49【別視点】騎士学校教員会議
王立騎士学校。
国家のため、屈強の騎士となる優れた人材を育成する学校である。
その歴史は古く、創立から既に百年以上が経過している。
数え切れないほどの騎士を輩出し、中には歴史に名が刻まれるほどの大人物も含まれる。
今や国内において騎士学校と関わりのあること自体がステータスであり、騎士学校を卒業した者も、騎士学校にて教職に就く者も、ひとかどの人物として見られる。
そんな騎士学校で今、教師たちが雁首揃えて集合していた。
ある一つの議題を話し合うために。
◆
「退学生イディールのA級冒険者昇格は阻止できたのだな?」
「はい、方々に駆け回って、なんとか……!」
そう答えた騎士学校教員の表情は憔悴していた。
「苦労致しました……! 冒険者ギルドに関わりのある貴族を割り出し、その一人一人と交渉して圧力をかけるよう仕向けたのです。もちろん見返りは求められましたが……!」
「わかっている。貢献してくれた諸侯には、その子弟の騎士学校入学を認め、既に在学中の生徒には成績を見直してやろう」
イディールの冒険者等級昇格。
それを阻止したのは他でもない、イディールの古巣ともいうべき騎士学校の教師陣であった。
彼らの耳にイディールのことが入ったのはほんの偶然に過ぎない。
それでも察知した途端、彼らは全力をもって動き回った。ある意味、預かった少年少女たちを指導するよりも熱心に。
その甲斐あってイディールのA級冒険者への昇格はあと一歩というところで果たされなかった。
騎士学校からの要請があっても断固として合意しなかった貴族もいたが、今回のところは紙一重の差で、学校側の思惑が通った。
では何故、彼らはそれほどまでにイディールがA級冒険者となることを許さぬのか。
「あってはならんことだ……! 我ら騎士学校の体面に泥を塗るようなものだぞ……!」
「まったくです。よりにもよって我が校で退学処分を受けた者がA級冒険者の栄誉を受けるなど……!」
会議室に居並ぶ教員たちは例外なく、その表情を苦悩と苛立ちに染めていた。
騎士学校は、イディールを退学にした。
それは『コイツには才能がなく、どんなに育てても一人前にはなれない』と判断されたということ。
天下の騎士学校が、正式にそういう烙印を押したというのに、落第となった人物がまったく別の場所で大きな評価を受けて英雄扱いされるなど絶対にあってはならない。
それは騎士学校の下した判断が間違いだったと言っているようなものだから。
「騎士学校に間違いはない……!!」
議卓の最奥に座る、もっとも年配でもっとも威厳をまとった人物が言う。
彼こそ騎士学校の校長、勤続三十年であった。
「騎士学校が退学処分を下したからには、ソイツは箸にも棒にも掛からぬ無能無才の劣等生なのだ。そのようなヤツがA級冒険者? 絶対にあってはならぬ!」
「もし彼が実際にA級冒険者に昇格していたら、我ら騎士学校はどんな非難を受けるかわかりませぬぞ?」
――『A級冒険者なれるほどの偉才を、何故みすみす手放したのか?』
――『騎士学校には、生徒の才能を見抜くこともできないのか』
――『こんな無能学校に大事な跡取りを預けることなどできない』
そのような非難が集中し、学校の存続自体が危ぶまれることとなるかも。
少なくとも現状の教師上層部は漏れなく退陣を余儀なくされることだろう。
安穏とした立場を追われるかもしれないという恐怖は、教師たちをなりふりかまわなくさせる。
「……こんな大問題になるとは、ツァルゲスタ教諭もとんでもない置き土産を残していかれましたな!」
教師の一人が忌々しく吐き出す名。
それはイディールの退学を直接決定した教師の名前であった。
彼自身はもう既に騎士学校に籍を持たず、とっくに姿を消し去っていた。
それはイディールの退学と密接な関わりがある。
第四王子マシュハーダの怒りに触れたからだ。彼はイディールの退学に真っ向から異を唱え、王族としての権力を総動員して制裁を下した。
結果、直接関わったツァルゲスタは王立学校教諭の座を追われた。
今頃何をしているか誰も知らない。
「悪いのはすべてツァルゲスタ教諭です! 彼の間違った判断が、前途ある若者のあるべき未来を奪い去った! 責任はすべて彼一人にある!」
「そんな論法はもはや通じないのだよ」
激昂する教師の喚きを、さらに別の教師が冷たく諌める。
「ツァルゲスタがまだ騎士学校にいたならば彼に全責任を押し付けて、解雇なり島流しなりにすればことは丸く収まっただろう」
「マシュハーダ王子が即刻処断してしまったのが今になって効いてきた。同じ人物を同じ罪で二度裁くことはできない」
「イディールが冒険者として頭角を現した今、その判断ミスが再び浮き彫りとなったというのに……!?」
そうでなくとも結局、退学などという重要な判断は一教師のみで下せるものではない。
イディールに関しても、校長他責任者の許可はしっかりとられている。
