55【別視点】とある冒険者の樹海
今回は、とある名もない冒険者の動向を追っていく。
とはいえ便宜上の不便があるので名前ぐらいはあってもよかろう。
彼女の名はシャルロット。
ここボトリヌス辺境街でもなかなか珍しいA級の冒険者であった。
これでも生まれは貴族で、そこそこいいところのお嬢様ではあった。生来打ち込む気性であったのか勉学し、特に魔法に強い興味を持った。
青春を迎える頃にはひとかどの秀才となり、将来は魔法の研究機関に入ることを夢見た彼女だがそこで衝突が合った。
封建的な古きよき貴族であった彼女の両親は、愛娘が努力して身を立てるよりも結婚し、家庭に入って子どもを産むことを望んだ。
それが貴族令嬢の正しい幸せの形なので。
激烈な親子喧嘩の末、出奔。
のちは無頼のもっともオーソドックスな行く末である冒険者となって今日まで食い繋いでいる。
魔法研究者という当初の夢は叶わなかったが、冒険者というトラブルありきの職業はそれなりに見たこともないものを見せてくれて、彼女生得の探求心やら好奇心は満たしてくれた。
お陰でクエストにも身が入り現状ベテランとして上々の身分であるA級冒険者。
頂点であるS級まであと一歩であった。
そんな彼女が今もっとも興味惹かれるニュースは、大樹海奥に新たな冒険拠点ができたということ。
彼女がボトリヌス辺境街に腰を据えて『イデオニール大樹海』を主攻略しているのは、樹海の奥底に隠れる謎に挑むため。
生まれつき探求心の強い彼女は樹海の各所に散見する古代文明の名残り、他のエリアにはない希少な魔物などに心惹かれる。
たくさんの実地調査を重ね、いつかは樹海の奥底に眠る古代文明を掘り起こし、大樹海固有の強豪モンスターが生まれるメカニズムを解明したいと情熱を燃やしている。
そんな彼女にとって、ギルドに規定された探索領域より奥……それこそ真の大樹海本領エリアを探索するのは年来の切望。
新設された冒険拠点は、その探索領域の外に設けられたという。
「つまり探索領域が広がったッ!?」
A級冒険者シャルロットにとって、これほどの朗報はない。
通常、ギルド規定の探索領域を外れて進むのは自己責任。そこで死んだり大怪我を負ってもギルドは何の救済もしてくれない。
未踏領域への探索を行ってギルドからのバックアップが貰えるのはS級になってからで、その点彼女はまだまだ地位も実力も足りなかった。
いつかはみずからの手腕でかつ移動範囲を切り拓きたいと野心燃やしていた矢先。
このような予想外の切り開かれ方もあった。
「一体誰が……!?」
冒険拠点が新設されたということは、それを築き上げた者がいるということ。
そして未踏領域に拠点を築くには、未踏領域に突入しなければならぬ。
それができる猛者がいるということに、まず彼女は戦慄した。
純粋に冒険者として出し抜かれた悔しさや嫉妬もある。
「いいえ……、悔しがっている場合じゃないわシャルロット」
新設された冒険拠点に赴けば、今まで目にすることもできなかった大樹海の未踏領域を心行くまで調査できる。
それは彼女にとって抗いがたい誘惑であった。
普通冒険者は、珍しい話があれば真っ先に飛びつかずにまず様子を見て危険がないかどうか窺うものであるか、彼女は好奇心迸るままに突っ走った。
目指すは『イデオニール大樹海』の奥、さらに奥。
パーティも組まずにたった一人で。
新設冒険拠点については出発前にギルドからの説明を受け、位置などの必要情報は揃っていた。
『行く先でオオカミに出会ったら頼めば連れていってもらえるから』という意味不明なものではあったが。
もしかしてからかわれているのではないかと不安になったがそれでも好奇心が勝る。
探索領域と未踏領域の境界を超えてさまよっていると、オオカミではなくトラに出遭った。
大樹海でも一、二を争う凶獣メディタイガーであった。
「入って真っ先にこんなのと遭遇するなんて、さすが未踏領域……!?」
俊敏な虎型モンスターは、残忍なハンターの気質も持ち合わせて一旦狙われたら逃げ切るのは不可能。
戦って倒す意外に生き残る方法はないが、それができるのは最低でもA級以上と呼ばれる。
最凶最悪の強豪であった。
その凶獣は……日向ぼっこでもしているのか、生い茂る樹葉の隙間から陽光の差しこむ場所に寝転んで気持ちよさそうに目を閉じていた。
腹を上向きにして。
「失われた野生……!?」
