03 絆召喚術の準備
『イデオニール大樹海』は、俺の住む国から東にある広い広い広い森林地帯のことだ。
ハッキリ言って国土より広い。
実際どこまで森が広がっているのかわからず、その果てをたしかめようと分け入った冒険者は、いずれも途中で諦めて引き返してくるか、二度と帰ってこなかった。
大樹海には、他の土地には見られない強力な魔物が跋扈し、ただ様子を窺うだけでも命がけ。
世界最悪の魔境として恐れられ、樹海との境界が実質的な『世界の終点』とまで言われている。
それが『イデオニール大樹海』。
かくのごとき魔境だから迂闊に踏み入ることは死と同義であり、そこへ飛び込もうとする俺を、親切なオッサン始め誰もが止めた。
騎士学校をクビになり、親から縁切りまでされた俺が自暴自棄になって自殺しようとしていると思われたようだ。
そう思われても仕方ないほどに大樹海は危険地帯であり、俺だってまったく怖くないと言えばウソになる。
だからこそ絆召喚術の実験にはうってつけの場所。
無論、死ぬつもりもないので準備は周到に、サバイバル用具や食料など油断なく詰め込む動きを見せていたら、周囲も自殺志願だとは思わなくなり止められることはなくなった。
『なんでこんないい人たちばっかなん?』と驚き戸惑うばかりであったが、冒険者ギルドはそういう場所だった。
皆から見送られて旅立ってから数日。
『イデオニール大樹海』との境にある街へとたどり着き、そこからいよいよ大樹海へと入る。
国境の街は辺境伯が預かる城塞都市だった。
辺境伯といえば国外から攻め寄せてくる敵軍を防ぐために置かれる役職だから、つまり他国と戦争するのと同じぐらいの緊急性で大樹海を恐れているということだ。
実際、大樹海には凶悪なモンスターが住むという何千何万とうろついているという。
だからこそ俺の絆召喚術完成を目指す場に相応しい。
◆
大樹海に入ったら、そこが異界であるということが肌で感じるほどにわかった。
「全身がピリピリする……!?」
視界は見渡す限り、木と草ばかり。
だから大樹海というんだろうが、それに加えて何とも言えない不気味さが常に漂う空間だった。
向こうの木の幹の後ろに何か潜んでいるのではないか……?
うっそうと茂る木の葉の向こうから何かが見下ろしているのではないか……?
普通の森ですら、そんな妄想に囚われ不気味に感じるものだが、この『イデオニール大樹海』ではそうした気配が一層濃い。
常に誰かに監視されているようで息が詰まる。
その気づまりを打ち払うように……。
「おう! 誰かいるなら隠れてないで出てこい!」
と叫んでしまった。
気恥ずかしい行為だったが意外にも、俺の威嚇を真に受けて出てくるモノがいた。
木陰からニュッと出てくる、正体不明の不定形なもの。
その異様さに……。
「ヒィッ!?」
と情けなく驚いてしまった。
しかし、その正体にすぐに気付いた。
「……スライム?」
スライムではないか。
この世でもっともポピュラーな、最下級の魔物。
半透明のゲル状の存在は、それが生命なのかも怪しいが、間違いなくプルプル震えて自立活動していた。
「大樹海にもスライムがいるのか……?」
そもそもスライムなんて全魔物の中でも最弱だから、こんな難所に出てくるのかと意外ですらあった。
むしろどんなところにでもいるスライムの汎用性に感心すべきかもだが……。
そんなことを悠長に考えていたら向こうから襲ってきた!?
