43 魔王と戦うイディール
エクサーガ兄さんが妖精と一緒に街へ戻って直後。
一体どうなったか、俺も気にならないわけがなかった。
相手はあの『常に自分が正しい』と信じて疑わないマシュハーダ王子様だし。あんな人に俺の隠遁生活をかき乱されては敵わない。
ホント他人の領域に断りなく踏み込んでも、それが相手のためを思えば自分なら許されると思っている人だから。
そしてそんな人に直接対するエクサーガ兄さんのことも心配なわけで。
一体どうなっているだろうと気にかけるべきだったが、それはできなかった。
何故か?
他を気にかける余裕がなかったからだ。
何故か?
俺たちの住み暮らす樹海の丘に、魔王が襲来してきたからだ。
◆
「ぎええええええええッッ!?」
天が荒れ、地は唸り、空気は震える。
魔王が現れただけで気配は張り詰め、修羅場へと変わり果てるのだ。
「んぎょおおおおおおおおおおッッ!?」
魔王とは、すべての魔なるモノの頂点に君臨する最悪のバケモノだ。
俺たち人間にとってもっとも恐ろしい天敵の一種であり、その脅威はドラゴンにも邪神にも匹敵するという。
騎士学校でも、冒険者ギルドでも、その恐ろしさは充分に教えられ『もし万が一にも出会うことがあったら即座に逃げるように』と言われてきた。
その魔王が目の前にいる!?
『マスター、お下がりください!』
既にゴーレムの強化外装をまとったコレーヌが、必殺の『ルベド・ブラスト』を放ちながら魔王を寄せ付けまいと牽制する。
しかしいかなる魔法か、空中を自由自在に駆け巡る魔王に照準定まらず、何発も撃っているのにまったく当たる気配がない。
まるでハヤブサのような飛行速度。
それでいてハエのように鬱陶しい旋回性。
いつぞや対戦したA級冒険者の魔術師とは比べ物にならなかった。
『キュピピピ! キュピピピピピピピピピピッッ!!』
スラッピィも水を召喚し、うねる激流で飲み込まんとするけれども、いかんせん魔法で空中を駆け回る魔王への攻撃高度が足りずに捉えることができない。
それでもスラッピィのサポートがあって初めて、コレーヌの閃光攻撃での牽制が成立しているのだろう。
どちらか一方だけなら、とっくに突破されて俺たちへの直の攻撃が来ているに違いない。
「わんわんわんわんわん!」
「ふにゃー!!」
ウルシーヴァとニャンフーは相変わらず吠えて威嚇するだけだった。
「くッ、情けねえぜ……! 攻撃が届かねえ……!」
さらにレディゴブリンとなったゴブリーナも、自身の攻撃範囲の外に標的が浮いているため、何もできずに手をこまねいている。
「ズルいんだよ! 空中なんかに逃げやがって! 正々堂々と地面に立って戦いやがれ!」
俺自身もナイフをかまえて投擲体勢を維持しているんだが、いかんせん魔王の飛行高度が上すぎて、ナイフなんて投げても届かない。
絶対途中で重力に負けて落ちてしまう。
繰り返すが、いつぞやのA級魔術師とは比べ物にならないハイレベル飛行魔法だった。
「一体なんで魔王がここに……!?」
魔族の王なんて、普通に暮らしていたら掠りすらせず万が一にも遭遇することのない相手だ。
この世界とは次元を隔てた魔界に暮らし、悪魔や吸血鬼などの魔に属するモノたちを治めているため軽率に動くことはない。
時空を越えてこっち側に現れることも数百年に一度ということなのに、なんでよりによってウチにフラリと現れてくんの!?
……いや、わかっている。
ここへ魔王が現れた理由、それは前段階として現れた吸血鬼の関係だろう。
アイツ滅される前に言ってたもん、『魔王がどうの』って。
吸血鬼はどうも、この地に居座っていたゴーレム(コレーヌのことだが)が目当てだったようだし、さらにそれを魔王による命令だとかペラペラ喋っていた。
自分の命で送りだした吸血鬼が倒されたことで、今度は自分自身が出てきたということか。
予定外の事態に際しみずから率先して動く、マメな上司め!
『マスター……! 撤退の準備を……!』
ゴーレムに搭乗したコレーヌが言う。
逃げることを口に出すなんて、そんなに戦況不利ということなのか!?