野生の生き物がここまで緩んでいていいものか。
それでもやっぱり感が働いているのか、シャルロットの気配を察して機敏に立ち上がり……。
「やっぱり戦うしかないのね……、あれ?」
身構えたところで気づいた。
あのメディタイガーに首輪がついているのを。
ギルドからの案内では『首輪のあるオオカミなら安全』と言われていた。
ではトラならどうなのか。
首輪付きの別バージョンがあることも説明に加えておいてほしかった。
そうしてシャルロットが戸惑っているうちにトラは接近してきて、彼女の体をスンスン匂う。
そして鼻面を擦りつけてくる。
「匂いをなすり付けられた!?」
一体何が起きているのかと戸惑ううちに魔物虎は、ならではの俊敏さで気づく間もなく背後に回ってくる。
「あッ!?」
さすがにこれは死んだと思ったシャルロットであるが、トラは彼女の襟首を咥えて、ズルズルと引っ張っていく。
「これは!? 親猫が子猫を運ぶ時の体勢!?」
そのまま凄まじい速度と跳躍力で樹海を駆け回り、シャルロットは森の奥へと引きずり込まれるのであった。
「んにゃあああああああああッッ!?」
背景が歪む程度の速度に引き回されて意識を失いかけていると……。
◆
到着した。
「ここが新設された冒険拠点!?」
直に見ると恐ろしいほどの規模設備。
精々現地で伐り出した木造建築が一軒程度かと思ったら、十以上は軒が並んでいる上に、それらを囲む塀まであって、砦のような堅固さではないか。
「お、またお客がきたにゃー。いらっしゃいませにゃー」
トラに引きずられ砦……あるいは冒険拠点に入ると、出迎えを受けた。
ネコミミを付けた不可思議な雰囲気の女性に。
「ここは、ウチの主様が支配する拠点にゃー。トラブルを起こさない限り歓迎にゃー」
「は、はあ、どうも……!?」
どうやら受付のような役柄らしく、シャルロットは今まで培ってきた処世術でもって無難に聞き流す。
「ではショバ代を払ってもらいますにゃー」
「ショバ代!?」
「このおやつを買って、アンタを運んであげた子に食わせるにゃー。お礼は必要にゃー」
「た、たしかに……!?」
お礼はいつでも必要なので、素直に金銭を払って猫用おやつを買い、ここまで同行してきた虎型モンスターに与える。
「はいありがとう……、できれば今度はもっと穏やかに運んでね」
「にゃーる、にゃーる、にゃ……!?」
何やら初めて見るチューブ状の容器から、半液体状のものを絞り出すと、虎型モンスターは目を輝かせて猛然と舐めとる。
すべて搾り終わると満足してか、樹海へと戻っていった。
「次のお客さんを探すにゃ。おやつは出来高でもらえるので、いかに気紛れなうちの種族でも躍起になって頑張るにゃ」
「はあ、そうですか……!?」
「では改めてウチのシステムを紹介するにゃー。基本的に水の補給は無料にゃー。スラッピィ隊長に出してもらうがいいにゃー」
「は、はい……!?」
――『スラッピィ隊長って何者?』と思った。
「望めばメシも出してもらえるけど、これは調理者の人件費とかかかるのでロハではまかりならんにゃー。あとメニューの指定とかもできんにゃシェフの気紛れにゃー」
むしろ食料を出してもらえるとまで思わなかったので、嬉しいぐらいのシャルロットであった。
金で解決するなら喜んで払う。
「寝床は、男女キッチリ分けることが当初から決まっているので安心してほしいにゃー。……でも特定のオスと同衾したければ追加料金いただくにゃー」
「大丈夫です、独り寝でいいです」
シャルロットとしてはちゃんとついたので早速樹海奥の調査をしたくてうずうずしていた
今すぐにでも樹海に飛び込みたいところであるが……。
「最後にもう一つお知らせにゃー」
「何です?」
「せっかく来てくれた冒険者さんにお楽しみいただこうと、日替わりで娯楽施設が召喚されてるにゃー。今日は妖精野郎の絆で召喚された『夢の場所』にゃー」
煌めくイルミネーション、ファンシーな様相の建築様式、夢の中に迷い込んだかと見紛うような非現実感。
その楽しさに抗える女子はいなかった。
「楽しいぃいいいいいいいいいッッ!! メリーゴーラウンド楽しいいいいいッ!!」
シャルロットは樹海奥地よりも先に冒険拠点に現れるアトラクションの虜になった。
「ちなみに明日は猫カフェの予定にゃー。ウチの眷属たちが総出でもてなしてやるから癒されるにゃー」




