42【別視点】妖精大暴れ
マシュハーダ王子も、他多数のお付きの者どもも、いきなり現れた存在に目を奪われた。
不可思議の存在に。
妖精といえば、人の目には決して留まらず不可視、不感知の幻ともいえる存在。
それが公の場に姿を現すなど前代未聞のことだった。
「この子こそ、私が大樹海の奥底にて出会った妖精。個体名をピクシーと申します」
『ピクシーでーっすッ! キューティでおしゃまな妖精でーす! この頃流行りの妖精でーす! ピクシーフラッシュ!』
「静かにしていてね」
独特のテンションで弾ける妖精に、堅苦しい王宮の重臣たちはついていけずに言葉を失う。
「それが妖精か……私も直に見るのは初めてだ」
その中でもマシュハーダ王子だけは落ち着いて現状を観察している。
さすがの胆力というべきか……。
「いい経験をしたと言うべきところか? しかし解せぬところがある」
「と言いますと……?」
「霊薬『フェアリーパウダー』とは、大樹海妖精の翅を砕いて粉末にしたものなのであろう? しかし、その妖精には翅がある」
「「「「あ」」」」
王子が指摘するまで誰も気づけなかった。
「翅が原料だというのに、その翅が無事だということは、この瓶に入っている粉は何を元に作った? 語るに落ちているな、証拠の存在がウソを証明してしまったではないか」
「その点について、今少し説明させていただきたい」
エクサーガが落ち着いて語る。
その態度に、ウソを見破られた者の動揺はなかったので皆大人しく耳を傾けた。
「大樹海の奥でこの妖精と出会い、様々なことを語り合いました。妖精はこうして言葉が通じる種族ですから、未知の情報を得るのに幸いしました」
『Xって逆さにするとXに見えるよねー』
言葉が通じるとは言っても会話ができるとは限らない。
「妖精本人の言からしますと、彼女らの翅に特に薬効などないとのことです。伝承は、間違って広まったものかと思われます」
「なんと!?」
王命の前提を覆す情報だが、マシュハーダ王子だけは表情を崩さない。
「鵜呑みにするのか? 本人のことだろう、翅をちぎられたくないがためにウソをついたのかもしれんぞ?」
「正確には、翅から振り撒かれる鱗粉に幻覚作用があり、それを薬効と誤認したのが始まりとのこと。その幻覚のお陰で彼女たち妖精はけっして見つかることはないのです。信頼できる情報かと」
「…………」
「その代わりこのピクシーは、薬を生み出す能力を持っていまして、そのため薬を得ることができました。その瓶の中に入った『竜核酸』は、喉の痛みを抑え、咳を止める妙薬であるそうです。薬をお待ちの姫殿下にもきっとよく効くことでしょう」
勤勉なエクサーガは、市井に伝わる噂話も精力的に集めて、とかく注目を集めやすい王族の事情にも明るかった。
生まれつき体の弱い第四王女は、季節の変わり目には必ず風邪を召し、咳に苦しめられることが多いという。
今では風邪が治ったあとも咳が収まらず、年中喉を鳴らしているとか。
「なおもお疑いであるなら、今ここでピクシーに同じものを生成させてみましょうか?」
『えッ!? また生み出していいの!? 小麦粉を!?』
「それはやめろ! また周囲一帯吹き飛ばす気か!?」
何やら恐ろしいやりとりに周囲が困惑する。
「……まあいい」
マシュハーダ王子は言うが、その口調はいかにも興味が薄げであった。
「究極の目的は、第三王女の健康状態を改善することであって薬そのものではない。翅から採れたものだろうと湧いて出たものだろうと過程はどうでもいいということだ」
「た、たしかに……」
「改めて言う。現地での目的は達成したものと判断し、我が隊は速やかに撤収する。将軍、兵たちに通達し帰還の準備を始めてくれ。着いた早々で悪いがな」
珍しく聞き分けのいい王子。
「エクサーガ礼を言うぞ。貴公のお陰でいくつもの手間が省けた」
「私も騎士として、国に仕える者の端くれを自任しております。その義務を果たしたまでのこと」
「仕える者として、もう少し気が利いてくいたらよいのだがな」
そう言って王子の浮かべる笑みには、皮肉めいた凶悪さがあった。
「ついでに聞いておくが、貴公はここに来た目的を果たせたのかな? 探し物は見つかったか?」
「個人に関わることはお答えできかねます」
「王子からの命令であってもか?」
「騎士として王国に仕える際の私は公人です。しかし人には公私の別がありますので」
「『公私の別』か。私にはそんなものはない。王族は常に公人だ。だからこそ私はいついかなる時も常に、国のためなることを考えている」
「ご立派なことでございます」
「だから私が人材を求めるのも国のためなのだ。私がやることは必ず国益に繋がっている。その私を邪魔することは国を害することと覚えておけ」
その言葉には確実に、ドスの利いた脅迫の声音が宿っていた。