『キュピキュピッ!』
「ぎゃあああああッ!? 素早い!? スライムのくせに強い!?」
さすが世界最悪の秘境。
そこで遭遇するならば、スライムですら一味違う強敵になるようだった。
しばらくもみくちゃの乱戦が続いて……。
「……勝った!」
危ない危ない。
スタート地点間近でスライムにやられて敗退など、素人冒険者のような醜態をさらすところだった。
もしそんなプロセスで最期を迎えたら、俺を見下した家族や学校の連中からさらなる嘲笑を受けるところだ。
「さすがにそんな死に方はできない……!」
しかし、そうした絶対避けたい死に方に遭いそうだったほど、遭遇したスライムは強敵だった。
明らかにその辺にいるスライムとは一線画した強さだった。
「普通が恐るべき脅威……、これが『イデオニール大樹海』の凄さ……!?」
改めて自分が魔境にいるんだという実感を噛みしめてから、いつまでもそうしているわけにもいかないので事を進めるとしよう。
さて、何とか返り討ちにできたスライムではあったが、今は俺の足元に倒れて(?)死に体となっている。
『キュ、キュピピぃ……!?』
……いやゲル状の上に球状だから倒れていても立っていても見た目から判別できないんだが。
「やられて息絶え絶えってことでいいんだよな?」
しかし死んではいない。
とどめを刺していないから生きているのは間違いない。
俺が意識して力を抑えたからだ。
死なないように無力化するには微妙な手加減が必要で、それゆえ殺すつもりで倒すより難易度は格段に上がるが、俺はあえてその方法をとった。
俺にはコイツを生け捕りにしなければならない理由があった。
でないとわざわざこんな魔境までやってきた目的が果たせないからな。
そう俺がここに来たのは……。
俺の習得した絆召喚術の成果を試すため。
絆を結ぶ相手が死んでしまったら元も子もない。
「では早速……」
地面にひれ伏し『きゅう』と言わんばかりの昏倒スライム。
ソイツに向かって手を伸ばし……意識を集中して、自分の中の魔力を発動させる。
「『絆を結ぶ』」
呪文の詠唱を開始。
生命力に極めて近くなるように調整した魔力が、倒れるスライムの微弱な生命力に結び付く。
「『盟約を結びたまえ』『我は主、汝も主』『我らの間に上下なく、ゆえに結ばれるは至誠の絆』『願わくば汝の援けを得られたし』」
よし、上手いこと繋がりができつつある。
完成した魔力パスに呪法で固定化し……。
「『契約完了』!」
『キュピピピピッ!!』
ついこの瞬間まで半死半生だったスライムが元気に飛び跳ねだした。
全回復である。
『キュピピピッ! キュピピピピピピピピッ!!』
元気になったスライムは、まだ有り余ったパワーを発散させるかのように飛び跳ねていた。
その跳ね具合は毬のようだ。
「さて……、どうだ?」
契約がしっかり結ばれたのなら、あのスライムは俺の友となって危害はもう加えないはずだ。
そうでなかったら契約失敗で、俺はせっかく倒した敵を、命を削って回復させたマヌケということになるのだが。
『キュッピィーーーーッ!!』
「んぐほぉッ!?」
弾丸のようなスライムのタックルが、俺の腹部にめり込む!?
まるで鉄球を叩きつけられたような衝撃で、体が『く』の字に曲がった!?
「攻撃された!? 失敗か!?」
しかし、激突の勢いのままに倒れ込んだ俺の体に乗って、スライムはまたもピョンコピョンコ飛び跳ねる。
それは楽しげであり嬉しげで、まるで飼い主にじゃれつく大型犬のようであった。
「もしや今のは……愛情表現か?」
『キュピッ!!』
タックルしたのではなく抱き着いてきたとか?
手足のないスライムに、それを判別するのは難しいが敵意のないことはたしかなようだ。
ついさっきまで血みどろの争いをしていたというのに、今は互いに抱き合うほどのラブ&ピース。
それを実現させたのは、俺と彼(?)との間で交わした契約ゆえだろう。
「やったー! 成功だああああーッ!」
『キュピ? キュピィイイイーーッ!?』
よくわからないなら無理して一緒に喜ばなくてもいいんだよスライムくん?
だが、これで俺が想定した絆召喚術の第一段階成功が立証された。
まずモンスターと契約を結び、従うようにする。
ここまではそのためのプロセスで、甲斐あって無事スライムを仲間にすることができた。
しかしそれだけならば魔物使いとそう大差ない。
古文書に記されし絆召喚術の真骨頂は、モンスターとの絆を結んでから始まる!