40【別視点】第四王子の野望
マシュハーダ王子は相当無茶なことが言える。
まず第四王子として王族の絶大な権力を振るえるだけでなく、騎士学校にてトップの成績を保ち続ける大天才。
『黄金の一三九期生』の先頭に立つ男だった。
家格と実力、その双方を最高水準で誇る彼の発言は、既に政治や軍事にも影響をもたらすほどであった。
第四と低い順位ながらも、実力実績のみで比較すれば彼こそが王位にもっとも近いとすら言われる。
そんなマシュハーダ第四王子であるからには、その発言力は所属する騎士学校の教師以上にもなる。
半ば強引に拝命した『第三王女のための薬探し』には、王より与えられた兵八百に加え、騎士学校に在籍する同級生をも旗下に加えた。
女子生徒主席のアーレッサ公爵令嬢。
総騎士団長の息子ブルックス。
『漆黒の迅稲妻』ギルズ。
A級冒険者の妹シェルミー。
『絶対零度の氷騎士』バンデロッド。
センロッツ家の三つ子。
『黄金の一三九期生』の中でも特に名だたる面子を率い、行軍するマシュハーダ王子。
その向かう先は、世界有数の大秘境と呼ばれる『イデオニール大樹海』。
そこにだけ住むという妖精が持つ翅。
それをすり潰して粉状にしたものが、飲んだ者をたちどころに健康とする霊薬になるという。
第三王女は……マシュハーダ王子にとっては一歳年下の異母妹となるが……生まれつき体が弱く、とても国外への輿入れなど不可能だと言われている。
当世王シクジラス十四世は、肉親愛の厚い王といわれ、病弱な第三王女のことも政略の駒とするよりは家臣の中で心利いた者に嫁がせ、目の届くところへ置いておきたいと考えているらしい。
その前にもとにかく娘の病弱さを何とかしようと、今回の勅命を思いついた。
本来ならば第三王女の婿第一候補であるゼクトウォリス第八騎士団長に任を果たさせ、降嫁先としての箔付けも行いたいという二重の思惑もあったようだが、効率第一ゼクトウォリスの融通の利かなさによって、その思惑は破綻した。
その隙にいち早く潜り込んだのがマシュハーダ。
機を見て敏というべきか、偶然にも彼が目指す目的地が同じこの任務を得たことは、彼にとっては幸運であっただろう。
『イデオニール大樹海』。
その奥へ消えたという、ある人材はマシュハーダ王子にとって何があっても手中に保っておきたいもの。
だからこそ自分の知らぬ間に、彼が騎士学校から消えていたことは許しがたいことで、その原因となった無能教師は王子としての全権力をもって放逐したが、それだけで気が収まるわけがない。
失ったものを取り返さなければ。
あのイディールという不世出の人材を再び手駒に取り戻してこそ、マシュハーダ第四王子の完璧主義は満足することができるのだから。
◆
……行軍中。
整然とした隊列で街道を進む。
王都を発って数日が過ぎ去った今、目的地である『イデオニール大樹海』はすぐそこまで迫っている。
今日のうちには手前にあるボトリヌス辺境街へとたどり着き、体勢を整え直すことができるであろう。
翌日には大樹海へ入る準備し、王命を実行する。
その他にもう一つ、マシュハーダ王子にはやり遂げておかねばならない重要なことがあったが。
「……ブルックス」
轡を並べ、共に進む騎士の一人に呼び掛ける。
もっとも正規の騎士とはまだ呼べぬ若々しい、騎士学校の同輩ではあったが。
「街に入れば手筈通りに頼む。イディール探索のための人員はお前の方で指揮を執ってくれ。裏に回ってな」
「承知」
王子の傍らに控える学生ブルックスは、騎士学校在学中の騎士の卵ではあるが『黄金の一三九期生』に属するだけありその実力は既に一人前の騎士と遜色ない。
それどころか上位五人の中に入るほどの強者で、それゆえか王子の補佐的な役割を務めることが多かった。
「本当なら私こそがそちらへ全力を尽くしたいところだが、拝命した任務は妹の薬探しだ。さすがに父上から直接承った任務を放り出すわけにはいかんのでな。表向きは忠実な息子、妹想いの兄を演じておかねば」
「王子の御意とあれば遂行に全力を尽くしますが……」
既に勇将の副官といった貫禄のある騎士学生ブルックスは、それでも不満を表情から消しきれないでいた。
「それでも王命だけに全力を集中すべきでは? 秘境の奥にあるという霊薬が見つかればマリアデル姫のおためになります。アナタも兄としてやりがいを持つべきでは?」
「薬一つで弱い身体が治るのであれば苦労はない。……いや、霊薬などを用いなければまともに働かぬ体を生まれ持った時点で失敗作だ。そのような不出来王女よりイディールの方が数百倍価値がある。そう思わぬか?」
「…………」
ブルックスは返答を躊躇った。
家臣として王族の主張には同意すべきだが、同意したら今度は王女への不敬罪である。
どうして王子があのイディールにそこまで執着するか。彼の周囲からしても、それだけは謎だった。
天才の長男、秀才の次男、無才の三男。
それがジラハー家の兄弟に当てられた評価の定型句。