そこを突かれれば、充分な命取りになりえるのだった。
「マシュハーダ王子の怒りも解けているかまだわからん。大層な執着のようだからなぁ」
「先日も、わざわざ国王陛下に願い出て軍を発したのは、実際のところイディールが目的であろう?」
「まず間違いないな。王子の目的地と、イディールの昇格を発議したギルド支部の所在地が同じだ」
騎士学校教師陣の間に漂う空気がますます重くなった。
今やイディールの存在そのものが騎士学校の間違いであり、そして騎士学校に間違いなど絶対あってはならない。
ということでイディールはそれ自体が騎士学校の急所になりつつあったのだ。
「…………イディールくんは、実に優秀な生徒だ」
唐突にそう言いだしたのは、年配の校長。
「何しろ、あのジラハー家に属する者なのだから。ゼクトウォリスくんにエクサーガくん、彼の兄たちもそれはよくできた生徒だった」
「もちろんです、主席卒業の優秀生徒ですよ!」
「彼らの弟であるイディールくんが無才であるわけがない。実際に入学したての頃の彼は才覚煌めく有望株であった。マシュハーダ王子の陰に隠れて気づかれにくいだけで……」
毎年の対抗試合でも、マシュハーダ王子に次いで万年二位。
『黄金』と称えられる世代に属するイディールは、たしかに相応しい実力を備えていた。
「私はね、彼が入学したての頃から思っていたのですよ。『彼には他の者にはない才能がある』と。名門ジラハー家の一員にして『黄金の一三九期生』。これが何もない人間のはずがない」
「そうです、そうです! そんなこともわからず彼を退学にしたツァルゲスタ教諭はとんでもない愚か者です!」
「そう言えば彼は長年、最上級生を担当していましたからな! 下級生の頃のイディールくんの活躍を知らない理由はあるにしても、やはり判断は軽率!」
「彼こそ学校を追われて当然の無能です!!」
起こった事実の前に、教師陣は手のひらを返してイディールを褒めたたえ、逆に彼の追放に直接関与したかつての同僚をこぞってこき下ろした。
イディールにまつわるこれからの展開で、彼らの立場が揺らぐことにもなりかねないのだから。
「ならばこれからやるべきことは決定している!」
「そうだ! 愚かなツァルゲスタの間違いを大々的に発表し、イディールくんの名誉を回復してあげようではないか! そして我らが騎士学校への復学を認めてあげれば、彼も喜んで戻ってくるだろう!」
「いかにも、晴れて騎士学校の生徒に返り咲ければ、A級冒険者ごときとは比べ物にならない名誉ですからな!!」
保身のあまりあらぬことを口走る教員たち。
しかしそれを校長が上座より押しとどめた。
「ダメだ。……それではダメだ」
「校長? 一体何故です?」
「たしかにイディールくんは優れた才能のある生徒であり、その才を空費させてしまうにはあまりに惜しい。しかし一方でもう一つ、見逃してはならない事実がある」
イディールは三学年での対抗試合でマシュハーダ王子に大敗して以来、めっきりやる気をなくし授業にもロクに出てこなかった。
それは明らかな劣等生の姿。
「だからこそツァルゲスタ教諭も退学に踏み切ったのであり、それを承認した学校側の判断も正しかった。我が校の判断に間違いはない、違うかね?」
「は、はい、もちろんです……!?」
「あれはね、やる気を失ったイディールくんに向けた愛の鞭だったのだよ。意志なき者に騎士学校に留まる資格はない。一度地の底に落ちて自分を見つめ直せと。彼のような才覚者ならきっと這い上がってくれると信じて……!」
「おお! そのように深い考えをお持ちであったとは!」
「さすが校長先生! 感服いたします!」
無論、このような状況になった挙句の果てに、自分のいいように解釈した世迷言に過ぎない。
しかし騎士学校にとっては、そういう理屈が一番都合がよかった。
自分たちに一切落ち度がないことにして、一度は手放した人材を再び手中にできるのだから。
「イディールくんは期待に応え、立派に立ち直ってくれた。今の彼はきっと、覇気と鋭気に満ち満ちていることだろう。今の彼なら騎士学校へ復学する資格があると思うが、どうかな?」
「校長先生の仰る通りです!」
「ふむ、では早速彼に懇願の機会を与えようではないか。復学するにしても順序が必要だからね」
騎士学校への復学は、あくまでイディールから望み、学校側へ懇願する形でなければならない。
何故なら騎士学校に間違いはなく、誰もが騎士学校に関わることを心から望まないといけないのだから。
「イディールくん、キミがどうしてもというなら騎士学校への復学を認めてあげよう。キミにはその資格があると、頑張って我々に主張してくれたのだからね。優れたキミのいるべき場所は薄汚い冒険者ギルドなどではないよ……?」
ほくそ笑む校長であったが、彼らは肝心なことを失念していた。
はたしてイディールが本当に復学などを望むだろうかということを……。




