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47【別視点】第三王女と次兄の出会い

 第三王女マリアデルは、公の場に出たことがほとんどない。


 王族であるにもかかわらず、改まった式典にも、毎夜開かれる舞踏会にも、淑女たちの間で行われるお茶会にも。


 その理由は、病身であるからだった。


 幼少の頃から体が弱い子どもであったが、年を経るごとに咳をすることが多くなり、十代の半ばを越える頃にはほぼ常態的に咳込むようになってしまった。


 体調の芳しい時でも咳込むし、床に伏せる時は一層激しく咳込む。


 お陰で表に出ることもできず大半を自室で過ごす生活となっていた。


 肉親愛に富む現国王は、この可哀想な三女のために手を尽くして治療に当たらせたが、いかなる名医も、海を越えて運ばれた妙薬をもってしても彼女を癒すことはできない。


 当然ながら、そのように欠陥のある王女を他国に嫁がせることはできない。


 一部の思いやりのある親族を除き、第三王女への態度は冷ややかで、まるで最初からいない者のようであった。


 そんな扱いを受ければ当然のように気は塞ぎ、身体も力を失う。抵抗力が弱まれば病は益々進攻し、悪循環となった。


 もはや誰も、この若い王女が健康を取り戻し、社交界に現れるなどと思っていない。


 唯一望みを懸けている者がいるとしたら、身内に甘いということで評判の父王ぐらいのものであろう。



 王城の片隅にある第三王女の部屋には、今やごく限られた者の出入りしかない。


 別に入室を制限されているわけではない。

 用事のある者がごく限られた数しかいないということだった。


 健康であれば蝶よ花よともてはやされ、常に不特定多数に傅かれる姫君だというのに。


 そんな折に珍しく、本日は第三王女の下へ来客の触れがあった。


「姫様、お客様がお見えになっておりますよ」

「会いたくないわ」


 しかし第三王女はにべもない。

 ベッドに横たわったまま、青白い顔を窓へと向けた。


 幼い頃から仕えてくれる老いた侍女は表情を曇らせ……。


「そうおっしゃらずに。国王陛下のご下命を受けて遠い秘境からお薬を持ち帰った騎士様だということです。働きをお褒め遊ばすためにも一目お会いになった方が……!」

「何も効かないわ……! 海も向こうから取り寄せた薬草も、恐ろしい怪物クマの肝も、錬金術師が作ったっていう命の水も、どれも効かなかったじゃない!」


 王女は絶望しきっていた。


 親バカの国王が娘のために強権を振るったのは、何もこれが初めてではない。

 幾度も繰り返して王者の権威財力を駆使し、あらゆる方面から『万病を治す』といわれるものを取り寄せては王女に与えてきた。

 しかしどれも思う通りの効果を発揮したことはなかった。


 財を浪費させ、多くの人の手を煩わせながら、それらをまったく無意味にしてしまう自分自身を呪わしく思う王女だった。


「失礼いたします」


 その時であった、寝室のドアが開く。

 踏み入るのは、見た目も麗しい若騎士であった。


「ッ!?……ぶ、無礼ですよ! 許可なく入出など……!?」

「だから『失礼』と申しました。ドア越しに会話は聞こえておりましたので、ここで追い返されるわけにはいかぬと多少無茶を押し通させていただきました」

「何を勝手な……、ぐッ!?」


 会話を遮り、濁った咳の音が響く。

 体を屈する王女へ、侍女と騎士が慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか姫!? 今お水を……!」