『「ルベド・ブラスト」を撃ち続けるには、膨大なエネルギーが必要となります。わたくしのマナドライブが無限生成動力炉であっても、これ以上の高エネルギー継続放出は機体がもちません。まもなくわたくしはオーバーロードによる一時的な機能停止に陥ります。そうなれば戦況を支えきれません』
『キュピピピピピピッ!!』
スラッピィもキツそうだ。
ここまで全力をかけすぎたんだな。
「わかった……、ここは全力で逃げよう」
「しかし主様! 逃げてしまってはこの場所を奪い取られてしまいます!」
わかっている。
この丘はもはや皆で開拓し、住みよく工夫された棲み処。思い出のたくさん詰まったこの場所を捨てていくのは辛いことだ。
「しかし、それよりも大事なのは皆だ! 皆が生き延びてくれれば何度だって再スタートできる! だから皆それぞれ自分のことを優先するんだ!」
「主様! そこまで私たちのことを慮って……!」
「主様大好きにゃー!」
俺もキミたちのことが大好きだよー!
たとえ魔王であっても、俺たちの絆を引き裂くことはできない!
絆召喚術だけに!
なんてね!
「……あのー! あのー、すみませんー!」
そこへ聞こえてくる声。
何か? 遠くから聞こえてくるような……?
「話を聞いてくださいー! どうか私の話を聞いてくださいー!」
そこから聞こえてくるんだこの声?
前か? 右か左か? 後ろ?
いいや…………上から!?
「どうか攻撃をやめてくださいー! 戦いに来たわけではないのですー! 話しがしたいのですー!」
誰だよそんなヌルいことを言ってるヤツは?
戦場では手を緩めたヤツから死んでいくんだぜ! 何があっても最後まで駆け抜けたヤツが生き残るのさ!
「攻撃中止! 話を聞こう!」
話し合いこそが平和への第一歩だよね。
コレーヌやスラッピィたちの飽和攻撃がやむと、安心したかのように魔王が空中から降りてきた。
やっぱりあれは魔王からの呼びかけだったのか!?
上から声が聞こえてきたんだし、頭上には飛んでる魔王しかいなかったもんね!?
「どうも、魔王ブラックロアです」
シュタッと地表に下りてきた魔王さんは、間近で見たら中々に二枚目のお兄さんだった。
背も高いし、面持ちもシュッとしている。
さらにマントとか鎖とか色々着けて、いかにも魔界っぽい出で立ち。
「……呼びかけに応じてくださりありがとうございます……! 私は魔王、魔界の主です」
「これはご丁寧にどうも……!?」
「いえいえ、こちらこそどうも……!?」
「どうもどうもどうも……!?」
相手の腰の低さに比例して、こっちも平身低頭してしまう!?
これが底なしの低姿勢連鎖!?
「あの……、凄く今さらですが魔王さんは何しにこちらへ?」
色々と予想外が起きて対応しきれてないので仕切り直しがほしい。
そもそも魔王が攻め込んでくる事態なんてあっていい訳ないじゃん。魔王は攻め込まれるのを待ち受ける側でしょう!?
「はい、そうですね。説明不足で申し訳ない。本当はすぐにでもお話し申し上げようとしたのですが。怒涛の攻撃が途切れずになかなか話しを切り出せず……!」
「すみませんでした!」
会話の機会を遮っていたのは俺たちの方だった。
「何でも私が派遣した吸血鬼のネクドリオンが大変な無礼を働いたようで、申し訳ありません」
「は、はい……!?」
「彼には、この地域の監視任務を言い渡していたのですが、功を焦っていたのか過剰に手を加えてくるようで私も困っていたのです。皆さまに危害を加えるところであったと聞き、私も責任を痛感しております」
「いえいえ、こちらもがっつり反撃しましたし……」
その挙句、息の根を止めましたし……!?
さすがに落とし前つけんとなのでは!?
「まあヤツも吸血鬼一族の端くれですから月光を浴び続けていればそのうち復活するでしょう。しかしながら私は魔王権限によって復活を禁止します。ヤツにはそれだけの罪があるので」
「罪!?」
「アナタ方との関係を険悪にしたことです。我ら魔族の悲願。古代文明の力を解き明かす手がかりを魔族みずからの手で潰そうなど、処刑もやむなし」
それだけの怒りを、こないだ片付けた吸血鬼に対して湧き起らせてから、魔王は言った。
「そして改めてお願いに上がったのです。アナタたちが解き明かした古代文明の英知を我々にも分けていただけませぬか。魔族の存亡に関わること。どうかお願いいたします!」