数多くの功績を上げて最年少騎士団長となった長男ゼクトウォリス。そして次男エクサーガは彼ら黄金世代から見ても一学年上の誇るべき先輩だった。
しかし三男のイディールといえば、それら偉大な兄たちとの比較の甲斐もないみすぼらしき劣等生。
それが同学年による統一した評価であった。
頂点に立つマシュハーダ王子だけが真逆の評価をイディールに与えている。
「王子、僭越ながら申しあげます」
そう言うのは、王子の脇に並ぶもう一人の馬上の人。
長く伸ばした髪が艶めく女騎士であった。
実際には正式の叙任を受けていない騎士の卵、騎士学校の女性とにして名門公爵家の一人娘アーレッサ。
マシュハーダには及ばぬものの女生徒という枠に限れば最高の成績を誇る才媛であった。
「なんだ、言ってみろ?」
「王子がそこまでイディールに拘る理由がわかりません。アイツは劣等生です。『黄金の一三九期生』の例外。黄金とはとても言えない石ころではありませんか」
だからこそ退学になった。
騎士学校の教師が下した処分を、適切だと思っている衆人はけっしていないわけではない。
むしろ多数いた。
マシュハーダ王子だけがイディールを過剰なまでに高く評価している。
「何をそんなに怒っているアーレッサ?」
「ッ!? 怒ってなどいません!……ただ不快なだけです」
かつてイディールが所属していた学年では、マシュハーダ王子を中心として強固な連帯感が生まれている。
学年全体がマシュハーダ王子率いる一個の精鋭部隊と化していた。
だからこそ、集団のトップに当たるマシュハーダへの憧憬は深い。
誰もがマシュハーダに認められようと奮起する。王子に生まれた彼はそれが当然というようにカリスマ性をも備えているのだった。
だからこそ王子の執着、評価を一心に集める劣等生の存在を許せない。
そう思う者は一人ならずいることだろう。
「あの男が、学校の外で色々していることは聞き及びました。しかし、だからといって王子みずから、これほどの労を割いて探すだけの価値のある男なのですか?」
「この私の判断が間違っていると?」
「そ、そうは申しませんが、それでも私の方が王子のお役に立てます! あのような劣等生よりも! 他の者もそう思っているはずです!」
他人まで巻き込み主張する令嬢アーレッサ。
しかしマシュハーダ王子は一笑に付し……。
「その劣等生に、三学年になるまで勝てなかったヤツは誰だ?」
「そ、それは……!?」
「いや、イディールは四学年からは対抗試合を棄権するようになったから、実質ヤツに勝てた者は一人もいない。この私を除いてな」
入学から一度も落とすことなく連年優勝するマシュハーダ王子に対し、三学年まで常に準優勝だったイディール。
その双璧は同学年にとって、どこまでも高い目標であったに違いない。
「それは過去の話です。今日まで絶えず磨き続けてきた私の剣は、彼を超えていると確信しています。右手を怪我することなく彼が成長していたとしても、です」
「それは頼もしい。お前もまた私の役に立ってくれることを期待しよう。イディール同様にな」
才能豊かな若者が、どれだけマシュハーダのために奮起しようと、王子自身はそれを重く受け止めようとしない。
彼が重きを置くのは常にイディールに関してだった。
「お前たちは、たとえ利き手が砕けようと立ち向かうだけの気力はあるか?」
「それは……」
「イディールにはある。私はあの時に確信したのだ。あの男こそ我が片腕となるに相応しい男だとな」
そもそもイディールの右手を砕いた張本人がマシュハーダだというのに、何故そこまで純粋に評価できるのだろうと周囲は困惑する。
実際、その怪我が原因で成績最下位に転落したイディールは、その怪我を作ったマシュハーダのことをあからさまに避けていた。
マシュハーダが人材としてイディールを求めようと、イディール自身がそれを受け入れないのではないか。
周囲の誰もがそう思った。
「勘違いするな。イディールさえいれば他の者などいらないとは言っていない。イディールは必要だ。そしてお前たちも必要だ。私が目的を成し遂げるためには有用な人材がいくらでも必要なのだ」
「私たちは、王子のため命を賭して働きます」
「無論だ、そういう者たちを選び抜いて、鍛え、傍に置いてきた。存分に戦って私の期待に応えろよ」
マシュハーダ第四王子の目的。
それは四番目であるがゆえに届きそうではあるが、恐らくは手に届かないであろう極座。
「私はいずれ、父の跡を継ぎこの国の王となる」
第一、第二、第三王子である兄たちを押しのけ、苛烈なる才能と能力を持つ自分こそが王となる。
それがマシュハーダの胸に燃える野望であった。
そのためにも人材はいくらでも必要だった。優れた人材は特に。
だからこその渇望と、研ぎ澄まされた鋭敏な直感がマシュハーダに、イディールという才能の貴重さを教えた。
イディールを得ることが、彼自身を一歩王座へと進める。
「待っていろイディールよ。優れた人間は、その才能を正しいことのために使わなければいけない。この私が王として、お前の力を正しく使わせてやろう……!」