 何度か体を揺らし、咳が収まるのを待つ。

 落ち着きを取り戻したころには王女の表情はまったく憔悴しきっていた。


「……わかったでしょう? 私は会話すら満足にできない出来損ないの王女なのよ。いつ噴き出すかわからぬ咳のせいで」

「そんな、出来損ないだなどと……!?」

「いいえ、いつかハッキリと言われたことがあるわ」


 ――『お前は王家のお荷物だ』

 ――『役に立たず迷惑ばかりかける』

 ――『お前のような出来損ないを生かすために空費される財産がもったいない』

 ――『いっそ死ねばいいのに。この国のためにお前ができることといえば、消えて負担をなくすこと、それだけだ』


 かつて自分自身に浴びせかけられた呪いの罵りを、第三王女はしっかり覚えている。

 一言一句謝らずに復唱すると、聞かされた騎士は即座に表情を歪めた。


「なんと心ない……! 一体誰がそのような酷い物言いを……!」

「第四王子のマシュハーダお兄様よ。……いいの、お兄様の言っていることは正しい、私もわかっているもの……!」


 そして騎士は益々顔をしかめる。


「結局天才は誰も同じか……! 弱い者の気持ちをわかろうともしない……!」


 王女が伏せるベッドの傍らで、膝を屈した騎士が同じ目線の高さから王女へ語り掛ける。


「姫様、私にはアナタの気持ちがよくわかります」

「心にもないことを言わないで! 病気のせいで外にも出られない私の気持ちなんて、健康な人にはわからないわ!!」

「そういうことではありません。私にも兄がおります。マシュハーダ王子のように、天に愛されるほどの才能を生まれ持ちながら、その代償と言わんばかりに人の心を失った兄が」

「……え?」


 王女の頑なな表情が、その時一瞬緩んだ。

 その気を逃すまいと騎士はさらに言い募る。


「天才とはやはり、私たちのような凡人とは元から違う生き物のようです。能力はあって当然、できないことはなくて当然。そのように思い育ってきたから他人の及ばぬところを許せず、罪があるかのように責めてくる」

「そう……、かもしれないわ……!?」

「しかし姫、人にはそれぞれ違う問題を抱えているものです。大きな問題もあれば小さな問題もある。その差に関わらず、人それぞれの人生の課題に、目を背けず取り組んでいくことこそ優れた人間のあるべき姿だと私は思います」

「でも……私に課せられた問題はあまりにも大きいわ」


 とりあえず話には乗ってくれたが、しかし王女を蝕む闇は深い。


「私の病は治らないもの……。どんなお薬でもお医者様でも治せなかった。こんな私が健康になって、王女の務めを果たすべく社交界に出ることなんて……」

「社交界に出る必要などありません」


 そう言えわれて王女はハッと目を見開いた。

 病気は治る、健康な体になる。

 そんな空虚な言葉は数え切れないほど聞かされてきたが『王族の義務を果たす必要はない』などと不遜なことはただの一度も聞かされたことがない。


「いいではありませんか。この国には既に十人近くの王子王女がおられるのです。それだけいればアナタ一人サボったところで差し障りはありません。それこそ、やる気のある才能豊かな方々に任せておけばいい」

「でも……」

「人生の課題は人それぞれだと言ったでしょう? 王女に生まれたからと言って隣国の王子様に嫁ぐことだけが幸せだとは限らない。アナタの最初の課題は、病魔に打ち勝つことです。それを果たしてから改めて、他でもないアナタだけの幸せを探せばいいのです」


 王女は戸惑った。

 今までの医者や薬師たちの空々しい言葉と違い、この騎士の語りかけることはすんなりと彼女の胸に染み込んでくる。

 期待しては裏切られ、ボロボロになったはずの心が、再び希望を目指して立ち上がらんとする。


「アナタは……、お薬をもってきてくださったのですよね?」


 気づけば、避けていたはずの話題をみずから切り出した王女。


「なんでも険しい山奥から苦労して見つけ出したとか? それを飲めば私の病気も治るのでしょうか?」

「それは薬本人に聞いてみましょう」

「本人? どういうこと?」


 戸惑う王女に、騎士はかまわず声を上げる。


「おい! もう出てきていいぞ! どこにいる!?……うわ、こんなところにいた!?」


 寝台の傍らに積まれてフルーツ皿でモゾモゾ蠢く小さなもの。

 それは手のひらに収まるほどの小人で、しかも背中から昆虫を思わせる透明な翅が生えていた。


「まあ、可愛い!?……これはもしかして妖精さんですか?」

『美味しいー! メロン美味しいー! あ! お姫様だこんちゃー!』


 陽気に振舞う妖精は、王女にとって久々に見る日光の明るさだった。


「ヒトのものを勝手に盗み食うんじゃない! 果物に穴をあけて虫かお前は!」

『ねえねえ! お姫様だよ可愛いね! 可愛いね!』

「ああ、そうだな!」


 あけすけに『可愛い』と言われ、顔を赤らめる王女。

 本来なら飽きるほど聞かされる立場ではあるが、病気のせいで人前に出られず、そんなことを言われたことは一度もなかった。


 だけでなく、騎士の人まで同意した。

 妖精は悪戯好きだというので心にもない持てはやしぐらいするかもしれないが、あの真面目そうな騎士まで『可愛い』と言ってきたら、今まで閉じこもってきた王女は平静を保てない。