エクサーガ自身にもわかっている。今回の行動がマシュハーダ王子の思惑を砕いたことを。
王子が、イディールを求めて辺境にやってきたことは明白。『妹のための薬探し』など口実に過ぎぬ。
しかしながら自身こそがイディールを打ちのめした障害であり、挙句には再起不能の怪我を負わせ騎士としての道を断念させたマシュハーダ王子が、どの面下げてイディールを用いようというのか。
『国のため』と言えば何でも通ると思っている傲慢さも気に入らない。
弟イディールの気ままな暮らしのためにも、断固両者を会わせまいと思うエクサーガだった。
「貴公が何を思っているかわかっているつもりだ。しかし私は国のため、何としてでもアイツを役立ててみせるぞ。それがアイツのためでもある」
「……」
「考えてもみろ。もって生まれた才能を存分に振るえない、それ以上の不幸が人にとってあるか? 王家に連なる者である私が用いれば、誰もが才能に見合った働きをすることができる。人の幸せを与えてやれる。貴公にも、貴公の兄弟にもな」
『はー、偉そうなヤツですなー』
その時であった。
思いがけない一言で場が凍り付いたのは。
『どんだけ自信があるか知らないけどー、あんまり威勢のいーこと言ってると後々恥ずかしくなっちゃうよ? 十年後くらいに?』
「ピクシーちゃん? 待ちなさい?」
妖精ピクシーが、王子へ向けて遠慮会釈もない直球を叩きつける。
お陰で場の温度はドンドン氷点下となっていく。
エクサーガが冷や汗を垂らしつつ収拾を図ろうとする。
「妖精のキミにはわからないだろうがね? 目の前のあの人は偉い人なの? 大抵のことを言っても許されてしまうんだよ?」
『えー? でも若僧じゃん? 偉い人って、もっと老けてて貫禄あるんじゃないのー?』
「そういう類の『偉い』もあるけれど、あの人の場合生まれが高貴だから、そのせいで偉いの。年齢は関係ないんだよ」
『七光りってヤツかー。コイツ自身が偉いわけじゃないんだねー』
『余計なこと言うな』と誰もが思ったという。
しかし妖精は自由。その言葉すら抑え込むことはできない。
『ヤなヤツだよねー。自分自身が偉いわけでもないのに偉そうに命令してさー』
「頼むからそれ以上言わないで」
『でも皆も思ってるんでしょー?「若僧のクセに威張りやがって」とか「思い付きで命令してんじゃねえよ」とか「下の苦労も少しは考えろ」とか』
「思ってない」「思ってないです」「思ってないじゃろ」「思い……ますん!」
何故か其処彼処から否定の声が上がったという。
沈黙より雄弁であった。
『我がままなお坊ちゃまに振り回されるのを我慢して皆、偉いよねー。こういう人たちのお陰で国は安泰なんだね!!』
「うん、そうだね」
もう取り繕うにも飽きて普通に返答するエクサーガであった。
『王様は裸だ』と言う勇気は必要。
片や、一方的に殴られる様相となったマシュハーダ王子は上座でフルフルと震えるのだった。
ここで怒り狂っては本当に形なしなので、全力で抑える。
「……皆、聞くがいい。私はいいことを思いついた」
「え?」
全員の注意が集まる。
これだけコケにされた王子なのだ。元から気位が高いだけにやられっぱなしで済ますこともできまい。
「その妖精を王都へ連れて帰るぞ」
「はッ!?」
意外なことに一堂驚愕。
「な、何故です!? 薬が手に入った今、妖精自体は用済みでは……!?」
「そうとも言えぬ、この薬を妖精が生み出したというならな。もしこの薬に本当に効き目があるなら、以降も安定して供給することが望ましい。そのためにも妖精自身に城にいてもらった方が都合がよいではないか?」
「そ、そういうこと……?」
「騎士エクサーガよ、貴公も同行せよ。妖精を捕えし者として、扱いに長けているようだからな。貴公がいてくれれば何かと助かる」
「ええええええええッ!?」
その言葉にエクサーガも驚愕。
「お待ちください! 私にもこの辺境を守護するという騎士の任務が……!?」
「辺境守護の騎士は他にも多くいるだろう? しかしこれは貴公にしか務まらぬ仕事だ。王家に仕えることも騎士の務め、それは言うまでもあるまい?」
王家のために妖精の監督役を務めろと。
たしかに今起こったばかりのことを鑑みれば、たとえば王城に上がった妖精が国王にどんな暴言を吐くかわかったものではない。
「わかりました、ご同行させていただきます」
『え? アタシも行くの? わー! 都会見物楽しそー!!』
「ピクシーよ、王様に会ってもけっして『ハゲ』とか言わないようにな」
『王様ハゲてるんだー』
一方で、王子の興味がイディールからそれたことに安堵も感じるエクサーガ。
怒りに我を忘れ、本来の目的を見失ったまま帰還してくれれば、とりあえずイディールの平穏は保たれる。
そのためならば自身が王都へ連れ去られようと甘んじて受け入れるエクサーガであった。




