのか』と憤る。
「息子よ、お前は本気で思っているのか? お前の呼びかけによって彼が一も二もなく恭順してくると?」
「は?」
「本当にそう思っているなら、ぬしは能天気が過ぎるな」
その言葉はマシュハーダにかつてない衝撃を与えた。
凡庸なはずの父から、天才の自分が批判を受けるだなどと。
「先ほどの論を聞いていなかったのか? 一方的な退学処分を受けたイディールとやらは騎士学校とそのバックである国を恨んでいる可能性が高い。その国の代表者たるぬしが勧誘に向かったところで蹴られる可能性が高いではないか」
「しかし私は彼に大きく目を懸けていて……!」
「それはぬしの都合でしかない。そもそも、彼が退学となるきっかけにぬしも大きく関わっているのではないか。であれば彼の直接的恨みを買っていることも充分ありうる。なのに主が直接出向くなど率先して彼の不興を買いに行くようなものではないか」
「!?」