「コイツは、人の立ち入らぬ秘境の奥深くに住む妖精です。コイツの翅をすり潰して粉にすれば、万病に効く霊薬になると言われています」

「えッ? じゃあこの妖精さんから翅を毟り取ってしまうの?」


 その光景を想像し、王女の表情が途端に蔭る。


「お願いよ、そんな酷いことはしないで。翅を失ったら妖精さんはとても困るし、死んでしまうかもしれない。そんなことをしてまで私、病気を治したくないわ」

「お優しい方ですね。そういうところはやはり王族に相応しい」

「え?」

「ご心配なく。コイツは、とある術師と契約を交わしていまして、誰も傷つけずに、よく効く薬を出すことが出来るのですよ」


 騎士が目配せすると、妖精はすぐさま反応して飛び回り……。


【絆召喚術Lv65>絆:ピクシー(妖精)>召喚可能物:白い粉(竜核酸)】


 妖精の羽ばたきに合わせて白い粉末が落ち、騎士は上手く受け止めて、薄紙の上に粉の白山を積み上げる。


『これはねー、喉に効くお薬なんだってー。お姫様、咳が酷いんでしょー? だったら、この薬で咳を止めたら楽になるんじゃなーい?』

「まあ……!?」


 咳を止める。

 ただそれだけのシンプルな効能に王女はむしろ快さを覚えた。


 今まで献上されてきた薬は『万病を打ち消す』だの『不老不死が得られる』だのあまりに大仰な文句が多すぎて、うさん臭さしか感じないようになっていたから。


「今日までアナタを苦しめてきた難病です。焦らず、時間をかけて治していくのがいいでしょう。薬だけに頼らず、たくさん食べて体を動かし、日の光も浴びるのです」

「そんなことを言われたのは初めてですわ……!」

「それはそうでしょう、私は騎士ですから」


 医者が言うようなことを同じようにして言えるはずがない。


「もしよろしければ、私が傍にお付きして養生の手助けをしたく存じます。姫様の許しがあれば、ですが……」

「まあ……!?」


 王女は耳を疑った。

 騎士といえば、国のために戦うのが仕事。こんな公に出られぬ欠陥王女のお供など許されるのか。


「……実は私、お役目を取り上げられてしまいまして」

「は?」

「マシュハーダ王子の不興を買いましてね。あの人が望む情報を渡さない限り、王城に軟禁状態でして……。まあそれでも吐く気なんてサラサラないんですがね」


 しかし王城で暇を持て余すのもなんなので、できることならこの儚き姫君のナイトを買って出たい。


「私には兄がいると言いましたが……、実は弟もいましてね。『役立たず』『無能』などと散々に言われ続けてきた悲しいヤツです」

「まあ……!?」

「私は、弟を守り抜くつもりでいました。それが兄の役目であると。しかしちょっと離れ離れになって、苦労の末に探し当ててみると弟は、誰よりも強く逞しく、そして賢い男になっていました」


 あの秘境で生き抜き、拠点まで築き上げた奇才イディールを、もはや『無能』などと呼べる阿呆はいまい。


「意気込んだ傍から早速お役御免になってしまいましてね。まったく遅きに失した間の悪い兄です。こんな役立たずの兄ですが、弟のために使うはずだった時間を、アナタのために使わせてはいただけませんか?」

「私が、その弟さんに似ているからですか?」


 王女自身、たしかに思い当たる節があった。


 自分のことを見下し忌む兄。それ以外の多くの人から無視され、自分はこの世にいても意味がないものと思ってきた。


「……私も頑張れば、アナタの弟様のように強く賢くなれるでしょうか?」

「少なくとも弱き者の悲哀を知るアナタは、苦労知らずの天才よりも一つ多くものを知っています。さらに先へ進むことを望むなら私が及ばずながら御助力しましょう」


 不思議と王女の胸中に、頼もしい思いが湧き上がった。

 彼とならばいっしょにどこまでも歩いていけると。


「アナタのお名前を、窺っていませんでしたわね……?」


 それは、王女が騎士に傍らにいることを許す合図だった。


「エクサーガと申します。以後お見知りおきを」


 この時から騎士エクサーガは、マリアデル第三王女専属のナイトとして認められる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何より、明るいのがいい。 [気になる点] この物語を続けていくのは大変だろうと思う、飽きることなく自由に続けられることを望む。 現代はとても共産主義の世の中になって、専制君主のような怪物ど…
[気になる点] 王の目論みは間接的にだけど達成してねー? 任務ガチ勢の長兄は変な横槍が入らなければ我関せずだろうが。
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